日本の子どもたちは、国際的に見ても高い学力を持っています。
ところが、日本経済に目を向けると、長期にわたって低成長が続いています。
学校の成績が良い人が多ければ、優秀な人材が増え、企業の競争力も高まり、経済も成長しそうに思えます。
しかし、必ずしもそうなっていません。
なぜでしょうか。
2026年9月7日の日本経済新聞朝刊では、国際基督教大学理事長の竹内弘高氏へのインタビューを通じて、日本型の人材育成が抱える問題が取り上げられています。
重要なのは、単に学力が高いかどうかではありません。
これからの時代には、正解を知っている人よりも、正解そのものが存在しない問題に向き合える人が求められるからです。
日本型教育は正解を速く出す力を鍛えてきた
日本の学校教育や受験では、長い間、正しい答えを出す能力が重視されてきました。
例えば数学の試験では、あらかじめ正解があります。
英語の試験でも、問題を作った側が想定した答えがあります。
受験では、その正解をできるだけ速く、正確に導き出せる人ほど高い評価を受けます。
この仕組みは、一定の知識や基礎学力を身につけるという意味では非常に優れています。
日本の子どもの学力が国際的に高い背景にも、こうした教育システムがあります。
しかし、社会に出ると状況は大きく変わります。
会社の経営には正解が用意されていない
例えば、ある会社の売り上げが落ちているとします。
商品価格を下げるべきでしょうか。
新商品を開発するべきでしょうか。
海外市場へ進出するべきでしょうか。
不採算事業から撤退するべきでしょうか。
どれが正解なのかは、誰にも分かりません。
正解は教科書の最後のページには載っていません。
実際に決断し、行動し、その結果によって初めて正しかったかどうかが分かります。
つまり、学校で求められる能力と、企業経営や社会で求められる能力には違いがあるのです。
正解を教わることに慣れると疑う力が弱くなる
正解中心の教育には、もう一つ問題があります。
教える側が正解を持っていることが前提になることです。
先生が教えたことを覚える。
試験でそれを再現する。
正解すれば評価される。
この繰り返しでは、
本当にそうなのか
別の考え方はないのか
そもそも、この問題設定自体が正しいのか
と考える機会が少なくなる可能性があります。
これが批判的思考と呼ばれる力です。
批判的思考とは、何でも否定することではありません。
与えられた情報をそのまま受け入れるのではなく、根拠を確認し、自分で考え直す力です。
記事では、OECDの2024年の調査について、日本では中学生に批判的に考える必要のある課題を与える教員の割合が、調査対象国や地域の中で最も少なかったことも紹介されています。
知識量だけではなく、知識を疑い、組み合わせ、新しい答えをつくる力が問われているのです。
会社に入ると忖度する人材になりやすい
この教育の延長線上に、日本企業の組織文化を見ることもできます。
学校では先生が正解を持っています。
会社では上司が正解を持っていると考えるようになります。
すると、
上司は何を望んでいるのか
会社はどんな答えを期待しているのか
周囲と違うことを言って大丈夫なのか
ということを考えるようになります。
自分で答えをつくるよりも、正解を持っていそうな人の意向を読む方が安全だからです。
これが行き過ぎれば、組織内の忖度につながります。
もちろん、すべての日本企業や働く人に当てはまるわけではありません。
しかし、正解を当てることに慣れた人材と、正解のない問題を解くことに慣れた人材では、変化への対応力に差が出る可能性があります。
AI時代には知っていることの価値が変わる
この問題は、AIの普及によってさらに重要になります。
これまで学校教育では、知識を持っていること自体に大きな価値がありました。
ところがAIは、膨大な情報を短時間で処理できます。
計算する。
文章を要約する。
翻訳する。
資料を整理する。
こうした仕事の多くをAIが支援できるようになっています。
すると、人間に求められる能力も変わります。
知識を持っているだけでは差別化しにくくなるのです。
ノウイングからドゥーイングへ変わる
記事で竹内氏は、AI時代の教育について、ノウイングからドゥーイングへの転換が必要だと指摘しています。
ノウイングとは知っていることです。
ドゥーイングとは実際に行動することです。
例えば、起業について100冊の本を読んだ人がいたとします。
会社の作り方も、マーケティングも、資金調達も詳しく知っています。
しかし、実際に商品を作り、顧客に売った経験がなければ、分からないことが大量にあります。
顧客が予想外の反応をする。
計画通り売れない。
社員が辞める。
資金が足りなくなる。
こうした経験の中で身につく知識は、教科書だけでは得られません。
