会社員の給料は、これまで勤続年数や年齢、役職によって上がることが一般的でした。
同じ会社で長く働き、経験を積み、管理職へ昇進する。
その結果として給与も上がっていく仕組みです。
しかしAIの普及や人材不足、転職市場の活発化によって、給料の決まり方は少しずつ変わっています。
企業が必要としている能力を持つ人には高い給与を提示する一方、長く勤務していても市場で需要の小さい仕事では給与が上がりにくくなる可能性があります。
つまり給料を決める基準が、何年働いたかという勤続年数から、どのような仕事ができるのかという専門性へ移りつつあります。
さらに重要になるのが、その能力に転職市場でいくらの値段が付いているのかという市場価値です。
AI時代には、社内だけで決まっていた給与に、外部の人材市場の価格が大きく影響するようになります。
年功賃金とは何か
年功賃金とは、年齢や勤続年数が上がるにつれて給与も上がっていく仕組みです。
日本企業では長期雇用と組み合わせて広く利用されてきました。
若い時期には、仕事の成果に比べて給与を低めにする。
経験を積み、年齢が上がるにつれて給与を増やす。
長期間勤務することで生涯全体の給与を調整する考え方です。
この仕組みでは、社員が同じ会社で長く働くことに意味があります。
勤続年数が長くなるほど昇給し、役職も上がるためです。
なぜ年功賃金が成り立ってきたのか
年功賃金は、企業が社員を長期間育成する仕組みと相性がよい制度でした。
新卒で採用した社員に、自社独自の仕事を教えます。
複数の部署を経験させます。
長期間かけて管理職候補を育てます。
社員側も簡単には転職せず、会社に長く残ります。
企業は将来の昇給を約束することで社員の定着を促すことができます。
そのため社内での勤続年数そのものに価値がありました。
転職市場が広がると年功賃金は維持しにくくなる
しかし転職が一般的になると、企業は社内の給与だけを見て人材を処遇できなくなります。
例えば自社では年収700万円を払っているIT人材に、他社が1000万円を提示するとします。
本人が転職すれば、会社は重要な人材を失います。
引き留めるためには給与を上げる必要が出てきます。
逆に、自社では勤続年数によって1000万円を払っている仕事について、外部市場では700万円が一般的ということもあります。
この場合、企業は社内給与と市場価格の差を意識するようになります。
転職市場が活発になるほど、会社内部だけで給与を決めることが難しくなるのです。
職務給とは何か
こうした変化と関係するのが職務給です。
職務給とは、その人の年齢や勤続年数ではなく、担当する仕事の内容や責任に応じて給与を決める考え方です。
例えば同じ50歳でも、
高度なAI開発を担当する人
一般的な事務業務を担当する人
大規模事業を統括する人
では給与が違います。
年齢が同じだから同じ給与に近づけるのではありません。
仕事の価値が違えば給与も変えるという考え方です。
職務の値段は市場によって決まる
職務給を導入しても、会社が自由に給与を決められるわけではありません。
外部市場の影響を受けます。
例えばAIエンジニアを年収600万円で採用しようとしても、他社が1000万円を提示していれば採用は難しくなります。
企業は人材を確保するために、市場価格に近い給与を提示する必要があります。
つまり職務給では、仕事そのものに値段が付き、その値段は人材市場の需要と供給によって動きます。
人材が不足している仕事ほど高くなります。
多くの人ができる仕事では上がりにくくなります。
市場価値が給料に影響する
市場価値とは、自分の経験や能力に外部企業がどの程度の給与を払おうとするかという評価です。
例えば現在年収800万円の人がいるとします。
同じ経験を求める企業から1000万円や1200万円の求人が多数あるなら、その人の市場価値は現在の給与より高い可能性があります。
反対に現在1000万円でも、外部では700万円程度の求人しかなければ、現在の会社から高い待遇を受けている可能性があります。
市場価値と現在の給与は必ず一致するわけではありません。
しかし転職市場が活発になるほど、その差は会社にも社員にも無視できなくなります。
AIは仕事そのものを再評価する
AIが給料に与える最大の影響は、仕事の価値を変えることです。
これまで人が何時間もかけていた仕事をAIが短時間で処理できるようになれば、その作業の希少性は低下する可能性があります。
例えば定型的な資料作成。
情報検索。
文章の要約。
簡単なプログラミング。
定型的なデータ分析。
こうした仕事の一部はAIによって効率化できます。
人間が作業時間を提供するだけでは、高い給与を維持しにくくなる仕事も出てきます。
AIに代替されにくい仕事には価値が残る
一方で、AIが普及しても人間に求められる仕事は残ります。
例えば、
経営判断
難しい顧客との交渉
組織内の利害調整
部下の育成
複雑な責任を伴う意思決定
などです。
AIは情報を整理したり、選択肢を提示したりすることはできます。
しかし最終的に責任を負い、組織を動かす仕事には人間の経験が必要です。
こうした能力を持つ人の価値は、AIが普及するほど相対的に高まる可能性があります。
AIを使える人と使えない人でも差が生まれる
同じ職種でも、AIを利用できるかどうかによって生産性に差が出る可能性があります。
例えば二人の人事担当者がいるとします。
