職務分掌とは何か 一人の社員に取引から会計処理まで任せると不正が起きやすい理由編

会計

会社の仕事は、一人にまとめて任せたほうが効率的に見えることがあります。

たとえば取引先から商品を仕入れる仕事なら、同じ担当者が発注し、商品を受け取り、請求書を確認し、代金を振り込み、会計処理まで行えば話は早いでしょう。

しかし、内部統制という観点では大きな問題があります。

一人の社員が取引の最初から最後まで自由に処理できると、間違いが起きても別の人が気づけません。

さらに、その社員が不正をしようとすれば、取引を作り、その取引を承認し、お金を動かし、会計帳簿まで操作できる可能性があります。

そこで重要になるのが職務分掌です。

簡単にいえば、

「重要な仕事を一人だけで完結させない」

という考え方です。

社員を信用しないから仕事を分けるのではありません。

誰か一人の善意や注意力だけに会社の資産や会計情報を依存させないための仕組みなのです。

職務分掌とは何か

職務分掌とは、会社の業務について、それぞれの担当者がどの仕事を行い、どのような権限と責任を持つのかを分けることです。

内部統制では、特に相反する仕事を一人に集中させないことが重要になります。

たとえば商品を購入する場合を考えてみます。

商品が必要だと判断する。

取引先へ発注する。

発注内容を承認する。

商品を受け取る。

請求書を確認する。

代金を振り込む。

会計帳簿に記録する。

これらはすべて一つの取引に関係しています。

しかし、すべてを一人に任せる必要はありません。

発注する人と承認する人を分ける。

商品を受け取る人と代金を支払う人を分ける。

支払いをする人と会計帳簿を確認する人を分ける。

このように仕事を分けることで、一人では取引全体を自由に操作できないようにします。

これが職務分掌の基本的な考え方です。

担当者と承認者を分ける

職務分掌の代表的な方法が、担当者と承認者を分けることです。

たとえば100万円の商品を購入するとします。

担当者が、

「この商品を100万円で購入したい」

と申請します。

その内容を上司など別の人が確認して承認します。

担当者一人で購入を決められない仕組みにするわけです。

なぜこのような手続きが必要なのでしょうか。

担当者が金額を間違えている可能性があります。

本当に必要な商品ではないかもしれません。

もっと安い取引先があるかもしれません。

そして意図的な不正の可能性もあります。

担当者の知人が経営する会社へ不当に高い価格で発注することも理論上は可能です。

別の人が承認することで、こうした問題を発見できる可能性が高まります。

お金を動かす人と記録する人を分ける

特に重要なのが、会社のお金を動かす仕事です。

たとえば経理担当者が銀行振込を行う会社を考えてみます。

その担当者が、

取引先を登録する。

振込金額を入力する。

振込を承認する。

会計システムに仕訳を入力する。

銀行口座の残高も確認する。

これらをすべて一人でできるとします。

この状態では、不正な振り込みを行ったうえで、その取引を会計帳簿上で隠すことができる可能性があります。

そこで、

振込データを作成する人。

振込を承認する人。

会計処理を行う人。

銀行残高と帳簿を照合する人。

といった形で仕事を分けます。

一人で会社のお金を動かし、その結果を自分で帳簿に記録し、自分で確認することを避けるのです。

相互チェックとは何か

職務分掌によって生まれる重要な効果が相互チェックです。

複数の人が一つの業務に関わることで、一人の間違いや不正を別の人が発見できるようになります。

たとえば請求書に100万円と書かれているのに、担当者が1000万円と入力したとします。

本人は入力ミスに気づかないかもしれません。

しかし、承認者が請求書と振込金額を照合すれば、

「金額が違う」

と気づくことができます。

逆に、承認者自身が間違える可能性もあります。

その後に経理担当者や銀行残高を確認する担当者がチェックすれば、さらに発見できる可能性があります。

つまり、一人の人間に完璧を求めるのではありません。

複数の人が異なる段階で確認することで、組織全体として間違いを減らします。

一人で完結すると不正を隠しやすくなる

職務分掌はミス防止だけでなく、不正防止にも重要です。

たとえば社員が架空の取引先を作ったとします。

その社員が取引先の登録、発注、支払い、会計処理まですべてできれば、架空の会社へ会社のお金を振り込むことができるかもしれません。

さらに、その会計処理まで自分で行えば、通常の仕入代金として帳簿に記録して不正を隠す可能性があります。

ところが、

取引先の新規登録は別の部署が確認する。

発注には上司の承認が必要。

支払いは別の担当者が行う。

一定額以上の振り込みには責任者の承認が必要。

となっていれば、不正を行うためには複数のチェックを突破しなければなりません。

不正を完全になくすことはできなくても、不正を行いにくくし、発見しやすくすることができます。

権限を分けることも重要

職務分掌では、仕事だけではなく権限を分けることも重要です。

たとえば、

10万円までの購入は課長が承認できる。

100万円までなら部長の承認が必要。

1000万円を超える場合は取締役会の承認が必要。

というように金額によって権限を分けることがあります。

小さな取引まで社長がすべて承認していたら、会社の仕事が進まなくなります。

反対に、数億円の取引を担当者一人で決められるのも問題です。

取引の重要性に応じて権限を分けることで、業務の効率性と安全性のバランスを取ります。

誰が何を決められるのかを明確にすることも、内部統制の重要な部分です。

システムでも職務分掌を作れる

現在では、職務分掌をITシステムによって実現する会社も増えています。

たとえばインターネットバンキングで、

担当者は振込データを作成できる。

しかし、自分では振込を実行できない。

責任者が別のIDでログインして承認すると初めて振り込みが実行される。

