会社員の給与明細を見ると、厚生年金保険料や健康保険料などが毎月差し引かれています。
その金額を見て、「社会保険料は高い」と感じる人もいるでしょう。
しかし、給与明細に記載されている金額は、社会保険に必要な費用のすべてではありません。
厚生年金や健康保険の保険料は、基本的に働く人だけでなく企業も負担しています。
これが「労使折半」と呼ばれる仕組みです。
たとえば厚生年金保険料として従業員が1万円程度負担している場合、会社も原則として同程度を負担しています。
2026年10月の106万円の壁撤廃によって社会保険へ加入するパートやアルバイトが増えれば、この企業負担も増えていきます。
今回は、なぜ社会保険料を働く人と企業が一緒に負担するのかを整理します。
労使折半とは何か
労使折半とは、社会保険料を労働者と使用者で分担する仕組みです。
ここでいう「労」は労働者、「使」は使用者である企業を意味します。
代表的なのが厚生年金保険料です。
厚生年金の保険料率は18.3パーセントです。
この保険料を原則として、
従業員が9.15パーセント
企業が9.15パーセント
という形で半分ずつ負担します。
実際の保険料は標準報酬月額や標準賞与額を基礎として計算します。
したがって給与明細に表示されている厚生年金保険料は、厚生年金制度に納められている保険料の本人負担分ということになります。
従業員が1万円なら会社も負担する
仕組みを単純化して考えてみます。
ある従業員の厚生年金保険料の本人負担が月1万円だったとします。
この場合、企業も原則として月1万円程度を負担します。
本人の給与明細には、
厚生年金保険料1万円
としか表示されないため、本人から見ると1万円を自分だけで負担しているように見えます。
しかし厚生年金制度には、企業負担分を合わせた約2万円が納められているイメージです。
年間で考えると、
本人負担12万円
企業負担12万円
合計24万円
となります。
給与明細だけでは見えない企業負担が存在しているわけです。
健康保険料も企業が負担する
労使で負担するのは厚生年金だけではありません。
健康保険料についても、基本的に事業主と被保険者が分担します。
協会けんぽの場合、健康保険料は原則として労使折半です。
40歳以上65歳未満の被保険者について発生する介護保険料についても、原則として事業主と被保険者が折半します。
そのため会社員が社会保険へ加入すると、企業は厚生年金だけでなく健康保険などについても負担することになります。
パート従業員が新たに社会保険へ加入する場合も同じです。
加入者が増えれば、企業の法定福利費が増えることになります。
なぜ企業まで保険料を払うのか
では、なぜ社会保険料を働く本人だけでなく企業も負担するのでしょうか。
社会保険は、働く人の生活を社会全体で支える仕組みだからです。
企業は従業員の労働によって事業活動を行っています。
従業員が高齢になったとき、病気やけがをしたときなどの生活保障を本人だけの責任にするのではなく、雇用する企業にも一定の負担を求める考え方があります。
また、働く人だけに保険料を全額負担させれば、本人負担が非常に大きくなります。
企業にも負担を求めることで、被用者が社会保険へ加入しやすくする役割もあります。
国民年金とは負担方法が違う
この点は、自営業者などが加入する国民年金と比較すると分かりやすくなります。
国民年金の第1号被保険者は、原則として自分で国民年金保険料を納付します。
会社員のように勤務先が半分を負担してくれるわけではありません。
一方、会社員などの厚生年金保険料には事業主負担があります。
つまり、
国民年金第1号被保険者は自分で定額保険料を負担する
厚生年金被保険者は給与などに応じた保険料を企業と分担する
という違いがあります。
勤務先の社会保険に加入するメリットを考える際には、この企業負担も重要です。
企業負担は給与明細には載らない
従業員にとって企業負担が分かりにくい理由の一つは、通常の給与明細に自分の負担分を中心に表示されることです。
給与30万円
厚生年金保険料
健康保険料
雇用保険料
所得税
住民税
といった形で控除され、手取りが計算されます。
