企業の決算を見るとき、多くの人が注目する数字の1つが営業利益です。
売上高と並び、本業がどれだけ利益を生み出しているのかを見る代表的な指標として使われています。
ところが、日本基準からIFRSへ移行した企業では、事業そのものに大きな変化がなくても営業利益が増減する場合があります。
原因は会計基準の違いです。
のれん。
リース。
固定資産の減損。
資産売却。
退職給付。
こうした項目の会計処理や表示方法が変わることで、営業利益の数字も変化することがあります。
そのため、IFRS移行前と移行後の営業利益をそのまま比較すると、企業の本当の収益力の変化を見誤る可能性があります。
営業利益は本業の利益として使われる
日本基準では、一般的に売上高から売上原価と販売費及び一般管理費を差し引いて営業利益を計算します。
例えば売上高が1兆円、売上原価が7,000億円、販売費及び一般管理費が2,000億円なら、単純計算の営業利益は1,000億円です。
この数字を見ることで、本業からどれだけ利益を稼いだのかを把握できます。
前年の営業利益が800億円で、今年が1,000億円なら、営業利益は200億円増加しています。
通常であれば、本業の収益力が改善した可能性を考えます。
しかし、途中で会計基準が変わっている場合には、もう1段深く見る必要があります。
IFRSでは営業利益の中身が同じとは限らない
IFRSの損益計算書を日本基準と比較するときには、営業利益という名称が同じでも、その中に含まれる項目が必ずしも同じではないことに注意が必要です。
企業によって表示方法にも違いがあります。
日本基準で営業外損益や特別損益として認識されていた項目が、IFRSでは営業利益の計算に含まれる場合があります。
逆に、別の区分で表示される項目もあります。
そのため、営業利益という最終的な数字だけを比較するのではなく、その内訳を見る必要があります。
のれん償却がなくなる影響は大きい
日本基準とIFRSの営業利益を比較するときに、特に重要なのがのれんです。
日本基準では、のれんを原則として20年以内の合理的な期間で規則的に償却します。
例えば毎年100億円ののれん償却費を計上していた企業を考えます。
IFRSへ移行すると、のれんを毎期規則的には償却しません。
ほかの条件が同じであれば、この100億円の費用がなくなることで利益が増加します。
営業利益にのれん償却費が含まれていた企業では、IFRS移行後の営業利益が大きく増える可能性があります。
しかし、売上が増えたわけでも、商品の利益率が改善したわけでもありません。
会計処理の変更による利益増加です。
M&A企業では特に注意する
M&Aを成長戦略として積極的に活用している企業では、のれん残高が大きくなりやすくなります。
日本基準では買収を重ねるほど、毎期ののれん償却費も積み上がる場合があります。
IFRSへ移行すると、この規則的な償却負担がなくなります。
その結果、営業利益が大きく改善したように見えるケースがあります。
したがって、IFRS移行後に営業利益率が急上昇している企業では、まずのれん償却停止の影響を確認する必要があります。
リースでも営業利益の見え方が変わる
リース会計も重要です。
店舗や事務所などを借りている企業では、従来は賃借料として費用を計上していたものが、IFRSでは使用権資産の減価償却費とリース負債に対する利息費用に分かれる場合があります。
このうち利息費用は金融費用として扱われるため、営業利益より後の段階で認識されることがあります。
その結果、従来は営業費用に含まれていた費用の一部が営業利益の計算から外れ、営業利益が増加する場合があります。
店舗を借りるための実際の支払額が減ったわけではありません。
費用を認識する場所が変わったことによる影響です。
EBITDAはさらに大きく変わる可能性がある
リース会計の変更はEBITDAにも大きな影響を与えることがあります。
EBITDAは、利払い前、税引き前、減価償却前の利益を見る指標です。
従来、賃借料として営業費用に含まれていた金額が、減価償却費と利息費用に分かれるとします。
EBITDAでは減価償却費と利息費用を除いて考えるため、会計処理の変更によってEBITDAが大きく増える場合があります。
しかし、企業が店舗の貸主に支払う現金そのものがなくなるわけではありません。
IFRS移行前後のEBITDAを比較するときにも、リース会計の影響を確認する必要があります。
減損も営業利益に影響する
固定資産やのれんの減損も、IFRS企業の営業利益を見るうえで重要です。
IFRSでは、減損損失が営業利益に含まれる形で表示される場合があります。
