確定給付企業年金では、将来従業員や退職者へ支払う年金に備えて、企業などが掛金を拠出し、年金資産を運用しています。
ところが、積み立てている資産が将来の給付に必要な水準を下回ることがあります。
これが積立不足です。
例えば株価が大幅に下落したり、運用収益が想定を下回ったりすれば、年金資産が十分に増えないことがあります。
また、年金債務の評価額が増えることで不足が生じることもあります。
確定給付企業年金で重要なのは、この運用リスクを最終的に誰が負担するのかという点です。
一定の給付を約束している以上、運用が予定通りにいかなかったからといって、原則としてそのことだけを理由に従業員の年金を自動的に減らせるわけではありません。
必要に応じて企業側の負担が増える可能性があります。
積立不足とは何か
企業年金には大きく分けて二つの数字があります。
一つが年金資産です。
企業などが拠出した掛金を国内債券や株式などで運用して積み立てている資産です。
もう一つが将来の年金給付に備えるために必要となる金額です。
単純化すると、
必要な金額より年金資産が少ない
という状態が積立不足です。
例えば将来の給付に備えて100億円必要なのに、年金資産が90億円しかなければ、10億円不足しているというイメージです。
実際の企業年金財政では法令や制度に基づく財政検証などが行われるため、単純な資産と負債の差だけで判断するわけではありません。
それでも積立不足の基本的な考え方は、将来の給付に必要な資金に対して積み立てが十分ではない状態と理解すると分かりやすくなります。
なぜ積立不足が起きるのか
積立不足が発生する原因は一つではありません。
分かりやすいのが運用不振です。
例えば100億円の年金資産を運用し、一定の収益を見込んでいたとします。
ところが株価の大幅下落などによって資産価値が90億円まで減少すれば、積立状況が悪化する可能性があります。
予定していた運用収益を長期間確保できない場合も同じです。
企業年金は数十年間にわたって運用を続けます。
1年間の運用不振だけで直ちに深刻な積立不足になるとは限りませんが、想定を下回る運用が長期間続けば影響は大きくなります。
年金債務が増えても不足する
積立不足は、年金資産が減った場合だけに起きるわけではありません。
負債側が増える場合もあります。
例えば単純化して、
年金資産100億円
年金債務100億円
だったとします。
年金資産が100億円のままでも、年金債務の現在価値が110億円になれば、資産より負債の方が10億円大きくなります。
前回説明したように、将来の年金給付の現在価値は金利や割引率などの影響を受けます。
一般的には割引率が低下すると、遠い将来の年金給付の現在価値が大きくなります。
低金利は債券運用の収益を低下させるだけでなく、負債側を通じても企業年金に影響することがあるのです。
予定利率を下回る運用が続くとどうなるのか
企業年金では、財政計算を行う際に予定利率が使われます。
予定利率は、将来の運用収益を見込む際の重要な前提の一つです。
例えば一定の予定利率を前提として必要な掛金を計算していたとします。
実際の運用が長期的にその前提を下回れば、当初想定していたほど年金資産が増えません。
その不足をどこかで埋める必要が出てきます。
逆に実際の運用が想定を上回り、十分な剰余が蓄積されれば年金財政には余裕が生まれます。
予定利率をどの水準に設定するのかが重要なのは、このためです。
予定利率を高くすれば現在の掛金を抑えやすい
予定利率を高く設定すると、将来の運用収益を多く見込むことになります。
そのため現在必要となる掛金を相対的に抑えられる場合があります。
企業から見れば魅力的に見えるかもしれません。
しかし高い予定利率には、その利回りを長期間実現しなければならないという問題があります。
例えば安全性の高い債券から1%程度しか得られない環境なのに、かなり高い運用収益を前提とすれば、その差を株式などのリスク資産で補う必要性が高まります。
運用が失敗すれば積立不足につながります。
現在の掛金負担を軽くする代わりに、将来の追加負担リスクを大きくしてしまう可能性があるのです。
積立不足が起きると企業の負担が増えることがある
確定給付企業年金では、制度で定めた給付を支払うために必要な財政状態を維持する必要があります。
財政検証などによって積立状況を確認し、必要な積立水準を満たしていなければ、掛金の見直しなどが必要になる場合があります。
つまり企業は当初予定していた掛金だけを払い続ければ、それで必ず終わるとは限りません。
運用環境や年金財政の状況によっては、将来の掛金負担が増える可能性があります。
これが確定給付企業年金を導入している企業にとって重要な財務リスクになります。
運用損失を従業員へそのまま転嫁できない
確定給付企業年金の特徴は、給付内容が一定のルールによって決められていることです。
例えば運用成績が悪かったからといって、