AIが得意な形式知と人間が持つ暗黙知
ここで重要になるのが、形式知と暗黙知という考え方です。
形式知とは、文章や数字などで説明できる知識です。
計算方法やマニュアル、データ、アルゴリズムなどが代表例です。
こうした領域ではAIが非常に強くなっています。
一方、暗黙知とは言葉だけでは説明しにくい知識です。
経験。
直感。
洞察力。
感情。
信念。
人との関係を築く力。
実際に行動することで身につく感覚などです。
AI時代には、形式知を覚えることだけでなく、実践を通じて暗黙知を身につける教育が重要になっていきます。
ハーバードでは正解のない問題を議論する
記事では、ハーバード・ビジネス・スクールの教育も紹介されています。
特徴的なのがケースを使った授業です。
企業が実際に直面した経営課題などを題材にして、
自分が経営者だったらどうするか
を学生同士で議論します。
そこには唯一の正解がありません。
学生によって答えが違います。
重要なのは、答えを当てることではなく、
なぜそう考えたのか
どの情報を重視したのか
別の選択肢にはどんな問題があるのか
を説明することです。
これは、正解を覚える教育とは大きく異なります。
さらにノウイングから現場へ進む
興味深いのは、ケースを議論するだけでも十分ではないと考えられていることです。
ハーバード・ビジネス・スクールでは、学生を海外などの現場へ送り出し、実際の問題解決に取り組む授業も行われています。
企業や地域の現場に入り、実際の課題を調べ、解決策を考えます。
ここでは予想外のことが起こります。
教科書通りには進みません。
だからこそ、自分で考え、試し、失敗し、修正する力が鍛えられます。
これがドゥーイングの教育です。
最後に必要なのはビーイング
さらにその先にあるのが、ビーイングです。
自分は何を大切にするのか。
何のために働くのか。
どのような人生を送りたいのか。
どのような社会をつくりたいのか。
こうした問いには正解がありません。
AIに質問すれば、選択肢を示してもらうことはできます。
しかし、最終的に自分がどう生きるかを決めるのは自分自身です。
ノウイングからドゥーイングへ。
そしてドゥーイングからビーイングへ。
AIが賢くなるほど、人間にはむしろ、この部分が重要になっていくのかもしれません。
教育改革は学校だけではできない
もう一つ重要なのは、教育改革を学校や国だけの問題にしないことです。
記事では、徳島県の神山まるごと高等専門学校の取り組みも紹介されています。
全寮制で実践的、創造的な教育を行い、多くの企業が資金面で支えています。
ここから見えてくるのは、教育には民間企業や社会全体が参加できるということです。
国が全国一律の正解を決め、その通りに学校が動くという方法だけでは、正解のない時代に対応する教育そのものが生まれにくいという矛盾もあります。
様々な学校や企業が新しい教育方法を試し、成功と失敗を繰り返すことも必要でしょう。
保護者にも変化が求められる
そして、忘れてはいけないのが保護者です。
良い学校へ行く。
良い大学へ行く。
大企業へ入る。
これまでの日本では、これが比較的分かりやすい成功モデルでした。
しかし、これからの子どもたちが働く社会は大きく変わります。
今存在している仕事が将来も存在するとは限りません。
逆に、現在存在しない仕事が主要な職業になっている可能性もあります。
そう考えると、大人が知っている成功ルートを子どもに歩かせるだけでは十分ではありません。
大人自身にも正解が分からないからです。
だからこそ、子どもに正解を教えること以上に、自分で考え、自分で選び、失敗したらやり直せる力を身につけてもらうことが重要になります。
結論
日本の教育の強みは、高い基礎学力を多くの子どもに身につけさせてきたことです。
この強みを捨てる必要はありません。
しかし、正解を速く出す能力だけでは、正解のない時代を生き抜くことは難しくなっています。
これから重要になるのは、
知識を覚えることから知識を使うことへ。
正解を当てることから問いをつくることへ。
先生の答えを聞くことから自分の答えを考えることへ。
ノウイングからドゥーイングへ。
そして、自分はどう生きるのかというビーイングへ。
という教育の広がりではないでしょうか。
AIは、人間より速く正解を探せる場面をますます増やしていきます。
だからこそ、人間には、正解が存在しない問題を考える力が必要になります。
これからの教育で問われるのは、どれだけ多くの正解を覚えたかではなく、答えが分からないときに、それでも自分で考え、行動できるかどうかなのだと思います。
参考
日本経済新聞 2026年9月7日朝刊 日本型人材育成の課題 忖度生む教育やめよ
日本経済新聞 2026年9月7日朝刊 民の力生かし改革を