という仕組みにできます。

会計システムでも、

仕訳を入力できる人。

仕訳を承認できる人。

マスターデータを変更できる人。

システムの設定を変更できる人。

といった形でアクセス権限を分けることができます。

つまり、職務分掌は組織図だけの問題ではありません。

ITシステムの権限設定にも反映させる必要があります。

承認者が内容を見なければ意味がない

ただし、担当者と承認者を分ければ、それだけで内部統制が機能するわけではありません。

承認者が内容を確認せず、機械的に承認している場合があります。

たとえば毎日100件の申請が届き、上司が内容をほとんど見ずに承認ボタンを押しているとします。

形式的には担当者と承認者が分かれています。

しかし、実質的な相互チェックは機能していません。

重要なのは、

承認者が何を確認するのか。

どの資料と照合するのか。

どのような取引なら追加確認するのか。

異常があった場合にどう対応するのか。

まで決めることです。

職務分掌は人を分けるだけではなく、それぞれの人が役割を果たして初めて意味を持ちます。

二人が共謀すれば防げないこともある

職務分掌にも限界があります。

担当者と承認者が共謀すれば、二人で不正を行う可能性があります。

また、経営トップが、

「今回は特別だから承認手続きを飛ばして支払え」

と指示すれば、通常の職務分掌が機能しなくなることもあります。

これが内部統制の限界です。

そのため、職務分掌だけですべての不正を防ぐことはできません。

内部監査。

監査役などによる監督。

内部通報制度。

システムによる異常取引の検知。

経営者によるモニタリング。

こうした複数の仕組みを組み合わせることが重要になります。

内部統制は一つのチェックですべてを守るのではなく、複数の防御を重ねる考え方なのです。

中小企業では職務分掌が難しい

職務分掌には一つ大きな問題があります。

仕事を分けるには人が必要です。

大企業であれば、

営業部。

購買部。

経理部。

財務部。

内部監査部。

といった形で多くの部署があります。

ところが社員数の少ない中小企業では、経理担当者が一人しかいないこともあります。

その人が請求書を発行し、振り込みを行い、仕訳を入力し、銀行残高まで確認しなければならない場合があります。

人数が少なければ、大企業と同じ職務分掌を作ることは現実的ではありません。

だからといって、内部統制を諦める必要はありません。

中小企業では経営者のチェックで補う

十分に仕事を分けられない場合には、別のチェックによって補う方法があります。

たとえば経理担当者が振込データを作成し、社長が振込前に承認する仕組みにします。

毎月の銀行残高を社長自身が確認する方法もあります。

一定金額以上の取引について請求書や契約書を経営者が確認することもできます。

税理士など外部の専門家による定期的な確認を利用する方法もあります。

このように、本来分離したい仕事を人員不足で分けられない場合には、別のチェックを追加してリスクを補います。

重要なのは、

「人数が少ないから仕方がない」

で終わらせず、

「一人に権限が集中しているリスクを別の方法でどう抑えるか」

を考えることです。

人を増やせばよいわけではない

職務分掌というと、たくさんの担当者を配置すれば内部統制が強くなるように思えます。

しかし、仕事を細かく分けすぎれば効率が低下します。

一つの支払いに何人もの承認が必要になれば、業務が進まなくなるかもしれません。

少額の取引まで何重ものチェックをすれば、チェックにかかるコストのほうが大きくなる可能性もあります。

そのため、

どの取引に大きなリスクがあるのか。

どの業務で不正が起きると会社への影響が大きいのか。

どこまで権限を分ける必要があるのか。

を考える必要があります。

内部統制はチェックを増やすこと自体が目的ではありません。

重要なリスクに対して適切なチェックを置くことが目的です。

経営者が職務分掌を理解する意味

今回、金融庁が検討している確認書の厳格化では、経営者が正確な有価証券報告書を作成し開示するための手続きが整備され、そのチェック体制が実際に機能しているかを自ら点検したことを確認書に記載する方向です。

ここで職務分掌も重要になります。

経営者が細かな仕訳を一件ずつ確認する必要はありません。

しかし、

一人で売上を作って承認できる状態になっていないか。

一人で会社のお金を自由に動かせないか。

会計データを変更した人が自分で確認していないか。

重要な取引には別の人によるチェックが入っているか。

こうした会社の基本的な仕組みについては把握する必要があります。

経営トップが確認すべきなのは個々の伝票ではなく、

「不正や重大なミスを一人で完結できない会社になっているか」

という仕組みなのです。

結論

職務分掌とは、会社の重要な業務や権限を複数の人に分け、一人だけで取引を完結できないようにする仕組みです。

担当者と承認者を分ける。

お金を動かす人と会計処理をする人を分ける。

取引を行う人と、その結果を確認する人を分ける。

こうした役割分担によって相互チェックが働き、不正やミスを防止したり早期に発見したりできる可能性が高まります。

重要なのは、社員を信用するかどうかではありません。

どれだけ真面目な社員でも間違えることがあります。

また、一人に大きな権限が集中していれば、不正を行える環境そのものが生まれます。

だから会社は、人の善意だけに依存せず、仕組みによって会社のお金や会計情報を守ります。

一人に任せれば仕事は速くなるかもしれません。

しかし、

「一人でできる」

ことと、

「一人でやらせてよい」

ことは別です。

この違いを会社の仕組みに落とし込むのが職務分掌なのです。

参考

日本経済新聞 2026年8月29日 朝刊 会計、経営者自ら確認 不正防止へ「宣言」義務付け 金融庁

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