若い頃のキャリアでは、できることを増やすことが重視されます。
新しい仕事を経験する。
資格を取る。
専門知識を身につける。
部下を持つ。
管理職になる。
一つずつできることを増やしながら、自分の仕事の範囲を広げていきます。
これはいわば、足し算のキャリアです。
しかし、30年、40年と働いていけば、いつまでも仕事を足し続けることはできません。
経験を積むほど任される仕事は増えますが、一日は24時間のままだからです。
そこでキャリアの後半では、自分でなくてもできる仕事を手放し、本当に自分が価値を生み出せる仕事へ集中する考え方が重要になります。
これが引き算のキャリアです。
足し算のキャリアとは何か
足し算のキャリアとは、経験や知識、仕事の範囲を増やしていくキャリアの考え方です。
例えば新入社員の頃には、できる仕事が限られています。
先輩から仕事を教えてもらいます。
一人で担当できるようになります。
後輩へ教えるようになります。
重要な顧客を担当します。
プロジェクトを任されます。
管理職になります。
このように、
できなかった仕事ができるようになる。
という経験を積み重ねます。
若い時期には、この足し算が非常に重要です。
仕事の土台となる経験や専門性をつくる必要があるからです。
若い頃には経験を増やす意味がある
自分がどの仕事に向いているのかは、実際に経験してみなければ分からないことがあります。
営業を経験する。
経理を経験する。
人事を経験する。
海外勤務を経験する。
管理職を経験する。
さまざまな仕事を経験することで、自分の得意分野や苦手分野が見えてきます。
また、一見すると将来使わないように思える経験が、後になって役立つこともあります。
そのためキャリアの前半では、
これは自分の専門ではない。
と早くから仕事を絞り込みすぎるより、一定の範囲で経験を広げることに意味があります。
足し算をすることで、自分のキャリアの材料を増やしていくのです。
経験を積むほど仕事は増えていく
問題は、足し算だけを続けた場合です。
例えば30代で新しい仕事を任されたとします。
以前の仕事を続けながら新しい仕事を担当します。
40代で管理職になりました。
自分の仕事に加えて、部下の管理が増えます。
50代になると、過去の経験を知っているため、さまざまな部署から相談されるようになります。
仕事は増え続けます。
ところが、
昔から担当している仕事。
については、そのまま残っていることがあります。
新しい仕事を一つ増やしたら、古い仕事を一つ減らす。
という仕組みがなければ、キャリアを重ねるほど仕事量が増えてしまいます。
一日は何歳になっても24時間しかない
経験が増えれば仕事を処理する能力は高くなるかもしれません。
しかし時間そのものは増えません。
若手社員でも管理職でも、一日は24時間です。
その中で、
自分の仕事。
会議。
部下の相談。
顧客対応。
資料作成。
メール。
新しい企画。
などを処理します。
さらに家庭では育児や介護があるかもしれません。
仕事を増やし続ければ、どこかで限界が来ます。
そこで必要なのが、
どうすればもっと多くの仕事をこなせるか。
だけではなく、
そもそも自分がやる必要のない仕事は何か。
という問いです。
自分でなくてもよい仕事を手放す
引き算のキャリアで最初に考えたいのが、自分でなくてもできる仕事です。
例えば長年担当してきた定型業務があるとします。
自分なら短時間で正確にできます。
そのため、
自分でやった方が早い。
と考えて続けているかもしれません。
しかし、後輩へ引き継げる仕事なら、自分が永久に担当する必要はありません。
マニュアル化する。
判断基準を整理する。
後輩へ教える。
一緒に何度か処理する。
そして任せる。
最初は時間がかかります。
それでも一度手放せれば、その後の時間を別の仕事へ使えるようになります。
手放すことは仕事を放棄することではない
仕事を人へ渡すことに抵抗を感じる人もいます。
自分の責任を放棄しているように感じる。
人に押しつけているように感じる。
自分の存在価値がなくなるように感じる。
しかし、役割が上がれば自分の仕事そのものが変わります。
例えば管理職になった人が、部下でもできる作業をすべて自分で続けていたらどうでしょうか。
部下は経験を積めません。
管理職本人も、組織全体を見る時間を確保できません。
仕事を渡すことは、単なる負担軽減ではありません。
次の人へ経験を渡すことでもあります。
自分が仕事を手放すことで、別の人が成長する機会が生まれます。
何を残すかが重要になる
引き算のキャリアは、仕事を無差別に減らすことではありません。
重要なのは、
何を手放し、何を残すのか。
です。
例えば、
誰でもできる定型作業。
繰り返し行う事務処理。
過去から何となく続けている仕事。
自動化できる仕事。
他の人へ引き継げる仕事。
は手放せる可能性があります。
一方、
長年の経験が必要な判断。
専門知識を使う仕事。
重要な意思決定。
後輩の育成。
複雑な問題の整理。
などは、経験を積んだ人だからこそ価値を発揮できる場合があります。
引き算とは仕事量を減らすだけではなく、自分の時間を価値の高い仕事へ集中させることなのです。
役職が上がるほど作業から離れる必要がある
若手社員の頃には、自分自身が作業することが仕事の中心です。
しかし役職が上がれば役割が変わります。
例えば管理職なら、
チームの方向性を決める。
仕事を配分する。
部下を育成する。
