人間はなぜ合理的に期待をつくらないのか 情報があっても全員が同じ予想にならない理由

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物価がこれから上がるのか、金利がどうなるのか、景気は良くなるのか。家計は将来についてさまざまな予想をしながら、消費や貯蓄、住宅購入などを決めています。

経済学では、このような将来についての予想を「期待」と呼びます。

ところが、人間は世の中に存在する情報をすべて集め、完璧に分析して期待をつくっているわけではありません。

同じニュースを見ても、将来の物価について3%上がると考える人もいれば、ほとんど上がらないと考える人もいます。

なぜ家計の期待には、このような違いが生まれるのでしょうか。

完全情報下の合理的期待形成とは何か

家計の期待形成を説明する伝統的な考え方の一つが「完全情報下の合理的期待形成」です。

英語ではFull Information Rational Expectationsといい、頭文字からFIREと呼ばれます。

この考え方では、人々は現在利用できる情報を十分に活用して、合理的に将来を予想すると考えます。

例えば、物価について予想するとします。

家計が日本銀行の金融政策、政府の経済政策、賃金、原油価格、為替相場など、物価に関係する情報を幅広く把握しているとしましょう。

さらに、それらの情報を正しく分析できるのであれば、人によって予想が大きく異なることは少なくなるはずです。

同じ情報を持ち、同じように合理的に判断するのであれば、期待も似たものになるからです。

しかし、現実の家計はそうなっていません。

家計のインフレ期待には大きなばらつきがある

将来の物価について家計に尋ねると、回答にはかなり大きなばらつきがみられます。

同じ日本で生活し、同じ時期について予想しているにもかかわらず、インフレ率について異なる数字を答えるのです。

その理由の一つが、家計によって持っている情報が違うことです。

毎日のように経済ニュースを確認する人もいれば、ほとんど見ない人もいます。

スーパーの食品価格を重視する人もいれば、ガソリン価格や電気料金を強く意識する人もいます。

中央銀行の金融政策を詳しく調べる人は、さらに限られるでしょう。

つまり、人々は同じ社会に暮らしていても、同じ情報を使って期待を形成しているわけではありません。

情報を与えると期待が変わる

家計がすべての情報を把握しているわけではないことを示す興味深い現象があります。

例えば「日本銀行は2%の物価安定の目標を掲げている」という情報を家計に伝えると、家計のインフレ期待が2%の方向へ動くことがあります。

もし最初から全員がこの情報を知り、十分に理解したうえで予想していたのであれば、新たに情報を伝えても期待はそれほど変わらないはずです。

期待が変化するということは、それまで知らなかった人や、知っていても十分に意識していなかった人がいることを意味します。

ここから、人間の情報収集や情報処理には限界があることが見えてきます。

合理的無関心とは何か

こうした現実を説明する考え方の一つが「合理的無関心」です。

これは、すべての情報を調べるには時間や労力がかかるため、自分にとって重要性の低い情報については、あえて詳しく調べないという考え方です。

例えば、金融政策について詳しく理解しようとすれば、日本銀行の政策決定会合や金利、国債市場、インフレ率などについて勉強する必要があります。

そのためには時間が必要です。

仕事や家事、育児などで忙しい人にとって、その時間を使ってまで金融政策を詳しく調べるメリットが大きいとは限りません。

そこで「詳しく知らなくても日常生活ではそれほど困らない」と判断し、情報を集めないことがあります。

これは単なる怠慢とは限りません。

情報収集に必要なコストと、情報から得られる利益を比較した結果として、無関心になることが合理的な場合もあるのです。

情報にもコストがある

インターネットが普及した現在は、情報そのものを無料で入手できる場面が増えました。

しかし、情報が無料だからといって、情報収集のコストがゼロになるわけではありません。

記事を読む時間が必要です。

内容を理解するための知識も必要です。

複数の情報を比較して、どれが重要なのか判断する必要もあります。

