企業年金の目的は、将来従業員へ約束した年金を安定して支払うことです。
それなら、安全性の高い日本国債だけで運用すればよいのではないかと思うかもしれません。
株式のように価格が大きく上下する資産へ投資しなければ、運用で大きな損失を出す危険も小さくできます。
しかし実際の企業年金は、国内債券だけでなく、国内株式、外国債券、外国株式、さらに不動産やインフラなどのオルタナティブ資産にも投資してきました。
その大きな理由が、長く続いた超低金利です。
安全性だけを重視して国債を持っていても、将来の年金給付に必要な運用収益を確保できない時代が続いたのです。
国債は企業年金に向いている資産
国債は国が資金を借りるために発行する債券です。
投資家が国債を購入すると、原則として決められた利息を受け取り、満期になると元本が償還されます。
株式のように企業業績によって配当が大きく変化するものとは性格が異なります。
企業年金にとって、この予測しやすさは大きなメリットです。
企業年金には将来支払わなければならない年金があります。
例えば10年後、20年後、30年後に必要となる資金がおおよそ分かっていれば、その時期に満期を迎える債券を組み合わせることができます。
将来の支払いがある程度決まっている企業年金と、満期や利息が決まっている債券は本来相性がよいのです。
安全なら国債だけでよいとは限らない
ところが企業年金の運用では、安全性だけを考えることはできません。
将来必要になる年金資金を準備するためには、一定の運用収益も必要だからです。
確定給付企業年金では、予定利率などを前提として長期的な年金財政を設計します。
例えば必要な運用水準が2%台なのに、国債から得られる利回りが0%近くしかなければどうなるでしょうか。
安全に運用できても、必要な収益が不足します。
その不足分はどこかで補わなければなりません。
企業がより多くの掛金を負担する方法もあります。
しかし企業の負担には限界があります。
そこで企業年金は、国債より高い収益を期待できる資産へ投資対象を広げてきました。
超低金利が企業年金の運用を変えた
日本では長期間にわたって低金利が続きました。
その影響を強く受けたのが、債券を中心に長期運用する年金や生命保険会社です。
参考記事によると、企業年金の政策アセットミックスに占める国内債券の比率は2010年には38%でした。
ところが2015年には30%、2020年には19%まで低下しています。
国内債券を持っていても十分な利回りを確保できなくなったためです。
企業年金は国内債券を減らし、その資金をより高い収益を期待できる資産へ振り向けました。
これは単純な投機ではありません。
将来の年金を支払うために必要な利回りを確保するための対応だったのです。
株式を組み入れる理由
代表的な投資先が株式です。
株式には元本保証がありません。
企業業績や景気、市場心理などによって価格は大きく変動します。
その一方で、長期間保有することで債券より高い収益を期待できる場合があります。
さらに企業が利益を上げれば配当を受け取ることもできます。
企業年金は数十年という長期間で運用するため、短期的な価格変動をある程度受け入れながら長期的な収益を狙うことができます。
ただし株式を増やしすぎれば、金融危機などが起きたときに年金資産が大きく減少します。
そのため株式だけに集中するのではなく、債券などと組み合わせることが重要になります。
外国債券へ投資する理由
企業年金は外国債券にも投資してきました。
日本の金利が極めて低かった時期でも、海外では日本より高い金利が付いている国がありました。
そのため外国債券を購入すれば、国内債券より高い利息収入を期待できる場合があります。
ただし外国債券には為替リスクがあります。
例えばドル建て債券で3%の利回りを得ても、円高が進めば円換算した資産価値が下がる可能性があります。
そこで企業年金では、為替ヘッジを利用して為替変動を抑えることがあります。
しかし為替ヘッジにもコストがかかります。
海外金利が高ければ、その差がヘッジコストとして重くなる場合もあります。
外国債券は国内債券より利回りが高ければ単純に有利というものではないのです。
オルタナティブ資産が増えた理由
超低金利時代には、オルタナティブ資産への投資も広がりました。
