病院の規模を表すとき、「300床の病院」「500床の病院」といった表現が使われます。
この数字を見ると、300床なら300人、500床なら500人の患者を入院させられるように思えます。
しかし、必ずしもそうではありません。
病院には「許可病床」と「稼働病床」という異なる考え方があるからです。
例えば100床の許可病床を持つ病院でも、実際には80床しか稼働していないことがあります。
残り20床については、病室やベッドが存在していても患者を受け入れていない場合があります。
その大きな理由の一つが人手不足です。
病床はベッドを置けば使えるものではありません。医師や看護師などを配置し、安全に医療を提供できる体制を整えて初めて患者を受け入れることができます。
2040年に向けて医療人材の不足が深刻になれば、許可病床は残っているのに稼働病床が減るという問題が、地域医療を考えるうえでますます重要になります。
許可病床とは何か
許可病床とは、医療法に基づいて病院が設置することを許可されている病床です。
病院が自由に好きなだけ病床を増やせるわけではありません。
病床を設置する場合には、法律や地域の医療提供体制との関係などを踏まえた手続きが必要になります。
例えば、ある病院について100床の設置が認められていれば、100床がその病院の許可病床になります。
そのため病院の規模を示す数字として許可病床数が使われることがあります。
ただし、重要なのは「100床の設置が認められている」という意味だということです。
100床すべてで常に患者を受け入れているという意味ではありません。
ここが許可病床と実際の医療提供能力を考えるうえで重要なポイントです。
稼働病床とは何か
稼働病床とは、病院が実際に患者を受け入れられる状態で運用している病床です。
例えば許可病床が100床ある病院でも、実際には80床だけを使って診療している場合があります。
この場合、許可病床数と実際に稼働している病床数には20床の差があります。
病院に100床あるという情報だけを見れば、100人程度の患者を受け入れられるように見えます。
しかし実際の受け入れ能力は80床を前提に考えなければなりません。
つまり、
許可病床は制度上設置できる病床
稼働病床は実際に運用している病床
という違いがあります。
地域の医療供給力を考える場合には、許可病床数だけではなく、実際にどれくらいの病床が動いているのかを見ることが重要です。
休床とは何か
許可を受けた病床のうち、実際には患者を受け入れていない病床が生じることがあります。
こうした病床について「休床」という言葉が使われます。
例えば100床の許可病床を持つ病院が、人員不足などを理由として一つの病棟20床を休止したとします。
すると100床という許可病床自体は残っていても、実際に患者を受け入れているのは80床になります。
重要なのは、休床は必ずしも病室やベッドが物理的になくなったことを意味しないという点です。
建物はある。
病室もある。
ベッドもある。
しかし患者を受け入れる体制を作れない。
このような状態が起こり得ます。
病床不足というと、ベッドそのものが足りない問題を想像しがちですが、人口減少時代には「ベッドはあるのに動かせない」という問題が重要になります。
ベッドだけでは病床を動かせない
病床という言葉からは、病室に置かれたベッドを想像するかもしれません。
しかし医療提供体制として考えれば、病床は単なる家具としてのベッドではありません。
患者が入院すれば、さまざまな医療が必要になります。
医師による診察。
看護師による観察や処置。
薬剤の管理。
検査。
食事。
リハビリ。
急変時の対応。
こうしたサービスを24時間提供する必要があります。
特に入院医療では夜間も患者がいるため、夜勤を含めた勤務体制を作らなければなりません。
そのため新しいベッドを10台置いたからといって、翌日から10人多く患者を受け入れられるわけではありません。
それを支える人員が必要なのです。
看護師不足で病床を閉じることがある
稼働病床を左右する重要な要素の一つが看護師です。
例えば100床を稼働させていた病院で看護師の退職が相次いだとします。
新しい看護師を採用しようとしても応募者が集まらなければ、残った看護師だけで従来と同じ病床数を維持することが難しくなります。
無理に100床を動かそうとすれば、一人一人の看護師への負担が大きくなります。
夜勤回数が増える。
休暇を取りにくくなる。
残業が増える。
さらに離職者が増える。
こうした悪循環につながる可能性があります。
そのため病院は安全な医療提供体制を維持するため、一部病床の稼働を止めることがあります。
