大学を選ぶとき、多くの人がまず確認するものの一つが偏差値です。
偏差値の高い大学に入れば就職で有利になる。難関大学に合格すること自体が、その人の能力を示すものになる。こうした考え方は長い間、日本の教育や採用の仕組みと深く結びついてきました。
しかし、少子化によって大学進学者そのものが大きく減少すると、この前提が変わる可能性があります。
日本経済新聞によると、2025年に約65万人いる大学進学者は、2050年には約42万人まで減少する見通しです。
大学に入る人が約3割減る一方、大学の定員が現在と同じ規模で残れば、当然ながら大学の門は広くなります。
これから大学の価値を考えるときに重要になるのは、入学時にどれだけ選抜したかではなく、入学した学生を卒業までにどれだけ成長させたかという視点なのかもしれません。
偏差値は入学時の競争の激しさを示している
そもそも偏差値とは何でしょうか。
大学の偏差値は、その大学で4年間学ぶことによってどれだけ能力が高まるかを直接示している数字ではありません。
基本的には、入学試験における難易度を表す指標です。
人気のある大学に多くの受験生が集まり、その中から限られた人数しか合格できなければ、入試の難易度は高くなります。
つまり、偏差値が示しているのは主として入口の競争です。
これまで入口の競争が激しかったため、難関大学への合格そのものが一定の能力を示すシグナルとして機能してきました。
企業側から見ても、厳しい受験競争を突破したという事実は、人材を評価する一つの材料になりました。
2050年には大学進学者が約42万人になる
ところが、この前提を大きく変えるのが少子化です。
文部科学省の推計では、大学進学者数は2025年の約65万人から2050年には約42万人まで減少するとされています。
一方、現在、難関とされる早慶上理、GMARCH、関関同立などの私立大学群の入学定員は合計約8万人です。
国公立大学まで合わせると約21万人になります。
仮に現在の定員規模が大きく変わらなければ、
大学進学者42万人に対して難関私立大学と国公立大学の定員が約21万人
という状態になります。
単純計算すれば、大学進学者の2人に1人が現在難関とされている私立大学や国公立大学に入ることができる規模になります。
もちろん実際には大学の統廃合や定員削減も進むでしょう。
それでも、18歳人口が減少すれば、多くの大学で現在と同じような激しい入試競争を維持することは難しくなります。
大学は学生を選ぶ側から選ばれる側になる
これまでの大学入試では、大学が多数の受験生の中から学生を選ぶという構図が中心でした。
しかし少子化が進むと、この関係が逆転します。
大学側が高校生から選んでもらわなければならなくなるのです。
その兆候はすでに現れています。
法政大学は系列校を設け、中学や高校の段階から学生との接点を持つ取り組みを進めています。
明治大学でも系列校が新たに誕生しています。
立命館は広域通信制高校の新設を構想し、大学への内部進学につながる教育環境を整えようとしています。
大学が高校生になる前後から将来の学生との関係をつくる時代になりつつあるわけです。
これは単なる受験生集めではありません。
学生の質そのものが大学ブランドを左右するからです。
優秀な学生が集まり、その学生が成長して社会で活躍すれば、それが次の学生を呼び込む大学のブランドになります。
入学後にどれだけ伸びたかを評価する
こうした変化の中で注目されるのが、大学教育そのものを評価する仕組みです。
文部科学省は、国公私立大学の学部ごとに学生の成長度合いや教育への満足度などを評価する新たな仕組みを検討しています。
2030年にも導入し、
三つ星
二つ星
一つ星
要改善
という4段階で示すことが想定されています。
非常に興味深いのは、大学の入口ではなく、大学に入ってからの教育を評価しようとしている点です。
例えば、入学時点では学力がそれほど高くなかった学生が、4年間の教育によって大きく成長した大学があったとします。
従来の偏差値だけでは、この大学の教育力は十分に評価されない可能性があります。
しかし、学生の成長という尺度を使えば、その大学の価値が見えてきます。
偏差値が低い大学にも価値がある可能性
これは大学を見る視点を大きく変えます。
例えば、
A大学は偏差値65で入学し、卒業時の能力が70になった
B大学は偏差値50で入学し、卒業時の能力が65になった
と仮定します。
もちろん実際の能力をこのような単純な数字で測ることはできません。
しかし、教育によって学生をどれだけ成長させたかという意味では、B大学の方が大きな付加価値を生み出したと考えることもできます。