オルタナティブとは代替という意味です。
伝統的な株式や債券以外の投資対象を幅広く指します。
例えば、
不動産
インフラ
プライベートエクイティ
プライベートデット
などがあります。
これらの資産は、株式や債券とは異なる収益源を持つことがあります。
複数の異なる資産へ投資することで、年金資産全体のリスクを分散しながら収益を確保することが期待されました。
低金利が長期化したことで、企業年金はより複雑な資産へ投資対象を広げる必要に迫られたともいえます。
高い収益には別のリスクがある
当然ながら、国債より高い収益を期待できる資産には何らかのリスクがあります。
株式なら価格変動リスクがあります。
外国資産なら為替リスクがあります。
企業が発行する事業債なら信用リスクがあります。
不動産などでは、すぐに売却できない流動性リスクがあります。
つまり超低金利時代の企業年金は、
安全な国内債券では収益が足りない
しかし高い収益を求めればリスクが増える
という難しい問題を抱えていました。
そのバランスを取るために政策アセットミックスを設定し、さまざまな資産へ分散投資してきたのです。
金利3%で前提が変わる
ところが国内金利が上昇すると、この前提が大きく変わります。
参考記事では、長期金利の指標となる10年国債利回りが3%台まで上昇しています。
一方、回答した企業年金の2026年度の予定利率は平均2.28%です。
もちろん10年国債利回りと企業年金の予定利率を単純に比較することはできません。
それでも安全性の高い国内債券から2%台から3%台の利回りを期待できる環境になった意味は大きいといえます。
以前なら株式や外国資産などのリスクを取らなければ確保しにくかった利回りを、国内債券で確保できる可能性が出てきたからです。
国内債券へ戻すとリスクを減らせる
例えば企業年金が予定利率2.5%を意識して運用しているとします。
国内債券の利回りがほぼゼロなら、それだけでは必要な収益を得られません。
そのため株式や外国資産を一定程度組み入れる必要があります。
しかし国内債券から3%程度の利回りを期待できるようになれば、株式などの比率を下げても必要な収益を確保できる可能性があります。
企業年金からすると、
同じ2.5%程度の収益を目指すのであれば、より小さいリスクで実現できる
という選択肢が生まれるわけです。
これが国内債券回帰の重要な意味です。
それでも国債100%にはなりにくい
では今後、企業年金はすべての資金を国債へ移すのでしょうか。
必ずしもそうではありません。
将来の金利や物価は分かりません。
国債にも金利変動による価格変動があります。
また企業年金には長期的に資産を成長させる必要もあります。
株式や外国資産を一定程度保有することで、国内金利だけに依存しない運用もできます。
さらに物価上昇が続けば、名目上3%の利回りを得ても実質的な購買力の増加は小さくなる可能性があります。
そのため企業年金では今後も複数の資産を組み合わせることが基本になるでしょう。
変化するのは、国債を持つか持たないかではなく、国内債券をどの程度まで増やせるのかという資産配分です。
結論
企業年金が国債だけで運用してこなかった大きな理由は、安全性の高い国内債券だけでは将来の年金給付に必要な利回りを確保できなかったからです。
超低金利時代には、予定利率を意識した収益を確保するため、国内株式や外国株式、外国債券、オルタナティブ資産などへ投資対象を広げる必要がありました。
しかし高い収益を期待できる資産には、その分だけ価格変動や為替、信用、流動性などのリスクがあります。
企業年金は長年、安全性と必要利回りの間で難しい運用を迫られてきたのです。
ところが国内金利が上昇し、国債から2%台から3%台の利回りを期待できるようになると状況は変わります。
以前ほど大きなリスクを取らなくても、必要な利回りを確保できる可能性が出てきます。
企業年金の国内債券回帰とは、単純に安全志向が強まったという話ではありません。
安全性の高い資産から再び十分な利回りを得られるようになったことで、企業年金が本来得意とする長期安定運用へ戻る余地が生まれているということなのです。
参考
日本経済新聞 2026年9月2日朝刊 企業年金、国内債に回帰 配分増加意向、過去最大 利回り回復で投資妙味