国民年金の第3号被保険者制度をめぐる議論が、新しい段階に入ろうとしています。
厚生労働省は、第3号被保険者になった理由や、制度を縮小した場合に働き方がどう変わるのかなどについて実態調査を進めます。
背景にあるのは、2030年度に予定される次の年金制度改革です。
第3号被保険者制度については、
不公平だから廃止すべきだ
という意見がある一方、
育児や介護などで十分に働けない人まで一律に保険料負担を求めるのは難しい
という問題があります。
そのため今後の焦点は、ある日突然すべての第3号をなくすという単純な廃止ではなく、厚生年金の適用拡大などによって対象者を段階的に減らしていく方向になると考えられます。
第3号被保険者制度の将来を見るには、制度の廃止という言葉だけではなく、
誰を第3号から外すのか
外れた人をどの制度へ移すのか
働くことが難しい人をどう支えるのか
という3つの視点が重要です。
厚生労働省が第3号の実態調査に乗り出す
厚生労働省は、第3号被保険者制度について本格的な実態調査を始めます。
約2万人を対象とするアンケートでは、
なぜ第3号被保険者になったのか
制度が縮小された場合に働き方をどう変えるのか
といった点を調べる予定です。
さらに約70人を対象とした個別調査も行い、育児や介護などの事情を詳しく分析します。
ここで重要なのは、単に、
第3号は得だから働かない
と決めつけていないことです。
実際の就業行動には、社会保険だけでなく育児、介護、勤務先の環境など複数の事情が関係します。
制度改革の前に、その実態を把握しようとしているのです。
なぜ今になって調査するのか
第3号被保険者制度は1986年に始まりました。
当時は会社員の夫と専業主婦の妻という世帯が現在より多く存在していました。
しかし現在は共働き世帯が増えています。
単身世帯も増えました。
女性の就業率も上昇しています。
その結果、
会社員の配偶者であることによって本人が国民年金保険料を直接負担しない
という仕組みが、現在の働き方や家族構成に合っているのかが問われるようになりました。
第3号被保険者は2024年度末で約640万人となり、30年間で半減しています。
制度そのものを取り巻く環境が大きく変わったのです。
2025年の年金制度改正も次の議論につながっている
2025年に成立した年金制度改正法では、付則に第3号被保険者制度について調査研究や検討を進めることが盛り込まれました。
つまり第3号制度について、
現状のまま維持する
と決まったわけではありません。
次の制度改革に向けて検討を続けることが法律上も意識されています。
さらに2026年7月には、自民党と日本維新の会がまとめた社会保障改革の方向性でも、第3号被保険者制度の縮小が掲げられました。
今後は、
第3号を維持するか廃止するか
という二者択一ではなく、
どのような方法で対象を縮小していくのか
が具体的な政策論点になっていくと考えられます。
2030年度が重要な節目になる
公的年金制度は、長期間にわたって給付と負担を設計する必要があります。
制度を大きく変更する場合には、実態調査や財政検証、制度設計、法改正、周知、システム対応などに時間がかかります。
厚生労働省は、2030年度に予定される次の年金制度改革を視野に第3号制度を検討します。
そのため現在行われる調査は、
すぐに第3号を廃止するための調査
というより、
次の改革でどこまで制度を変えられるのかを考えるための基礎資料
と見る方が適切です。
今後数年間の議論を追う必要があります。
全員を第1号にすれば簡単なのか
第3号制度をなくす最も単純な方法を考えると、
現在の第3号被保険者を第1号被保険者へ移す
という案があります。
そうすれば本人が国民年金保険料を負担することになります。
独身の人や自営業者の配偶者との負担の違いも小さくできます。
しかし、この方法には大きな問題があります。
現在の第3号被保険者の中には、育児や介護などのために十分に働くことが難しい人もいます。
収入がほとんどない人に一律の国民年金保険料負担を求めれば、未納が増える可能性があります。
