給与計算と給与振込はなぜ分けるのか 自分の給料を自分で決めて振り込める状態が危険な理由編

経営

会社員の給与は、毎月ほぼ自動的に銀行口座へ振り込まれます。

その裏側では、会社が基本給や残業代、各種手当を計算し、社会保険料や税金を差し引き、最終的な振込額を決めています。

そして、その金額を銀行へ伝えて従業員の口座へ振り込みます。

ここで注意したいのが、給与を計算する仕事と、実際に給与を振り込む仕事です。

経理担当者一人が両方を自由に行えると、自分の給与を水増しし、自分で振り込める状態になる可能性があります。

給与計算と給与振込を分けることは、給与不正を防ぐ基本的な仕組みの一つです。

給与計算とは何か

給与計算では、まず従業員に支給する金額を計算します。

基本給だけではありません。

残業代や休日手当、役職手当、通勤手当などを加えて総支給額を計算します。

そこから社会保険料、所得税、住民税などを差し引きます。

最終的に残った金額が、従業員の銀行口座へ振り込まれる手取り額になります。

例えば総支給額が40万円で、社会保険料や税金などが10万円なら、銀行への振込額は30万円になります。

この30万円を正しく銀行へ伝えるところまで確認する必要があります。

給与計算と給与振込は別の仕事

給与計算で30万円という金額が決まったからといって、自動的に30万円が振り込まれるとは限りません。

次に給与振込の手続きがあります。

給与計算の結果をもとに、

誰に

どの銀行口座へ

いくら

振り込むのかというデータを銀行へ送ります。

つまり、

給与計算で支給額を決める

給与振込で実際にお金を動かす

という二つの段階があります。

この二つを区別することが重要です。

なぜ同じ人が担当すると危険なのか

例えば経理担当者の本来の手取り額が30万円だったとします。

この担当者が給与計算データを自由に変更でき、さらに銀行への振込まで一人で実行できるとします。

自分への振込額を80万円に変更すれば、50万円多く受け取れる可能性があります。

さらに会計処理まで同じ担当者が行っていれば、帳簿上の数字を調整して不正を隠そうとすることも考えられます。

問題は、経理担当者が信用できるかどうかではありません。

一人の人に、

金額を決める

お金を動かす

その結果を記録する

という権限が集中していることです。

給与マスターとは何か

給与計算では、従業員ごとの基本的な情報をシステムへ登録します。

一般に給与マスターなどと呼ばれる情報です。

例えば、

基本給

役職手当

家族手当

通勤手当

銀行口座

社会保険に関する情報

などが登録されます。

毎月の給与計算は、こうした基礎情報に残業時間などを反映して行われます。

そのため、給与マスターを書き換えられる人には大きな権限があります。

例えば自分の基本給を30万円から50万円へ変更すれば、その情報をもとに給与計算が行われる可能性があります。

給与計算ソフトを導入しているから安心とは限らない理由の一つです。

給与マスターの変更にも承認が必要

基本給は毎月変わるものではありません。

昇給や降給、人事異動など一定の理由があって変更されます。

そこで給与マスターを変更するときには、会社が正式に決定した給与額と一致していることを確認する仕組みが重要になります。

例えば人事部門や経営者が決定した給与改定資料をもとに経理担当者が変更し、その結果を別の人が確認します。

小さな会社なら、社長が変更者一覧を確認する方法もあります。

特に、

誰の基本給が変わったのか

変更前はいくらだったのか

変更後はいくらになったのか

いつ変更したのか

誰が変更したのか

を確認できるようにしておくことが重要です。

給与計算表と振込データを照合する

給与計算が正しくても、銀行へ送る振込データが違っていれば不正を防げません。

そこで重要になるのが照合です。

例えば給与計算表ではAさんの手取り額が30万円だったとします。

銀行の給与振込データでも30万円になっているか確認します。

給与計算表が30万円なのに振込データが80万円なら、50万円の差があります。

給与計算の結果と実際の振込額を照合すれば、途中で振込額を書き換える不正を発見できる可能性があります。

総額だけを合わせても十分ではない

ここで注意したいのが給与総額です。

例えば10人の給与振込総額が300万円だったとします。

給与計算表も300万円、銀行への振込総額も300万円なら、一見すると問題はありません。

しかし、それだけでは十分ではありません。

Aさんへの振込を50万円増やし、Bさんへの振込を50万円減らしても、総額は300万円のままだからです。

そのため、給与計算表と銀行の振込データは従業員別に確認することが重要です。

少なくとも大きな増減がある従業員については、理由を確認する仕組みが必要です。

今回の事件では何が起きたのか

参考記事で紹介された大阪市の人材派遣会社では、唯一の経理担当者だった男性社員が約11年間にわたり自分の給与を水増ししました。

水増し総額は5108万円でした。

多い月には100万円を超える金額を上乗せし、本来の給与の5.4倍になったこともありました。

男性は全従業員の給与合計額を記載した振込依頼書を作成しました。

社長の決裁を受けた後、自分の給与を水増しした依頼書を銀行へ送っていました。

つまり、会社が確認した内容と実際の銀行振込との間に違いが生じていました。

この二つを事後的に照合する仕組みが十分に機能していれば、不正をもっと早く発見できた可能性があります。

給与振込後の確認も重要

振込前のチェックだけでなく、振込後の確認も重要です。

銀行口座から実際にいくら支払われたのかを確認します。

給与計算表では30万円。

振込予定データでも30万円。

銀行の実際の振込結果も30万円。

この三つが一致していることを確認します。

給与計算から銀行振込まで一本の流れとして確認するわけです。

振込前の承認をすり抜けても、振込後の確認で発見できれば、不正が何年も続く可能性を減らせます。

経理担当者が一人なら社長が確認する

中小企業では給与担当者と振込担当者を別々に配置できないことがあります。

その場合でも対策はできます。

例えば、

経理担当者が給与を計算する

社長が従業員別の給与一覧を確認する

経理担当者が振込データを作成する

社長がインターネットバンキングで最終承認する

振込後に社長が銀行の取引結果を確認する

という流れです。

社長が給与計算を一からやり直す必要はありません。

前月と比較して大きく変わった社員や、臨時の手当がある社員などに絞って確認する方法もあります。

結論

給与計算とは、従業員にいくら支給するのかを決める仕事です。

給与振込とは、その計算結果に基づいて実際に会社のお金を従業員へ移す仕事です。

この二つを一人の担当者が自由に行えると、自分の給与を増やして自分で振り込める状態になる可能性があります。

さらに給与マスターの変更や会計処理まで同じ人が担当すれば、不正を隠しやすくなります。

だからこそ、

給与マスターの変更を確認する

給与計算結果を確認する

振込データと照合する

別の人が振込を承認する

振込後の結果を確認する

という複数のチェックが重要になります。

経理担当者が一人しかいない中小企業でも、経営者を確認と承認の流れに入れることはできます。

大切なのは、自分の給与を自分で決め、自分で振り込み、その結果まで自分で記録できる状態を作らないことです。

給与計算と給与振込を分けることは、人を疑うためではなく、一人の人間に大きすぎる権限を持たせないための仕組みなのです。

参考

日本経済新聞 2026年9月3日朝刊 中小企業リーガル処方箋 給料水増し5000万円 「お一人様」経理、振込依頼操作

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