許可病床100床のうち20床を休床し、80床で運営するという判断です。
これは国が病床を20床削減したこととは違います。
病院が持っている病床数は変わっていなくても、人材不足によって実際に提供できる医療が縮小しているのです。
診療報酬と看護配置も関係する
病院では、どのような人員体制で患者を診療するかが診療報酬とも関係しています。
特に入院医療では、患者の状態や病棟の機能に応じて一定の人員配置などが求められます。
そのため看護師が不足すれば、単に忙しくなるだけでは済みません。
従来と同じ入院医療の体制を維持すること自体が難しくなる場合があります。
病院としては、
患者を何人受け入れられるか
必要な看護師を配置できるか
勤務体制を維持できるか
診療報酬上求められる要件を満たせるか
などを考えながら病床を運営する必要があります。
病床数と人員数は切り離して考えることができないのです。
許可病床だけを見ると地域の医療供給力を誤解する
例えば、ある地域に3つの病院があるとします。
それぞれ200床の許可病床を持っていれば、地域全体では600床になります。
数字だけを見れば、この地域には600床の入院能力があるように見えます。
しかし実際には、
一つ目の病院は200床
二つ目の病院は170床
三つ目の病院は150床
しか稼働していないかもしれません。
この場合、実際に動いている病床は520床です。
許可病床600床との差は80床になります。
さらに将来、看護師不足が深刻になれば稼働病床が500床、450床と減る可能性もあります。
許可病床数だけを見ていれば、この変化を十分に把握できません。
地域にどれだけ医療を提供する能力があるのかを考えるには、実際に動いている病床を見る必要があります。
2040年には許可病床より稼働病床が重要になる
2040年に向けて日本では生産年齢人口が減少します。
一方で85歳以上の高齢者が増えれば、入院医療を必要とする人が大きく減らない地域もあります。
つまり、
患者はいる
病床もある
しかし働く人が足りない
という状況が起こる可能性があります。
その場合、地域医療の問題は単純な病床数では説明できません。
例えば2040年に1000床必要と予測され、地域に1100床の許可病床があったとしても安心できません。
人手不足によって実際に動かせる病床が900床しかなければ、医療供給力は不足します。
そのため2040年の地域医療では、
必要病床数
許可病床数
稼働病床数
を分けて考えることが重要になります。
病床を減らす政策と病床が動かなくなることは違う
地域医療構想では、病床の再編や医療機能の分化が議論されています。
そのため稼働病床が減ると、すべて政策による病床削減の結果だと受け止められることがあります。
しかし実際には別の問題もあります。
看護師を採用できない。
医師を確保できない。
夜勤体制を維持できない。
病棟運営の採算が取れない。
建物の一部が老朽化して使えない。
こうした理由によって、病院自身が一部病床を休止することがあります。
これは需要がなくなったから病床を減らす場合とは異なります。
患者から見れば同じように「入院できる病床が減った」という結果になりますが、その原因は大きく違います。
2040年の地域医療を考える場合には、病床が何床減ったのかだけではなく、「なぜその病床が使えなくなったのか」まで見る必要があります。
結論
許可病床とは、病院が制度上設置することを認められている病床です。
一方、稼働病床とは、その中で実際に患者を受け入れられる状態で運用されている病床です。
そのため100床の許可病床を持つ病院だからといって、常に100人の患者を受け入れられるとは限りません。
看護師不足などによって20床を休床していれば、実際に動いているのは80床になります。
病床とは単なるベッドではありません。
そのベッドで患者を診療する医師が必要です。
24時間患者を支える看護師が必要です。
さらに薬剤師、検査職、リハビリ職など多くの医療従事者が必要になります。
2040年に向けて生産年齢人口が減少すれば、病床そのものよりも、それを動かす人材が医療供給の制約になる可能性があります。
だからこそ地域医療を見るときには、「病院に何床あるのか」だけを見るのでは不十分です。
「そのうち何床が実際に動いているのか」。
そして「将来も何床を動かし続けられるのか」。
許可病床から稼働病床、さらに稼働可能病床へと視点を広げることが、2040年の地域医療の実態を理解するために重要になるのです。
参考
日本経済新聞 2026年8月28日朝刊 2040年の地域医療構想(下) 供給制約や行動変容 考慮を