企業の設備投資を増やすため、政府が税制優遇を設けたとします。
制度を利用した企業が1万社あり、合計1兆円の設備投資を行ったとすれば、大きな政策効果があったように見えます。
しかし、ここで重要な疑問があります。
その企業は、本当に税制優遇があったから投資したのでしょうか。
税制優遇がなくても同じ設備を購入していた企業まで含まれているのであれば、1兆円すべてを政策の成果と考えることはできません。
減税によって本当に増えた投資だけを見つける必要があります。
税制優遇の政策効果を測ることが難しい最大の理由の一つが、ここにあります。
政策がなかった場合との比較とは何か
政策の効果を測るには、
政策を実施した場合
と
政策を実施しなかった場合
を比較する必要があります。
例えば設備投資減税を利用した会社が1億円の設備投資をしたとします。
それだけを見ると、1億円の投資が政策の成果に見えるかもしれません。
しかし、この会社が減税制度がなくても1億円を投資する予定だったのであれば、減税によって新しい投資が生まれたわけではありません。
一方、減税がなければ7000万円しか投資しなかった会社が、減税によって1億円へ増やしたのであれば、差額の3000万円は政策による追加的な投資と考えられる可能性があります。
重要なのは実際の投資額だけではなく、
政策がなかったらどうなっていたか
との比較です。
観察できない世界が問題になる
ところが、政策効果の測定には大きな問題があります。
同じ企業について、
税制優遇がある世界
と
税制優遇がない世界
を同時に観察することはできません。
実際に税制優遇を利用して1億円を投資した企業について、
もし税制優遇がなかったらいくら投資したか
を直接確認することはできないのです。
企業に質問しても、正確な答えが得られるとは限りません。
経営環境や将来予測なども投資判断に影響するためです。
この観察できないもう一つの状態をどう推計するかが、政策評価の重要な課題になります。
追加的な投資とは何か
税制優遇の効果を見るときに重要なのが追加的な投資です。
例えば、税制優遇を利用した100社が合計1000億円を設備投資したとします。
しかし、そのうち800億円は税制優遇がなくても行われていたと推計されたとします。
すると、税制優遇によって追加的に生まれた投資は200億円と考えることができます。
政策の成果として注目すべきなのは1000億円ではなく、この200億円です。
税制優遇によって企業が予定していた投資を単に安く実行できただけなのか、それとも新しい投資を生み出したのか。
この違いが重要になります。
企業が得をしても政策効果とは限らない
税制優遇を利用すれば、企業の税負担は軽くなります。
しかし、
企業が得をした
ことと
政策目的が達成された
ことは同じではありません。
例えば、ある会社がもともと10億円の設備投資を予定していたとします。
その後、設備投資減税が導入され、会社は税制優遇を利用しました。
それでも設備投資額が10億円のままだったとすれば、会社の税負担は軽くなりましたが、投資額は増えていません。
設備投資を増やすことが政策目的だったのであれば、この減税による追加効果は限定的だった可能性があります。
企業への負担軽減と政策効果を分けて考える必要があります。
なぜ企業は減税がなくても投資するのか
企業が設備投資を決める理由は税金だけではありません。
例えば工場の設備が老朽化していれば、事業を続けるために更新しなければならない場合があります。
受注が急増すれば、生産能力を増やすため新しい設備が必要になります。
人手不足が深刻になれば、自動化設備への投資を進めるでしょう。
競合企業が新技術を導入すれば、自社も競争力を維持するため投資する必要があります。
こうした投資は、税制優遇がなくても行われる可能性があります。
税制優遇の利用実績だけを見ても、減税が投資判断の決め手だったのかは分からないのです。
景気が良くなれば投資も増える
政策効果の測定をさらに難しくするのが景気など外部環境の変化です。
例えば設備投資減税を導入した翌年に企業の設備投資が20パーセント増えたとします。
一見すると政策が成功したように見えます。
しかし同じ時期に景気が大きく回復し、企業の売上や利益が増えていたとしたらどうでしょうか。