問題が起きたときに判断する。
他部署と調整する。
といった仕事が増えます。
それでも若手時代の作業をすべて続けていれば、新しい役割に使える時間がなくなります。
昇進とは、
仕事が増えること。
だけではありません。
以前の仕事を別の人へ渡し、自分の役割を変えることでもあります。
引き算すると属人化も減らせる
自分が長年仕事を抱えていると、その仕事は属人化しやすくなります。
本人しか手順を知らない。
本人しか取引先との経緯を知らない。
本人しか判断できない。
という状態です。
本人にとっては、
会社から必要とされている。
と感じるかもしれません。
しかし、自分が休めなくなります。
育児や介護で急に休むことも難しくなります。
引き算のキャリアでは、自分の仕事を人へ渡す過程で、
手順を整理する。
情報を共有する。
判断基準を明確にする。
といったことが必要になります。
結果として、仕事の属人化を減らすことにもつながります。
60代以降は仕事の量より経験を生かす
60代以降も働く人が増えれば、キャリアの考え方も変わります。
若い頃と同じ仕事量を維持することだけが働き続ける方法ではありません。
例えば長年の経験を生かして、
専門的な相談に対応する。
若手社員を指導する。
難しい案件だけを担当する。
経営者へ助言する。
過去の失敗や成功を次世代へ伝える。
といった役割があります。
一日中大量の作業をするのではなく、必要な場面で経験を提供する働き方です。
年齢を重ねるほど、
どれだけ多く処理したか。
より、
どの問題を解決したか。
という価値が重要になる仕事もあります。
仕事を減らすと長く働けることがある
例えば60歳で、
週5日、毎日10時間働く。
という働き方しか選べなければ、仕事を続けることが難しい人もいるでしょう。
しかし、
勤務時間を短くする。
担当案件を絞る。
専門的な仕事だけ担当する。
後輩支援を中心にする。
といった働き方なら、さらに長く働けるかもしれません。
一年間に最大限働くことと、10年間働き続けることは別の問題です。
仕事を少し減らすことで働ける期間が延びるのであれば、キャリア全体では大きな価値を生み出す可能性があります。
家庭でも引き算が必要になる
引き算の考え方は仕事だけではありません。
参考記事では、仕事と子育てを両立するために、家事や育児について何を手放すかという考え方が示されています。
毎日すべて手作りする。
家事は家族だけでする。
人に頼らない。
すべて完璧にする。
こうした前提を持っていると、仕事と家庭の両方で負担が積み上がります。
家事代行を利用する。
宅配サービスを利用する。
便利な家電を使う。
家族で役割を分担する。
完璧でなくてもよいものを決める。
家庭でも引き算をすることで、仕事へ使える時間だけでなく、休息する時間も確保できます。
心のOSを足し算型から変える
参考記事で紹介された心のOSという考え方は、キャリアにも当てはまります。
若い頃には、
たくさん仕事をする人が評価される。
何でも自分でできる方がよい。
人に頼らない方がよい。
仕事を断ってはいけない。
という考え方で成長できたかもしれません。
しかし、役割や年齢が変わっても同じ考え方を続ければ、仕事は増える一方です。
キャリアの前半に有効だった心のOSが、後半にも最適とは限りません。
足し算によって成長する時期から、
何を残すかを選ぶ時期。
へ考え方を変える必要があります。
引き算すると自分の強みが見えてくる
仕事を減らそうとすると、
自分は何を残したいのか。
を考える必要があります。
この仕事は他の人でもできる。
この仕事は自動化できる。
この仕事はもう続ける必要がない。
と一つずつ整理していくと、最後に、
自分だからこそ価値を出せる仕事。
が残ります。
それは専門知識かもしれません。
人を育てる能力かもしれません。
複雑な問題を整理する力かもしれません。
顧客との信頼関係かもしれません。
足し算のキャリアでは、できることを増やします。
引き算のキャリアでは、その中から自分の強みを選びます。
経験を重ねたからこそできるキャリアの整理です。
結論
引き算のキャリアとは、経験を積むにつれて仕事を増やし続けるのではなく、自分でなくてもできる仕事を手放し、本当に自分が価値を生み出せる仕事へ集中していく考え方です。
キャリアの前半では足し算が重要です。
さまざまな仕事を経験する。
知識を増やす。
資格を取る。
責任のある仕事を担当する。
こうしてキャリアの材料を増やしていきます。
しかし、経験を積んでも一日は24時間のままです。
新しい仕事を増やしながら昔の仕事もすべて抱え続ければ、いつか限界が来ます。
そこで、
自分でなくてもできる仕事は人へ渡す。
定型業務は標準化する。
自動化できる仕事は仕組みに任せる。
家庭でも外部サービスを利用する。
といった引き算が必要になります。
特に60代以降まで長く働くのであれば、若い頃と同じ量の仕事を続けることだけが正解ではありません。
仕事量を減らしながら、長年の経験が最も生きる仕事へ集中する方法があります。
キャリアの前半では、できることを増やす。
キャリアの後半では、その中から本当に自分がやるべきことを選ぶ。
長く働き続けるために必要なのは、仕事を抱え込む力だけではありません。
自分でなくてもよいものを手放し、自分にしかできないものを残す力なのです。
参考
日本経済新聞 2026年9月3日朝刊 働き続けるため「手放す」選択も