一人は従来通り手作業で情報を整理する。
もう一人はAIを使って情報整理を効率化し、余った時間を人事制度の企画や社員との対話に使う。
同じ8時間働いても、生み出せる成果が違います。
企業が成果に応じて給与を決めるようになれば、AIを使って生産性を高められる人の方が評価される可能性があります。
AIそのものの知識だけでなく、自分の専門分野でAIをどう使うかが重要です。
専門性とAIを組み合わせる
AI時代に市場価値を高める方法の一つが、既存の専門性とAIを組み合わせることです。
例えば法務経験者がAIを契約審査に利用する。
経理経験者がAIを決算分析に利用する。
営業経験者がAIを顧客分析に利用する。
製造経験者がAIを品質管理に利用する。
AIだけを知っている人より、業務を深く理解した人がAIを使う方が企業の課題を解決できる場合があります。
特にミドルシニアでは、長年の専門知識と新しい技術を組み合わせることが市場価値につながります。
同じ会社でも給与差が広がる可能性がある
年功賃金では、同じ年代なら給与差がそれほど大きくならないことがあります。
しかし職務や市場価値を重視すると、同年代でも給与差が広がる可能性があります。
例えば同じ45歳でも、
市場で不足している高度専門人材には年収1500万円
一般的な職務には年収800万円
という差が生まれることがあります。
年齢ではなく仕事の市場価格で給料を決めれば、当然同年代の給与差も大きくなります。
AIはこの違いをさらに拡大する可能性があります。
管理職だから高給とは限らなくなる
従来は管理職になることが給与を上げる主要な方法でした。
しかし市場価値を重視する給与制度では、管理職だから必ず専門職より高給になるとは限りません。
高度なAI人材やサイバーセキュリティ人材などは、部下を持たなくても管理職以上の給与を受け取る可能性があります。
企業にとって重要なのは、何人の部下を持っているかではありません。
その人がどれだけ大きな価値を生み出すのかです。
そのため管理職と専門職の給与体系を別々に設ける企業も増えていく可能性があります。
会社員も自分の市場価格を見る必要がある
給料が市場価値に近づくほど、会社員自身も外部市場を見る必要があります。
自分と同じ仕事の求人はいくらなのか。
どの経験を持つ人に高い給与が提示されているのか。
どの能力の求人が増えているのか。
こうした情報を見ることで、自分の市場価値を把握できます。
転職する予定がなくても意味があります。
現在の会社でどの仕事を経験すれば将来の市場価値が上がるのかを考えられるからです。
給料だけで市場価値を判断してはいけない
ただし市場価値が高いからといって、提示年収だけで会社を選べばよいわけではありません。
会社員の待遇には給与以外の要素があります。
賞与。
退職金。
福利厚生。
勤務時間。
在宅勤務。
休暇。
仕事の安定性。
役割や責任。
例えば年収900万円で退職金制度が充実している会社と、年収1000万円で退職金がない会社では、生涯の待遇は単純には比較できません。
市場価値を考えるときには、総合的な処遇を見る必要があります。
市場価格が高い仕事も永遠には続かない
現在高い給与が付いている専門性が、10年後も同じ価値を持つとは限りません。
技術が変われば需要も変わります。
AIによって自動化される仕事もあります。
新しい規制や産業が生まれれば、別の専門性に高い値段が付くこともあります。
そのため、一度専門性を身に付ければ安心というわけではありません。
市場価値を維持するには、仕事の変化に合わせて能力を更新する必要があります。
給料は勤続年数から能力の価格へ変わる
これまでの会社員は、同じ会社で長く働くことで給与を上げることができました。
これからは、それだけでは十分ではなくなる可能性があります。
企業が見るのは、
どのような仕事ができるのか
その能力を持つ人がどれだけ少ないのか
どの程度の成果を生み出せるのか
AIを使って生産性を高められるのか
という点です。
つまり給料は勤続年数への報酬から、能力の市場価格へ近づいていくことになります。
結論
AI時代の会社員の給料は、年齢や勤続年数だけでは決まりにくくなっていきます。
従来の年功賃金では、同じ会社で長く働き、役職を上げることが高い給与につながりました。
しかし転職市場が活発になり、企業間で専門人材の争奪戦が起きると、会社は外部市場の価格を無視できません。
AI、IT、法務、財務など企業が強く必要とする専門性を持つ人には、勤続年数にかかわらず高い給与が提示される可能性があります。
一方でAIによって効率化できる仕事では、長年の経験だけでは高い市場価値を維持できない場合があります。
重要なのはAIと競争することではありません。
自分の専門知識や経験にAIを組み合わせ、より大きな成果を生み出せる人材になることです。
これから会社員の給料を左右するのは、何歳なのか、何年その会社にいるのかという数字だけではありません。
自分がどのような問題を解決でき、その能力を必要とする企業が市場にどれだけ存在するのか。
その需要と供給によって、自分の能力に値段が付きます。
会社員の給料は、会社の中だけで決められるものから、外部市場で形成される専門性の価格を反映するものへ変わりつつあるのです。
参考
日本経済新聞 2026年8月28日朝刊 転職者の半数、給料1割以上増
日本経済新聞 2026年8月28日朝刊 転職市場、年収引き上げ続く