単純な第1号への移行だけでは解決しないのです。
第2号へ移す方法が重要になる
もう一つの方法が、第3号被保険者を第2号被保険者へ移していくことです。
つまり短時間労働者への厚生年金の適用を拡大します。
これまで配偶者の扶養の範囲内でパートとして働いていた人が、自分の勤務先の厚生年金や健康保険へ加入します。
本人にも社会保険料負担が発生しますが、事業主も原則として保険料を負担します。
さらに本人自身の老齢厚生年金が積み上がります。
この方法なら、
第3号から第1号へ移して本人だけに負担を求める
のとは違います。
本人を働く人として被用者保険へ取り込むことになります。
厚生年金の適用拡大が第3号縮小の中心になる
厚生労働省がこれまで進めてきた政策も、短時間労働者への厚生年金の適用拡大です。
パートやアルバイトであっても、一定の要件を満たせば勤務先の社会保険に加入する方向へ制度は変わっています。
2026年10月には、いわゆる106万円の壁の原因となっていた賃金要件も撤廃されます。
今後さらに企業規模要件などの見直しが進めば、これまで第3号だった人の中から第2号へ移る人が増えていきます。
すると第3号制度を一度に廃止しなくても、対象者そのものを段階的に減らすことができます。
130万円の壁も重要になる
ただし厚生年金の適用拡大だけですべてが解決するわけではありません。
勤務先の社会保険に加入しない人については、健康保険の扶養や第3号被保険者との関係で、いわゆる130万円の壁が残ります。
そのため第3号制度を縮小するのであれば、
国民年金だけをどうするか
ではなく、
健康保険の被扶養者制度をどうするか
も重要になります。
財務省からも、第3号だけでなく健康保険の被扶養者制度を含めた見直しを求める考えが示されています。
年金と健康保険を別々に改革すると、新しい制度のずれが生じる可能性があります。
育児中の人をどうするのか
第3号縮小で特に重要なのが育児です。
乳幼児を育てているため、働きたくても十分な労働時間を確保できない人がいます。
保育所を利用できない場合もあります。
子どもの病気などによって働き方を制限せざるを得ない家庭もあります。
こうした人まで、
働かないことを選択している
と扱うことはできません。
第3号を縮小して保険料負担を求めるのであれば、育児期間についてどのような負担軽減措置を設けるのかという問題が出てきます。
介護中の人への配慮も必要になる
介護も同じです。
高齢の親や配偶者を介護するために、仕事を辞めたり労働時間を短くしたりする人がいます。
介護は社会に必要な役割ですが、家族が行う介護には賃金が支払われないことが多くあります。
その人に、
収入がないのだから自分で国民年金保険料を払ってください
と一律に求めれば、負担が重くなる可能性があります。
厚生労働省が個別調査で育児や介護の状況まで調べるのは、この問題があるからです。
働き控えと働けない事情を分ける必要がある
第3号制度改革では、
働き控え
という言葉が頻繁に使われます。
しかし同じ短時間労働でも理由はさまざまです。
社会保険料を負担したくないために勤務時間を調整している人もいます。
配偶者手当を失わないために収入を抑えている人もいます。
一方で育児や介護のため、それ以上働けない人もいます。
健康上の事情や地域の雇用環境によって働く時間を増やせない場合もあります。
制度改革では、
働けるのに制度によって働き控える人
と、
事情があって十分に働けない人
を同じように扱わない仕組みが求められます。
基礎年金の財政にも影響する
第3号制度の見直しには、個人の負担だけでなく年金財政の問題もあります。
現在の第3号被保険者がどの制度へ移るのかによって、保険料の入り方や基礎年金を支える財政構造が変わります。
特に多くの人が第3号から第1号へ移った場合、保険料の納付状況によっては基礎年金の財政や将来の給付水準にも影響する可能性があります。
そのため、
第3号を減らせば公平になる
だけで改革を決めることはできません。
制度全体として保険料収入と給付をどのように支えるのかまで設計する必要があります。
段階的縮小なら影響を分散できる
