日本基準からIFRSへ移行した企業の決算を見ると、利益が増加することがあります。
その代表的な要因の1つが、のれんです。
企業がM&Aによって他社を買収すると、買収価格が買収先企業の純資産などを上回ることがあります。
その差額の一部が、のれんとして貸借対照表に計上されます。
日本基準では、のれんを一定期間にわたって規則的に償却します。
一方、IFRSではのれんを毎期規則的には償却しません。
そのため、大型M&Aを繰り返してきた企業が日本基準からIFRSへ移行すると、毎年発生していたのれん償却費がなくなり、利益が大きく増えたように見える場合があります。
この違いを理解しなければ、IFRS移行前後の利益を正しく比較できません。
のれんとは何か
例えば、ある企業が別の会社を1,000億円で買収したとします。
買収対象となった事業の識別可能な資産や負債を時価などで評価した結果、取得した純資産相当額が700億円だったとします。
単純化すると、買収価格1,000億円と取得した純資産700億円との差額300億円が、のれんとして計上される可能性があります。
なぜ純資産700億円の企業に1,000億円を支払うのでしょうか。
ブランド力。
顧客基盤。
技術力。
人材。
販売網。
将来の成長力。
買収企業との相乗効果。
こうした財務諸表に個別の資産として十分表れていない価値に対して、買収企業が追加的な金額を支払うことがあります。
その一部がのれんとして表れます。
日本基準ではのれんを規則的に償却する
日本基準では、のれんを原則として20年以内の合理的な期間にわたって規則的に償却します。
例えば300億円ののれんを10年間で定額償却するとします。
単純計算では、毎年30億円の償却費が発生します。
買収した事業が順調に成長していても、基本的には毎年30億円の費用が計上されます。
そのため、M&A直後から一定期間にわたって利益が押し下げられることになります。
大型M&Aを繰り返している企業では、複数の買収によるのれん償却費が積み重なり、利益への影響が大きくなる場合があります。
IFRSでは毎年の規則的な償却をしない
IFRSでは、のれんについて日本基準のような毎期の規則的な償却を行いません。
買収後も、のれんは貸借対照表に残り続けます。
ただし、何もしなくてよいわけではありません。
のれんについては毎年減損テストを行い、その価値が維持されているかを確認する必要があります。
買収した事業の収益性が低下し、のれんの価値を維持できないと判断されれば、減損損失を計上します。
つまり、日本基準とIFRSでは費用を認識する考え方が大きく異なります。
日本基準では時間の経過とともに規則的に費用化します。
IFRSでは価値が低下したと判断されたときに減損として費用化します。
IFRS移行で利益が増える理由
例えば、ある企業が日本基準で毎年100億円ののれん償却費を計上していたとします。
本業から得られる利益が1,000億円であれば、単純化すると、のれん償却後の利益は900億円になります。
IFRSへ移行すると、毎年の規則的なのれん償却がなくなります。
ほかの条件が同じで減損も発生しなければ、100億円の償却費がなくなるため、利益は1,000億円となります。
事業の売上が増えたわけではありません。
工場の生産性が改善したわけでもありません。
買収した企業の収益が増えたわけでもありません。
会計処理の違いによって利益が100億円増えたように見えるのです。
営業利益にも影響する
のれん償却費がどこに表示されているかによって、営業利益などの指標にも影響します。
そのため日本基準からIFRSへ移行した企業では、営業利益が大きく改善して見えることがあります。
特に過去に大型M&Aを繰り返し、多額ののれんを抱えている企業では影響が大きくなります。
IFRS移行前後の営業利益率を比較するときには、のれん償却費がどの程度あったのかを確認する必要があります。
営業利益が増えたからといって、すべてが本業の改善によるものとは限りません。
M&Aを積極化している企業ほど違いが大きい
のれんの会計処理の違いは、M&Aをほとんど行わない企業ではそれほど大きな問題にならない場合があります。
一方、M&Aを成長戦略の中心に据えている企業では重要です。
毎年のように企業買収を行えば、貸借対照表にのれんが積み上がっていきます。
日本基準では、それぞれののれんについて償却費が発生します。