設備投資増加の一部は、減税ではなく景気回復によるものかもしれません。
金利低下や原材料価格の変化、技術革新、人手不足なども企業の投資判断に影響します。
政策実施前と実施後を単純に比較するだけでは、税制優遇そのものの効果を切り分けることが難しいのです。
比較する企業をどう見つけるのか
そこで政策評価では、税制優遇を利用した企業と似た条件を持ちながら、制度を利用していない企業などとの比較が考えられます。
例えば、
企業規模
業種
利益水準
過去の設備投資
地域
などが似た企業を比較します。
税制優遇を利用した企業だけ設備投資が大きく増えていれば、制度が一定の影響を与えた可能性があります。
ただし、制度を利用する企業と利用しない企業には、もともと違いがある場合があります。
成長意欲の高い企業ほど税制優遇を積極的に調べて利用するかもしれません。
そうであれば、投資額の違いが税制優遇によるものなのか、企業自身の成長意欲によるものなのかを見分ける必要があります。
減税による死荷重という問題
税制優遇では、政策目的を達成するために必ずしも必要ではなかった減税が発生することがあります。
例えば100社に各100万円、合計1億円の税額控除を行ったとします。
そのうち90社は減税がなくても同じ設備投資をしていたとします。
この90社への減税は、企業の税負担を軽くしたものの、新しい投資を生み出すためには必要なかった可能性があります。
一方、残り10社が減税をきっかけに投資したのであれば、政策誘導という意味ではこの部分が重要になります。
税制優遇を広く適用すると、
行動を変える必要がない企業にも減税する
という問題が生じやすくなります。
これが政策減税の費用対効果を考えるうえで重要な論点です。
財源を使うなら追加効果を見る必要がある
例えば年間1000億円の税収を失う設備投資減税があったとします。
その結果、対象企業が合計1兆円の設備投資を行ったとしても、
1000億円の減税で1兆円の投資を生み出した
とは言えません。
減税がなくても9000億円の投資が行われていたのであれば、追加的な投資は1000億円です。
さらに、その追加投資によって生産性や雇用などがどの程度改善したのかを見る必要があります。
政策コストと比較すべきなのは、制度利用企業の活動全体ではなく、政策によって追加的に生まれた効果なのです。
日本版DOGEではここまで検証できるか
参考記事では、日本版DOGEによる税優遇の見直しで廃止要望が出たのは3件にとどまりました。
利用実績がない制度を廃止することは比較的判断しやすいでしょう。
しかし、本格的に財源を生み出そうとすれば、多くの企業が利用している大規模な租税特別措置にも目を向ける必要があります。
そこで難しくなるのが、
利用されているから必要
とは限らないことです。
多くの企業が利用していても、その大部分が税制優遇なしでも同じ行動をしていたのであれば、制度を見直す余地があります。
日本版DOGEの本当の課題は、制度の利用件数を調べるだけではなく、税制優遇が企業行動をどれだけ追加的に変えたのかまで検証できるかどうかです。
結論
税制優遇の本当の政策効果を測るには、制度を利用した企業がどれだけ設備投資や研究開発をしたかを見るだけでは不十分です。
重要なのは、
その税制優遇がなかった場合に企業がどう行動していたか
との比較です。
税制優遇がなくても行われていた投資まで政策の成果に含めれば、効果を過大評価してしまいます。
一方、減税によって新しく生まれた投資や研究開発があれば、それが政策による追加的な効果になります。
しかし、同じ企業について減税がある場合とない場合を同時に観察することはできません。
そのため税制優遇の政策効果を正確に測ることは簡単ではありません。
日本版DOGEが租税特別措置を本格的に見直すのであれば、利用件数や減収額だけではなく、減税が企業の行動を本当に変えたのかまで検証する必要があります。
税制優遇を利用した企業が何をしたかではなく、その税制優遇があったから何が新しく起きたのか。
そこを見極めることが、政策減税を評価する核心になります。
参考
日本経済新聞 2026年9月4日朝刊「日本版DOGE、税優遇廃止は3件どまり 財源捻出、年10万円」