日本の酒類メーカーにとって、人口減少は避けることのできない経営課題です。
大手メーカーのビール類出荷量は約30年間で4割減少しました。
2026年10月1日の酒税改正によってビールは減税され、発泡酒や第三のビールとの税率差が縮小しました。ビールへの需要回帰が期待されています。
しかし、第三のビールを飲んでいた人がビールへ移るだけなら、ビール類市場全体が成長するわけではありません。
人口が減り、高齢化が進み、健康志向によって飲酒量も変化する中、国内で販売する酒の数量を増やし続ける成長モデルには限界があります。
では、人口減少時代に酒類メーカーはどのように成長すればよいのでしょうか。
人口減少は一時的な不況とは違う
人口減少と景気後退は性質が異なります。
景気後退であれば、景気が回復することで需要が戻る可能性があります。
しかし人口減少では、商品を購入する人の数そのものが減ります。
しかも酒類では高齢化や健康意識の高まりも重なります。
消費者の人数が減る。
1人あたりの飲酒量も伸びにくい。
この2つが同時に進めば、国内の販売数量を増やすことは難しくなります。
企業は市場が再び以前の規模に戻ることを前提にするのではなく、市場縮小を前提に経営戦略を考える必要があります。
シェア拡大だけでは限界がある
市場が縮小すると、企業は競争相手から顧客を奪ってシェアを高めようとします。
もちろんシェアは重要です。
しかし市場全体が縮小している場合、シェアを維持しているだけでは販売数量が減ります。
シェアを高めても、市場縮小の速度によっては売上が伸びないこともあります。
しかもシェア争いが価格競争になれば、利益率まで低下する可能性があります。
人口減少時代には、限られた国内需要を奪い合うだけではない成長戦略が必要になります。
量から単価へ発想を変える
1つの方法が、販売数量ではなく付加価値を高めることです。
100本の商品を販売することが難しくなるのであれば、80本でも十分な売上や利益を確保できる商品構成を考える必要があります。
そのためには、消費者が価格以上の価値を感じる商品を作らなければなりません。
味。
香り。
原料。
ブランド。
限定性。
飲用体験。
こうした価値を高めることで、単純な安売り競争から離れることができます。
クラフトビールの広がりは、その可能性を示しています。
主力ブランドへの集中も重要になる
市場が拡大している時代には、多数の商品を投入して新しい需要を開拓する戦略を取りやすくなります。
しかし縮小市場では、すべての商品に同じように経営資源を投入することは難しくなります。
そこで重要になるのが主力ブランドです。
アサヒビールはスーパードライを刷新しました。
キリンビールも一番搾りをリニューアルしています。
サッポロビールも黒ラベルへのマーケティング投資を増やします。
これは酒税改正への対応であると同時に、限られた経営資源を強いブランドへ集中する戦略とも考えられます。
ノンアルコールで市場を広げる
人口減少時代の成長策として重要なのが、従来の酒類市場の外へ出ることです。
その代表がノンアルコール飲料です。
酒を飲む人だけを顧客と考えれば、市場は飲酒人口によって制約されます。
しかしノンアルコールなら、酒を飲まない人にも商品を販売できます。
さらに酒を飲む人でも、運転するときや翌日の予定を考えるときにはノンアルコールを選ぶことがあります。
これまで商品を販売できなかった時間帯を新しい市場に変えることができます。
低アルコールで顧客との関係を維持する
健康志向によって消費者が飲酒量を減らすことは、メーカーにとって販売減少につながります。
しかし、通常の酒類だけでなく低アルコールや微アルコールの商品を用意していれば状況は変わります。
通常のビールを飲む日。
アルコール量を抑える日。
全く飲まない日。
それぞれに商品を提供できます。
消費者に以前と同じ量のアルコールを飲んでもらうことではなく、生活の変化に合わせて自社商品を選び続けてもらうという考え方です。
人口減少時代には、数量以上に顧客との長期的な関係が重要になります。
海外市場へ成長の場所を移す
国内人口が減少する以上、酒類メーカーが長期的に成長するためには海外市場が重要になります。
国内市場が縮小しても、世界全体を見れば大きな市場があります。
ただし、日本で成功した商品をそのまま海外へ持っていけばよいわけではありません。
発泡酒や第三のビールは、日本独自の酒税制度への対応という面が強い商品でした。
海外で求められるのは、日本の税制に最適化された商品ではなく、現地の消費者に選ばれる商品です。