例えば本業自体は500億円の利益を生み出していても、過去のM&Aに関するのれんで300億円の減損が発生すれば、営業利益は大きく押し下げられる可能性があります。
一方、日本基準では特別損失として表示されることがあるため、営業利益への影響の見え方が異なります。
同じ経済的な損失でも、会計基準によって損益計算書上の位置が変わる場合があります。
資産売却などの損益にも注意する
企業が土地や建物、事業などを売却すると、売却益や売却損が発生することがあります。
こうした損益についても、日本基準とIFRSでは表示区分が異なる場合があります。
その結果、営業利益が大幅に増加していても、本業の売上増加によるものではなく、資産売却益などが含まれているケースがあります。
営業利益という名称だけを見て、すべてを本業から生まれた利益と考えることには注意が必要です。
営業利益率の改善にも同じ注意が必要
営業利益を売上高で割った営業利益率は、企業の収益性を見る代表的な指標です。
例えば売上高1兆円、営業利益500億円なら営業利益率は5%です。
IFRS移行後に営業利益が700億円となれば、売上高が同じなら営業利益率は7%になります。
2ポイントの大幅改善です。
しかし、その200億円の増加がのれん償却費の消滅やリース会計の変更によるものなら、本業の採算が同じだけ改善したとはいえません。
利益率を見る場合にも、その変化の原因を確認する必要があります。
過去の数字をIFRSベースで確認する
IFRSへ移行した企業では、比較のために過去の財務情報をIFRSベースに組み替えて開示することがあります。
これは非常に重要な情報です。
日本基準で公表されていた前年の営業利益と、IFRS移行後の営業利益を直接比較するより、前年についてもIFRSベースに組み替えた数字を使った方が、事業の実態を比較しやすくなります。
IFRS移行企業の決算を見る場合には、単純な前年比だけではなく、比較年度の数字がどの会計基準で作成されているのかを確認する必要があります。
調整表を見ると何が変わったか分かる
IFRS移行時には、日本基準とIFRSとの差を示す調整情報が開示されます。
ここを見ると、営業利益がなぜ変化したのかを確認できます。
のれん償却費はいくら減ったのか。
リース会計による影響はいくらなのか。
減損はいくら発生したのか。
退職給付などの影響はいくらなのか。
その他の表示変更はいくらなのか。
こうした項目を確認することで、営業利益の変化を本業によるものと会計基準によるものに分けて考えられます。
キャッシュフローと一緒に見る
会計基準の変更によって営業利益が増えても、営業キャッシュフローが同じように増えるとは限りません。
例えばのれん償却費がなくなれば利益は増えますが、のれん償却はもともと現金支出を伴わない費用です。
リース会計の変更によって営業利益が増えても、契約に基づくリース料の支払いそのものがなくなるわけではありません。
したがって、本業の稼ぐ力を確認するには営業利益だけでなくキャッシュフローを見ることが重要です。
利益とキャッシュフローの両方が改善しているのかを見ることで、企業の実態を把握しやすくなります。
同業他社比較でも会計基準を確認する
企業分析では、同じ業界の営業利益率を比較することがあります。
しかし、一方が日本基準で、もう一方がIFRSの場合には注意が必要です。
M&Aが多い業界では、のれん償却の違いが利益率に影響します。
店舗賃借の多い業界では、リース会計の違いが影響します。
減損や資産売却損益の表示方法によっても営業利益は変わります。
単純に営業利益率が高い企業ほど本業が強いと判断するのではなく、会計基準の違いを確認することが重要です。
結論
IFRS移行によって営業利益が大きく変化することがあります。
しかし、その変化がすべて本業の改善や悪化によるものとは限りません。
のれん償却の停止。
リース会計の変更。
減損損失。
資産売却損益。
その他の表示方法の違い。
こうした会計上の要因によって営業利益が増減する場合があります。
重要なのは、営業利益という最終的な数字だけを見ることではありません。
なぜ増えたのか。
なぜ減ったのか。
売上や利益率が本当に改善したのか。
それとも会計処理が変わったのか。
IFRS移行企業では、調整表や注記、キャッシュフローまで確認することで、本業の変化と会計基準による変化を切り分けることができます。
営業利益は企業分析の重要な数字ですが、会計基準が変われば同じ名前の数字でも中身が変わることがあるのです。
参考
日本経済新聞 2026年9月30日夕刊 IFRS移行時の注目点