会社が別途負担している社会保険料は、本人の手取り計算から控除されるものではありません。
そのため普段は意識する機会が少なくなります。
しかし企業側から見ると、この金額も従業員を雇うためのコストです。
企業が従業員1人に使っているお金は、額面給与だけではありません。
法定福利費とは何か
企業が負担する社会保険料などは、一般に法定福利費として企業の費用になります。
たとえば従業員に年間300万円の給与を支払っているからといって、企業の人件費が300万円だけというわけではありません。
給与とは別に、企業負担分の厚生年金保険料や健康保険料、雇用保険料、労災保険料などがあります。
さらに企業によっては退職金、福利厚生、通勤費、教育費なども発生します。
したがって企業が人を1人雇うコストは、本人が受け取る額面給与より大きくなります。
社会保険の適用拡大が企業経営に影響する理由はここにあります。
パートの社会保険加入で企業負担が増える
2026年10月に106万円の壁の賃金要件が撤廃され、その後も社会保険の適用範囲が広がっていけば、これまで社会保険の対象外だった短時間労働者が新たに加入することになります。
働く人には厚生年金や健康保険の保障が広がります。
一方、企業には新たな社会保険料負担が発生します。
たとえば10人のパート従業員が新たに加入し、1人あたりの企業負担が年間20万円増えると仮定すれば、
20万円掛ける10人で年間200万円
の追加コストになります。
50人なら年間1000万円です。
実際の負担額は給与や保険料率などによって異なりますが、加入者が多い企業ほど影響が大きくなることが分かります。
社会保険料は実質的な人件費
企業経営の視点では、社会保険料は税金とは少し違う見方をする必要があります。
従業員を雇うことによって発生する費用だからです。
企業が新たに人を採用するとき、
月給はいくらにするか
だけを考えるわけではありません。
会社負担の社会保険料まで含めて総人件費を考えます。
したがって社会保険の適用対象が広がれば、企業がパート従業員の勤務時間や採用人数を見直す可能性があります。
106万円の壁撤廃の記事で「企業負担が重くなる」と指摘されるのは、このためです。
労使折半だからこそ適用逃れの問題が生じる
労使折半には働く人の負担を軽くするメリットがあります。
一方で企業に費用が発生するため、社会保険の適用を避けようとする動機が生まれる可能性があります。
たとえば、
週20時間未満の契約にする
社会保険加入対象となる従業員を増やさない
本来加入すべき人を適切に加入させない
といった問題です。
もちろん加入要件を満たしている人について、企業が自由に社会保険へ加入させないことを選択できるわけではありません。
適用要件を満たせば、原則として加入させる必要があります。
社会保険の適用拡大と同時に、適用逃れへの対策が重要になる理由です。
結論
労使折半とは、厚生年金や健康保険などの社会保険料を、働く人と企業が分担する仕組みです。
厚生年金では保険料率18.3パーセントを原則として労使で折半し、本人と企業がそれぞれ9.15パーセントを負担します。
そのため従業員が給与明細上で1万円程度の厚生年金保険料を負担していれば、企業も原則として同程度を負担しています。
これは勤務先の社会保険へ加入する大きな特徴です。
働く人から見れば、企業にも保険料を負担してもらいながら将来の厚生年金や健康保険の保障を得られます。
一方、企業から見れば社会保険料は人を雇うことで発生する人件費です。
2026年10月の106万円の壁撤廃と、その後の社会保険適用拡大によって加入者が増えれば、企業の法定福利費も増えていきます。
つまり社会保険の適用拡大には二つの側面があります。
働く人の保障を厚くするという側面と、企業の雇用コストを増やすという側面です。
106万円の壁撤廃が企業の採用や勤務時間の設定にどのような影響を与えるのかを考えるには、給与だけでなく「見えない人件費」である企業負担の社会保険料を見ることが重要だと考えます。
参考
日本経済新聞 2026年9月4日 朝刊 「106万円の壁」撤廃、企業の負担重く