長く続いた超低金利の時代、日本の企業年金は国内債券への投資を減らしてきました。
国債を持っていても十分な利回りを得られなかったためです。その代わりに外国債券や株式、オルタナティブ資産など、より高い収益を期待できる資産へ資金を移してきました。
ところが、この流れに変化が起きています。
国内金利の上昇によって、国債だけでも企業年金が必要とする利回りを確保できる可能性が出てきたからです。
企業年金にとって金利上昇は、単に債券価格が下がるという話ではありません。
将来の年金給付を安定して確保するという意味では、むしろ大きな環境変化なのです。
企業年金は将来支払う年金を運用で準備する
企業年金にはいくつかの仕組みがありますが、代表的なものが確定給付企業年金です。
確定給付企業年金はDBとも呼ばれます。
特徴は、従業員が将来受け取る年金給付について、企業側が一定の給付内容を約束していることです。
そのため企業年金は、預かった資金を運用しながら将来必要になる年金原資を準備します。
ここで重要になるのが運用利回りです。
例えば将来の給付を賄うために年2%程度の運用が必要なら、その水準を意識しながら資産配分を考えなければなりません。
単純に高い収益を狙えばよいわけではありません。
将来支払う年金をできるだけ安定して確保することが重要になります。
政策アセットミックスとは何か
企業年金は運用資産を一つの商品だけに集中させるわけではありません。
国内債券、国内株式、外国債券、外国株式などに分散します。
この中長期的な基本配分を政策アセットミックスと呼びます。
例えば、
国内債券20%
国内株式10%
外国債券20%
外国株式20%
その他30%
といった形で基本的な資産配分を決めます。
実際の運用では市場環境によって多少変動しますが、基本的にはこの政策アセットミックスを基準として運用します。
つまり企業年金にとって、
どの資産に何%配分するか
という判断は非常に重要なのです。
なぜ国内債券は減らされてきたのか
かつて国内債券は企業年金運用の中心的な資産でした。
ところが長期間続いた低金利によって状況が変わりました。
国内債券を保有していても十分な利息収入を得ることが難しくなったからです。
企業年金には将来の給付があります。
必要な運用利回りが2%程度なのに、国債からほとんど利回りを得られなければ、別の資産で収益を稼ぐ必要があります。
その結果、国内債券の比率を減らし、
外国債券
外国株式
不動産
インフラ
プライベートエクイティ
などへ投資する動きが広がりました。
国内債券からリスク資産への移動は、企業年金が高い収益を求めたというより、必要な利回りを確保するために選択肢を広げざるを得なかった面があります。
10年国債の利回りが3%になる意味
この状況を大きく変えているのが国内金利の上昇です。
長期金利の代表的な指標である10年国債利回りは3%台まで上昇しました。
ここで企業年金にとって重要なのが予定利率との関係です。
確定給付企業年金では、将来の給付に必要な資金を計算するため一定の予定利率を設定しています。
企業年金によって異なりますが、2%台に設定しているケースが多くあります。
仮に必要な利回りが2.5%だったとします。
国債利回りが0.5%しかなければ、国債だけでは必要な収益を確保できません。
ところが国債利回りが3%程度になれば状況は違います。
信用リスクの低い国債を保有するだけでも、必要な利回りをある程度確保できる可能性が出てきます。
企業年金にとっては非常に大きな変化です。
株式でリスクを取る必要性が小さくなる
企業年金が株式などへ投資する理由の一つは、高い収益を期待できるからです。
しかし当然ながら価格変動リスクがあります。
株式市場が大きく下落すれば企業年金の資産も減少します。
確定給付企業年金では、運用が悪化して積立不足が発生すると、最終的には企業が追加負担を求められる可能性があります。
そのため企業側からすると、
できるだけリスクを抑えながら必要な利回りを確保する
ことが理想です。
国債で3%程度の利回りを得られる環境になれば、株式などで大きなリスクを取る必要性は以前より小さくなります。
これが企業年金が国内債券に回帰する大きな理由です。
金利上昇は債券にとって良いことばかりではない
ただし注意点もあります。
金利が上昇すると、すでに発行されている債券の価格は下落します。
