NISAを利用して投資を始めると、できるだけ多くのお金を投資に回した方がよいのではないかと考えることがあります。
長期的に考えれば、早く投資した方が運用期間を長く取れる可能性があります。しかし、銀行口座にあるお金をぎりぎりまで投資してしまうことには別のリスクがあります。
突然収入がなくなったり、大きな支出が発生したりしたときに使える現金がなくなるからです。
そこで投資を考える前に確保しておきたいのが生活防衛資金です。
生活防衛資金とは何か
生活防衛資金とは、失業や病気などによって収入が減った場合や、予想外の大きな支出が発生した場合でも、一定期間生活を維持できるように確保しておくお金です。
例えば毎月30万円必要な家庭を考えてみます。
収入が突然なくなっても180万円の現金があれば、単純計算では6カ月程度の生活費をまかなえます。
もちろん実際には失業給付などを受けられる場合もありますし、支出を減らすこともできるでしょう。
それでも一定額の現金を確保しておけば、予想外の出来事が発生したときに慌ててお金を用意する必要がなくなります。
生活防衛資金は、家計にとって非常用のクッションのような役割を果たします。
普通の貯金とは何が違うのか
生活防衛資金も銀行預金などで保有することが多いため、見た目は普通の貯金と変わりません。
違うのは、そのお金を持つ目的です。
例えば100万円を貯金していても、来年自動車を購入するためのお金なら生活防衛資金とはいえません。
旅行のために貯めている50万円も同じです。
すでに使い道が決まっているからです。
一方、特定の使い道を予定せず、失業や病気などの非常事態に備えて確保している100万円は生活防衛資金と考えることができます。
つまり、
普通の貯金は将来使うためのお金
生活防衛資金は予想外の事態から生活を守るためのお金
という違いがあります。
資産形成を考えるときには、銀行口座の残高を一つの数字として見るのではなく、それぞれのお金が何のために置かれているのかを考えることが重要です。
急な失業に備える
生活防衛資金が力を発揮する代表的な場面が失業です。
会社員であっても、将来の収入が完全に保証されているわけではありません。
勤務先の業績悪化や倒産などによって収入が途絶える可能性があります。
次の仕事がすぐに見つかるとも限りません。
このとき十分な現金がなければ、住宅費や食費、光熱費などを支払うために投資商品を売却したり、場合によっては借り入れを利用したりする必要が生じます。
反対に半年程度生活できる現金があれば、すぐに収入を得なければ生活できないという状況を避けやすくなります。
転職活動についても、生活費を確保している人の方が時間的な余裕を持って次の仕事を探すことができます。
生活防衛資金には単に生活費を支払うだけではなく、重要な判断を焦らずに行うための時間を買う役割もあるのです。
病気やけがにも備えられる
突然の病気やけがも家計に影響します。
日本には公的医療保険や高額療養費制度などがあるため、医療費がそのまま青天井になるわけではありません。
しかし病気による家計への影響は医療費だけではありません。
仕事を休むことで収入が減少する場合があります。
通院の交通費や入院中のさまざまな費用など、公的制度ですべてをカバーできるとは限りません。
さらに自営業者などでは、働けなくなることがそのまま収入減少につながりやすい場合があります。
生活防衛資金があれば、公的保障や民間保険で補えない部分を現金でカバーできます。
保険と生活防衛資金はどちらか一方を選ぶものではありません。
公的保障、必要に応じた民間保険、そして手元の現金を組み合わせて家計のリスクに備えることになります。
投資資産は必要なときに値上がりしているとは限らない
生活防衛資金が重要になるもう一つの理由が、投資商品の価格変動です。
例えば500万円の投資信託を保有している人がいたとします。
この人が突然100万円必要になったとき、投資信託が600万円に値上がりしていれば売却しやすいでしょう。
しかし100万円が必要になるタイミングで、金融市場が大きく下落している可能性もあります。
500万円だった投資信託が350万円になっているかもしれません。
それでも現金が必要なら売却せざるを得ません。
本来なら相場が回復するまで保有を続けられたにもかかわらず、生活費が必要なために安値で売ることになります。
長期投資では、このような状況をできるだけ避けることが重要です。
現金があるから長期投資を続けられる
現金を持つと投資に回せる金額は減ります。
そのため資産形成だけを見ると、現金を持つことが非効率に見える場合があります。
しかし長期投資では、投資を始めること以上に続けることが重要です。
生活費まで投資していると、株価が大きく下落したときに生活への不安も大きくなります。
一方、当面の生活費を現金で確保していれば、投資資産が値下がりしても、
今すぐ売却する必要はない
と考えやすくなります。
つまり現金と投資は必ずしも対立するものではありません。
一定の現金を確保することが、むしろ投資資産を長期間保有するための土台になります。
NISAの枠より生活を先に考える
NISAでは年間に投資できる金額に上限があります。
そのため非課税枠をできるだけ使いたいと考える人もいるでしょう。
しかし生活防衛資金までNISAに入れてしまえば、制度を最大限利用できても家計の安全性は低下します。
例えば300万円の現金を持っているからといって、その300万円すべてが投資可能なお金とは限りません。
その中には、
日常生活に使うお金
近い将来に使う予定のお金
非常事態に備える生活防衛資金
長期間使う予定のない余裕資金
が含まれている可能性があります。
投資に回すのは基本的に最後の余裕資金です。
銀行口座にある金額と投資できる金額は同じではないのです。
生活防衛資金は投資をしないためのお金ではない
生活防衛資金について考えると、できるだけ多くの現金を持った方が安全なのではないかと思うかもしれません。
しかし現金を必要以上に持つことにも別の問題があります。
長期間使わないお金まですべて預金にしておけば、その資金を運用する機会を失う可能性があります。
したがって重要なのは、
現金か投資か
という二者択一ではありません。
生活に必要な現金を確保したうえで、長期間使わない余裕資金を投資するという順番です。
生活防衛資金は投資を妨げるお金ではなく、安心して投資を続けるためのお金と考えることができます。
結論
生活防衛資金とは、失業や病気、突然の大きな支出などが発生しても、一定期間生活を維持できるように確保しておく現金です。
普通の貯金との違いは、具体的な買い物などのためではなく、予想外の出来事から生活を守ることを目的としている点にあります。
十分な生活防衛資金がなければ、相場が大きく下落しているときでも生活費を確保するために投資商品を売却しなければならない場合があります。
反対に現金を確保しておけば、投資資産が値下がりしても回復を待つ余裕を持ちやすくなります。
資産形成では、できるだけ多くのお金を投資することだけが重要なのではありません。
生活に必要なお金を守りながら、長期間使わないお金を投資することが大切です。
生活防衛資金は投資とは別のものに見えますが、実際には長期投資を続けるための重要な土台なのです。
参考
日本経済新聞 2026年9月7日 夕刊 現金枯渇民 NISAを優先するあまり