これが大学の伸ばす力です。
大学選びが、
どこに入ったか
から、
そこで何を学び、どこまで成長できるか
へ変われば、大学の競争も大きく変化します。
大学ブランドそのものも変わる
これまで大学ブランドの大きな部分を支えてきたのは入試難易度でした。
難関大学に入学したということは、激しい競争を突破したことを意味します。
ところが、受験人口が減り、総合型選抜や学校推薦型選抜が広がれば、一般入試の偏差値だけで学生全体を評価することは難しくなります。
すでに総合型選抜や学校推薦型選抜による大学入学者は大きな割合を占めています。
そうなれば企業側も、
どの大学に入ったのか
だけでは人材を判断しにくくなります。
大学で何を学んだのか。
どのような研究をしたのか。
どのような能力を身につけたのか。
こうした中身を見る必要が出てきます。
大学名というラベルよりも、大学生活の内容が重要になるわけです。
大学院や社会人になってからの経験も重要になる
大学卒業後のキャリアも変わっていくでしょう。
これまでの日本では、新卒時にどの会社へ入ったかがその後のキャリアを大きく左右する傾向がありました。
大学入試
大学名
新卒就職
終身雇用
という流れが一つの長いレールになっていたともいえます。
しかし、この仕組みも変化しています。
今後は大学卒というだけでは差別化しにくくなり、
大学院で何を研究したか
勤務先でどのような経験をしたか
社会人になって何を学び直したか
といったことが、より重要になる可能性があります。
人生100年時代になれば、18歳から22歳ごろまでの数年間の教育だけで、その後40年、50年の職業人生を支えることには無理があります。
リスキリングや学び直しの重要性が高まるのも当然です。
大学へ進学しない人のキャリアも考える必要がある
もう一つ忘れてはいけない問題があります。
少子化によって大学に入りやすくなったとしても、すべての人が大学へ進学するわけではありません。
将来の大学進学率は6割程度で頭打ちになるとの見方もあります。
つまり、約4割は大学へ進学しないことになります。
AIの普及によって仕事の内容が急速に変化する時代に、大学へ進学しなかった人が最初に身につけた職業技能だけで数十年間働き続けることも難しくなります。
大学卒業者だけでなく、非大卒者にも継続的に学び直す機会を提供する必要があります。
これは教育政策だけの問題ではありません。
企業の人材育成や職業訓練などを含めた雇用政策の問題でもあります。
大学の本当の競争はこれから始まる
少子化で受験生が減れば、大学間競争がなくなるわけではありません。
むしろ競争の中身が変わると考えた方がよいでしょう。
これまでは、
どれだけ学力の高い学生を集められるか
という入口の競争が大学ブランドを大きく左右していました。
これからは、
どれだけ学生を成長させられるか
どのような専門性を身につけさせられるか
卒業後にどのようなキャリアにつなげられるか
という出口まで含めた競争になります。
大学にとっては厳しい時代です。
文部科学省の試算では、18歳人口の減少によって資金ショートのリスクが高い私立大学は2040年度に約260校に達する可能性があります。
大学が存在しているだけで学生が集まる時代ではなくなります。
だからこそ、それぞれの大学が自分たちは学生にどのような価値を提供できるのかを示す必要があります。
結論
少子化によって大学進学者が減少すれば、現在のように偏差値だけで大学を序列化する仕組みは徐々に実態と合わなくなる可能性があります。
偏差値は入学時の競争の激しさを見るには便利な指標ですが、その大学が学生をどれだけ成長させるかを直接示しているわけではありません。
これから重要になるのは、入口よりも出口です。
入学した学生が何を学び、どのような能力を身につけ、卒業後にどのようなキャリアを築いているのか。
大学の価値をこうした視点から評価する時代へ移っていくのかもしれません。
そしてこの変化は、大学だけの問題ではありません。
大学名によって新卒時の就職先が決まり、その就職先によって長期的なキャリアまで決まるという日本型の仕組みそのものが変化することにつながります。
2050年の大学選びでは、
どの大学なら入れるのか
ではなく、
どの大学なら自分を最も伸ばしてくれるのか
という問いが、今よりはるかに重要になっているのではないでしょうか。
参考
日本経済新聞 2026年9月7日 朝刊 2人に1人が国公立・難関私大へ 大学選びの指標、偏差値から伸ばす力に
日本経済新聞 2026年9月7日 朝刊 大卒後のキャリア形成こそ大事