今年は株価が下がったので年金を20%減らします
というように、運用損失をそのまま受給者へ転嫁する仕組みではありません。
一定の給付を約束しているため、運用リスクの多くを制度を運営する企業側が負うことになります。
もちろん制度変更などが行われる場合には別の問題がありますが、基本的な仕組みとしては、運用結果によって個人の年金額が直接上下する確定拠出年金とは異なります。
この違いが企業にとって積立不足を重要な問題にします。
株式を増やせば積立不足を解消できるのか
積立不足があるなら、高い収益を期待できる株式を増やせばよいようにも思えます。
しかし、それほど単純ではありません。
株式は長期的に高い収益を期待できる一方、大きく値下がりすることがあります。
積立不足を解消するために株式比率を高め、その後株価が大幅に下落すれば、不足がさらに拡大する可能性があります。
つまり、
積立不足だからリスクを取る
リスクを取った結果さらに積立不足が拡大する
という悪循環も起こり得ます。
企業年金では、必要な収益と許容できるリスクのバランスを考える必要があります。
金利上昇が積立不足リスクを変える
ここで今回の国内金利上昇が重要になります。
参考記事によると、回答した企業年金の2026年度の予定利率は平均2.28%でした。
一方、長期金利の指標となる10年国債利回りは3%台まで上昇しています。
もちろん予定利率と国債利回りを単純に比較することはできません。
それでも安全性の高い国内債券から、企業年金が必要とする運用水準に近い利回りを得られる環境になったことには大きな意味があります。
必要な収益を得るために、以前ほど株式や外国資産などへ大きなリスクを取りにいかなくてもよくなる可能性があるからです。
リスクを減らせれば積立状況を守りやすい
企業年金に十分な資産が積み上がっている場合、さらに高い収益を狙うことが必ずしも最善とは限りません。
例えば将来必要な資金をほぼ確保できている企業年金が、さらに高い収益を求めて株式を大量に保有するとします。
株価が上昇すれば余裕は増えます。
しかし大幅に下落すれば、それまで確保していた良好な積立状況を失う可能性があります。
国内債券から必要な利回りを確保できるなら、株式などを減らして債券を増やすことで、現在の積立状況を守りやすくなります。
企業年金が国内債券へ回帰する背景には、このようなリスク削減の意味もあります。
積立不足は企業の本業にも影響する
企業年金の積立不足は、年金制度の中だけで完結する問題ではありません。
追加的な掛金負担が必要になれば、企業が本業へ使える資金にも影響します。
例えば本来なら、
設備投資
研究開発
賃上げ
新規事業
などへ使えた資金を、企業年金の財政改善へ振り向けなければならなくなる可能性があります。
大きな積立不足が生じれば、企業財務にとって無視できない負担になります。
だからこそ企業年金では、高い運用収益を追求するだけではなく、大きな積立不足を発生させないことが重要になります。
国内債券回帰は積立不足を避ける戦略にもなる
企業年金が国内債券を増やすというと、運用が保守的になったように見えるかもしれません。
しかし十分な利回りを得られるのであれば、合理的な選択になり得ます。
企業年金の目的は、投資で最大限の利益を上げることではありません。
将来の給付に必要な資金を安定して確保することです。
予定利率などを意識した必要な運用水準を国内債券で確保できるなら、大きな価格変動リスクを取る必要性は小さくなります。
結果として、将来大きな積立不足が発生し、企業が追加負担を迫られるリスクも抑えやすくなります。
結論
積立不足とは、将来の年金給付に備えて必要となる水準に対して、企業年金の積立資産が十分ではない状態です。
その原因は運用不振だけではありません。
株価の下落、予定した運用収益を確保できないこと、年金債務の増加など、さまざまな要因によって発生します。
確定給付企業年金では、運用成績が悪かったからといって、その損失をそのまま従業員や受給者へ転嫁する仕組みではありません。
必要な積立水準を維持するため、企業側の掛金負担が増える可能性があります。
そのため企業年金にとって重要なのは、最大の運用収益を上げることではなく、積立不足を発生させるリスクを適切に管理することです。
超低金利時代には、必要な収益を得るために株式や外国資産などへリスクを取らざるを得ない面がありました。
しかし国内債券の利回りが上昇すれば、安全性の高い資産から必要な運用水準を確保しやすくなります。
企業年金の国内債券回帰は、単なる投資先の変更ではありません。
将来の積立不足を防ぎ、企業が追加負担を迫られるリスクを小さくするという意味でも、金利のある世界が企業年金にもたらした大きな変化なのです。
参考
日本経済新聞 2026年9月2日朝刊 企業年金、国内債に回帰 配分増加意向、過去最大 利回り回復で投資妙味