IFRSでは規則的な償却を行わないため、買収後の利益への負担が日本基準より小さく見える場合があります。
そのため、同じ業界の企業でも、日本基準を採用している企業とIFRSを採用している企業では利益率を単純比較できないケースがあります。
のれん非償却は利益が永久に増える仕組みではない
IFRSではのれんを規則的に償却しないため、利益面では有利に見えるかもしれません。
しかし、のれんの価値が低下すれば減損損失を計上する必要があります。
例えば1,000億円ののれんを抱えている企業で、買収した事業の業績が大幅に悪化したとします。
将来の収益見通しを見直した結果、多額の減損が必要になれば、数百億円規模の損失が一度に発生することもあります。
毎年少しずつ償却する日本基準と異なり、IFRSでは損失が特定年度に集中する可能性があります。
これがIFRSののれんを見るうえで重要なリスクです。
買収価格の妥当性が後から問われる
のれんは、過去のM&Aについて企業がどれだけの追加価値を見込んで買収価格を決めたのかを示す数字でもあります。
買収後に事業が順調に成長していれば、のれんの価値は維持される可能性があります。
一方、期待した成長が実現しなければ減損につながることがあります。
多額ののれん減損が発生した場合には、単に会計上の損失として見るだけでは不十分です。
なぜ当初の事業計画を達成できなかったのか。
買収価格が高すぎなかったのか。
想定していた相乗効果は実現したのか。
買収後の経営統合はうまくいったのか。
こうしたM&A戦略そのものを検証する必要があります。
キャッシュフローは償却の有無では変わらない
のれん償却費は会計上の費用であり、償却した年度に現金が流出するわけではありません。
買収代金の支払いは、基本的には企業買収を行った時点で発生しています。
その後、日本基準で毎年のれんを償却しても、その償却費と同額の現金が毎年出ていくわけではありません。
同様に、IFRSでのれん償却費がなくなり利益が増えても、それだけで現金収入が増えるわけではありません。
このため、M&A企業を分析するときには会計利益だけでなく、キャッシュフローも確認する必要があります。
ROEにも影響する
のれん償却費がなくなれば、利益が増加するためROEが上昇する可能性があります。
しかし、そのROE上昇が事業の収益力向上によるものなのか、会計基準変更によるものなのかを分けて考える必要があります。
特に日本基準からIFRSへ移行した年度では、利益の増加要因を確認することが重要です。
企業が公表するIFRS移行時の調整表を見ると、のれん償却停止による影響が示されていることがあります。
ROEだけを見て企業の資本効率が改善したと判断するのではなく、分子となる利益がなぜ増えたのかを見る必要があります。
のれん残高そのものを見る
IFRS企業を分析するときには、利益だけでなく貸借対照表ののれん残高にも注目したいところです。
例えば純資産1兆円の企業が5,000億円ののれんを抱えている場合、のれんは純資産の半分に相当します。
仮に買収した事業の業績が大きく悪化し、多額の減損が発生すれば、純資産にも大きな影響を与える可能性があります。
のれん残高が純資産に対してどの程度あるのか。
どのM&Aから発生したのか。
買収した事業の業績は計画通りなのか。
こうした点を見ることで、将来の減損リスクを考えることができます。
結論
日本基準とIFRSでは、のれんの会計処理に大きな違いがあります。
日本基準では、のれんを原則として20年以内の合理的な期間で規則的に償却します。
一方、IFRSでは毎期の規則的な償却を行わず、毎年減損テストを行います。
そのため、日本基準からIFRSへ移行すると、従来計上していたのれん償却費がなくなり、利益が増加する場合があります。
しかし、その利益増加をそのまま本業の成長と考えることには注意が必要です。
売上が増えたのか。
利益率が改善したのか。
それとも、のれん償却費がなくなっただけなのか。
さらに、貸借対照表にどれだけののれんが残っているのか。
IFRS企業を見るときには、これらを確認する必要があります。
のれんは単なる会計上の資産ではありません。
企業が過去のM&Aにどれだけの期待を込め、どれだけの価格を支払ったのかを示す数字でもあります。
のれんを見ることは、企業のM&A戦略の成否を読み解くことにつながるのです。
参考
日本経済新聞 2026年9月30日夕刊 IFRS移行時の注目点