さらに、専門的な金融政策や経済政策については、情報を読んだだけでは意味を理解できないこともあります。

つまり、家計にとって重要なのは情報の価格だけではなく、情報を探し、理解し、判断するための「情報処理コスト」なのです。

このコストが高ければ、人々はすべての情報を追いかけなくなります。

粘着情報とは何か

もう一つの代表的な考え方が「粘着情報」です。

これは、人々が常に最新情報へ期待を更新するのではなく、しばらく古い情報を使い続けるという考え方です。

例えば、ある人が「最近の物価上昇率は2%程度だ」と認識したとします。

その後、実際の物価上昇率が変化しても、その人が経済ニュースを確認しなければ認識は変わりません。

数カ月後にニュースを見て、初めて期待を更新することがあります。

つまり、

新しい情報が発生する

情報をすぐには確認しない

古い認識を使って判断する

しばらくして情報を収集する

期待を更新する

という時間差が生まれます。

情報が人々の頭の中にしばらく残り続けるため、「粘着」という言葉が使われています。

家計の半数以上が物価情報をめったに集めない

日本の家計についても、情報収集の頻度には大きな違いがあります。

福岡大学の菊池淳一講師と横浜市立大学の中園善行教授の調査では、日本の家計の約2割が一般物価について1週間に1回程度情報を収集する一方、めったに情報を集めない家計が半数以上存在するとされています。

ここには重要な意味があります。

物価について新しい情報が発表されても、すべての家計が同時にその情報を知るわけではないということです。

情報を頻繁に確認する人の期待はすぐに変わります。

一方、情報をほとんど確認しない人の期待は以前のまま残ります。

この違いによって、家計のインフレ期待にばらつきが生じます。

金融政策は発表するだけでは十分ではない

この問題は、日本銀行の金融政策にも関係します。

中央銀行が政策を変更しても、その内容を家計が知らなければ、家計の行動はすぐには変わりません。

例えば、中央銀行が将来の物価について一定のメッセージを発信したとします。

金融市場の参加者はすぐに情報を確認するでしょう。

しかし、一般の家計が同じように中央銀行の発表を確認するとは限りません。

さらに、ニュースを見ても専門用語が多ければ、その意味が十分に伝わらない可能性があります。

したがって金融政策では、政策そのものだけでなく「家計にどのように情報を届けるのか」も重要になります。

人間が非合理的だからではない

合理的無関心や粘着情報の考え方で重要なのは、家計を単純に「非合理的な存在」と考えているわけではない点です。

むしろ、時間も情報処理能力も有限だからこそ、すべての情報を処理しないと考えます。

毎日の生活で必要な情報は膨大です。

仕事、家族、健康、買い物、教育、住宅、金融資産など、私たちは数多くのことについて判断しています。

そのなかで中央銀行の金融政策まで毎日詳しく調べることは現実的ではありません。

限られた時間を重要なことへ振り分ければ、一部の情報を無視したり、古い情報を使い続けたりすることになります。

人間は完全な情報処理装置ではありません。

この現実を経済モデルに取り込もうとしたのが、合理的無関心や粘着情報という考え方なのです。

結論

経済学ではかつて、家計が利用可能な情報を十分に活用して合理的に期待を形成するという考え方が重視されてきました。

しかし現実には、家計のインフレ期待には大きなばらつきがあります。

その背景には、人によって集めている情報が違うことや、情報を処理するために時間や労力が必要になることがあります。

合理的無関心モデルでは、情報を集めるコストが高ければ、重要性の低い情報をあえて調べないことが合理的だと考えます。

粘着情報モデルでは、情報収集にはコストがかかるため、人々は古い情報をしばらく使い続け、時々期待を更新すると考えます。

つまり、人間は常に最新情報を集めて完璧に将来を予測しているわけではありません。

そして、この人間らしい情報収集の特徴を理解することが、物価期待や金融政策の効果を考えるうえでも重要なのです。

参考

日本経済新聞 2026年9月2日朝刊 家計の「期待」と経済(3) 人間は合理的ではない

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