味や価格だけでなく、文化や飲酒習慣、規制なども異なります。
商品開発の発想そのものを国内中心から世界市場中心へ変える必要があります。
ブランドは海外展開でも重要になる
海外市場では、単に商品を輸出するだけでは継続的な成長につながらない場合があります。
重要になるのがブランドです。
なぜ日本のこのビールを選ぶのか。
他国の商品と何が違うのか。
消費者に明確な理由を示す必要があります。
国内で強いブランドが、そのまま海外でも強いとは限りません。
長期的には現地でブランドを育てる投資が必要になります。
酒税改正後の国内市場で進むブランド重視の経営は、海外展開にもつながる考え方です。
M&Aも成長手段になる
海外市場へ進出する方法の1つがM&Aです。
現地企業を買収すれば、ブランドや工場、販売網、人材などを一度に獲得できる可能性があります。
ゼロから海外事業を立ち上げるより、短期間で事業基盤を作ることができます。
実際、酒類大手は海外M&Aを進めてきました。
ただしM&Aを実施すれば必ず成功するわけではありません。
買収価格が高すぎる。
期待した成長が実現しない。
現地経営との統合がうまくいかない。
こうした問題も起こります。
国内市場が縮小しているから海外企業を買えばよいという単純な話ではありません。
酒以外の事業を育てる
もう1つの成長方法が事業多角化です。
酒類市場そのものが縮小するのであれば、酒類以外の事業を育てるという考え方です。
飲料。
食品。
健康関連。
その他の消費者向け商品やサービス。
企業が持つブランド、研究開発、物流、販売網などを別の事業へ活用できる可能性があります。
重要なのは、自社を酒を作る会社と狭く定義しないことです。
消費者の生活にどのような価値を提供する会社なのかという視点から事業領域を考える必要があります。
研究開発力は新市場でも使える
日本の酒類メーカーは、発泡酒や第三のビールの商品開発を通じて高度な技術を蓄積してきました。
原料を変える。
麦芽比率を調整する。
製法を工夫する。
それでも消費者が満足できる味を作る。
約30年間続いた商品開発競争によって蓄積された技術は、税制変更によって価値を失うわけではありません。
ノンアルコールや低アルコール、海外向け商品などに応用できます。
過去の競争で得た能力を、次の成長市場へ移すことが重要になります。
国内市場にも成長余地は残る
人口減少だからといって、国内市場ですべての成長がなくなるわけではありません。
市場全体の数量が減っても、新しい需要を作ることはできます。
高付加価値の商品。
クラフト的な商品。
健康志向の商品。
ノンアルコール。
低アルコール。
新しい飲用体験。
市場全体の数量ではなく、個別の市場を見ると成長分野が存在する可能性があります。
縮小市場の中にある成長市場を見つけることが重要です。
企業の評価軸も変わる
市場が拡大していた時代には、販売数量や市場シェアが分かりやすい成長指標でした。
しかし人口減少時代には、それだけでは企業の成長力を測れません。
1本あたりの収益性。
ブランド価値。
海外売上。
ノンアルコールなど新市場の売上。
酒類以外の事業比率。
こうした指標も重要になります。
数量を追う経営から、事業ポートフォリオ全体の価値を高める経営への転換が求められます。
結論
人口減少時代に酒類メーカーが成長するためには、国内で以前より多くの酒を販売するという発想だけでは限界があります。
人口が減り、高齢化が進み、健康志向によって飲酒習慣も変化しているからです。
そこで必要になるのが、成長の意味を広げることです。
販売数量が減っても付加価値を高める。
主力ブランドへ経営資源を集中する。
ノンアルコールや低アルコールによって新しい需要を作る。
海外市場へ進出する。
酒類以外の事業を育てる。
こうした複数の成長戦略を組み合わせる必要があります。
2026年の酒税改正は、ビール、発泡酒、第三のビールの税率をめぐる約30年間の競争に大きな節目をつけました。
しかし酒税が一本化されても、人口減少という問題は残ります。
税率差を利用して安い商品を作る競争から、限られた国内需要の中で価値を高め、さらに新しい市場を作る競争へ。
人口減少は酒類メーカーにとって大きな制約ですが、同時に従来の数量依存型の経営を見直す契機にもなるのではないでしょうか。
参考
日本経済新聞 2026年10月1日朝刊 酒類大手は税改正を機に価格頼み脱却を
日本経済新聞 2026年10月1日朝刊 減税でビール競争激しく