例えば利回り1%の国債を持っているとき、新しく利回り3%の国債が発行されれば、投資家は当然3%の国債を欲しがります。
そのため1%しか利回りのない既存債券の市場価格は下がります。
つまり、
金利上昇
債券価格下落
という関係があります。
企業年金が保有する債券についても、時価評価すれば含み損が発生する可能性があります。
このため金利上昇局面では、国内債券を増やせば必ず安全というわけではありません。
満期まで持ち切るという考え方
そこで注目されるのが、債券を満期まで保有する運用です。
債券は途中で売却すれば市場価格の影響を受けます。
一方、国債を満期まで保有すれば、原則として額面金額が償還され、その間の利息も受け取ることができます。
企業年金には将来支払う年金給付があります。
その支払時期に合わせて債券の満期を組み合わせれば、
将来の年金支払い
債券の利息と償還
を対応させることができます。
企業年金にとって債券は、単なる投資商品ではありません。
将来の年金支払いを設計するための資産でもあるのです。
国債より事業債が注目される理由
企業年金では国債だけでなく事業債への関心も高まっています。
事業債とは企業が発行する債券です。
国債より信用リスクが高いため、通常は国債より高い利回りが設定されます。
例えば国債で3%程度の利回りを確保できる環境なら、信用力の高い企業が発行する事業債では、それを上回る利回りを期待できる場合があります。
企業年金からすると、
株式ほど大きな価格変動リスクを取りたくない
しかし国債より少し高い利回りが欲しい
という需要があります。
事業債はその中間的な選択肢になり得ます。
生命保険会社の一般勘定にも影響する
企業年金のお金が国内債券に戻るルートは直接投資だけではありません。
生命保険会社の一般勘定も重要です。
一般勘定では生命保険会社が企業年金などから資金を預かり、一定の利回りを保証しながら運用します。
その運用資産の多くは国内債券です。
国内金利が上昇すると生命保険会社も以前より高い利回りで債券を購入できます。
その結果、企業年金向け商品の保証利率を引き上げやすくなります。
企業年金が一般勘定へ資金を振り向ければ、その資金のかなりの部分が国内債券市場へ流れることになります。
つまり企業年金による国内債券回帰は、
企業年金による直接購入
生命保険会社を経由した購入
という複数のルートで進む可能性があります。
金利のある世界では年金運用そのものが変わる
超低金利時代には、安全資産だけでは必要な収益を確保できませんでした。
そのため企業年金は外国債券や株式、オルタナティブ資産などへ投資対象を広げてきました。
しかし国内債券で2%から3%程度の利回りを確保できる環境になれば、運用の前提そのものが変わります。
高いリターンを狙うために複雑な運用をするより、
将来必要なお金を
必要な時期に
できるだけ確実に確保する
という企業年金本来の運用へ戻りやすくなるからです。
金利上昇は住宅ローンや企業の借入負担を増やすため、一般には悪い面が注目されがちです。
しかし年金や保険など長期資金を運用する投資家にとっては違った意味を持ちます。
安全性の高い債券から再び利回りを得られるようになるからです。
結論
企業年金が国内債券へ回帰している最大の理由は、国内金利の上昇によって国債だけでも予定利率に近い、あるいはそれを上回る利回りを期待できるようになってきたことです。
超低金利時代には、企業年金は必要な収益を確保するため外国債券や株式、オルタナティブ資産などへ投資を広げざるを得ませんでした。
しかし10年国債利回りが3%台になると、状況は大きく変わります。
企業年金にとって重要なのは、最高の運用成績を上げることではありません。
将来約束した年金を確実に支払うことです。
そのため安全性の高い国内債券から十分な利回りを得られるのであれば、あえて大きなリスクを取る必要性は低下します。
日本経済が金利のある世界へ戻ることは、企業や住宅ローン利用者にとっては資金調達コストの上昇を意味します。
一方で企業年金にとっては、長年失われていた安全資産からの利息収入が戻ってくることを意味します。
企業年金の国内債券回帰は、日本の金融市場が超低金利時代とは異なる運用環境へ移行していることを示す象徴的な動きといえそうです。
参考
日本経済新聞 2026年9月2日朝刊 企業年金、国内債に回帰 配分増加意向、過去最大 利回り回復で投資妙味