第3号被保険者は2024年度末でも約640万人います。
これほど多くの人の保険料負担を一度に変更すれば、家計にも企業にも大きな影響が出ます。
そのため現実的には、
厚生年金の適用範囲を徐々に広げる
第3号になる人を徐々に減らす
育児や介護などへの支援を整える
健康保険の扶養制度も合わせて検討する
という段階的な改革が重要になります。
制度変更への準備期間を確保できることも利点です。
これから確認すべきポイントは何か
2030年度の改革に向けて第3号制度を見るときには、単に、
廃止されるのか
だけを追うのでは不十分です。
重要なのは、どの人から第3号の対象外になるのかです。
厚生年金の適用対象がどこまで広がるのか。
第3号から外れた人は第1号になるのか、第2号になるのか。
育児や介護をしている人にはどのような配慮が設けられるのか。
健康保険の被扶養者制度も変更されるのか。
保険料負担が急増しない経過措置が設けられるのか。
こうした具体的な制度設計を見る必要があります。
第3号の人数そのものが改革を左右する
今後、厚生年金の適用拡大によって第3号被保険者がさらに減っていけば、制度改革の選択肢も変わります。
例えば現在約640万人いる第3号被保険者が、適用拡大によって大幅に減ったとします。
残った人の多くが、
育児
介護
就業機会の不足
など特別な事情を抱える人になれば、その人たちに対象を絞った新しい支援制度を考えることもできます。
つまり第3号制度を一気に廃止するのではなく、
厚生年金に入れる人は第2号へ移す
残る人について必要な保障を改めて設計する
という順番も考えられます。
第3号改革は夫婦単位から個人単位への変化でもある
第3号被保険者制度では、本人の社会保険上の立場が配偶者の働き方に大きく左右されます。
夫が会社員なら第3号になれる。
夫が退職すれば第3号から外れる。
夫が一定の年齢になれば資格関係を確認する必要がある。
このように配偶者との関係によって本人の年金区分が変わります。
一方、本人自身が厚生年金に加入する第2号になれば、社会保険は本人の働き方を基礎として成立します。
第3号の縮小は、
夫婦を単位として社会保障を考える仕組み
から、
一人一人が自分自身の社会保険に加入する仕組み
へ近づける改革という側面もあります。
結論
2030年度の年金制度改革に向けて、第3号被保険者制度は大きな論点になります。
厚生労働省は約2万人へのアンケートや個別調査を通じて、第3号になった理由や、制度を縮小した場合に働き方がどう変化するのか、育児や介護がどのように影響しているのかを調べます。
しかし今後の改革を、
第3号を残すか、全部廃止するか
という二者択一だけで考える必要はありません。
現実的な焦点になるのは段階的な縮小です。
働くことができる短時間労働者については厚生年金の適用を広げ、第3号から第2号へ移していく。
一方、育児や介護などによって十分に働くことが難しい人については、別の支援や保険料負担のあり方を検討する。
さらに健康保険の被扶養者制度も合わせて見直す。
こうした複数の改革を組み合わせる必要があります。
第3号被保険者制度は2024年度末で約640万人まで減り、30年間で半減しました。
今後さらに厚生年金の適用が広がれば、第3号は制度を廃止しなくても徐々に小さくなっていく可能性があります。
だからこそ2030年度に向けて注目すべきなのは、
第3号がなくなるかどうか
だけではありません。
誰が第2号へ移るのか。
誰が第1号になるのか。
育児や介護を担う人をどう支えるのか。
健康保険の扶養をどうするのか。
そして基礎年金の財政をどう維持するのか。
これらをどのように組み合わせるのかが本当の焦点です。
第3号被保険者制度の改革は、専業主婦の年金だけを変える話ではありません。
共働きが主流となった時代に、日本の社会保険を配偶者中心の仕組みから本人中心の仕組みへどのように移していくのか。
2030年度の年金改革は、その方向性を決める重要な節目になるのです。
参考
日本経済新聞 2026年9月5日朝刊 厚労省「年金3号」縮小へ調査 働き控えの実態把握