病院で処方される薬には、「何の病気に使う薬なのか」という決まりがあります。
例えば糖尿病の治療薬として国から承認された薬であれば、基本的には糖尿病の患者に対して承認された用法や用量で使用することが想定されています。
ところが医療現場では、承認された薬を承認内容とは異なる病気や目的に使用することがあります。
これを「適応外使用」といいます。
適応外使用という言葉だけを見ると、危険な使い方や違法な使い方のように感じるかもしれません。
しかし、適応外使用がすべて不適切な医療というわけではありません。
医学的な必要性から行われることもあります。
一方で、自由診療として適応外使用が広がれば、安全性や有効性だけでなく、公的医療保険との関係も問題になります。
適応外使用を理解するには、まず医薬品の「適応」とは何かを知る必要があります。
医薬品の適応とは何か
新しい医薬品が開発されたからといって、製薬会社が自由に患者へ販売できるわけではありません。
医薬品について品質、有効性、安全性などが審査され、承認を受ける必要があります。
その際には単に、
この薬を販売してよい
と承認されるだけではありません。
どのような病気に使用するのかという効能や効果、どのくらいの量をどのような方法で使用するのかという用法や用量などが定められます。
例えば、ある薬について、
2型糖尿病
という効能や効果で承認されているとします。
この承認された範囲で薬を使用することが基本になります。
一般に、このような承認された対象となる病気や症状などを「適応」と呼びます。
承認されている薬ならどんな目的でも使えるわけではない
ここで重要なのは、
薬そのものが承認されていること
と、
その使い方が承認されていること
は別の問題だということです。
例えばAという薬が日本で承認されていたとしても、
病気Xには承認されている
病気Yには承認されていない
ということがあります。
薬そのものは同じです。
しかし使用目的が変われば、承認された範囲から外れることがあります。
さらに対象となる年齢、投与量、投与方法などが承認内容と異なる場合もあります。
したがって、
日本で承認されている薬だから、どのような使い方をしても国が安全性や有効性を認めている
ということではありません。
何について承認されているのかを確認する必要があります。
適応外使用とは何か
承認された効能や効果、用法や用量などとは異なる形で医薬品を使用することを、一般に適応外使用といいます。
英語ではオフラベル使用などと呼ばれます。
例えば、病気Aについて承認されている薬を病気Bの治療に使用するケースが考えられます。
薬そのものは国内で承認されています。
しかし病気Bに使用することについては承認されていません。
この場合、
未承認の薬を使っている
のではなく、
承認された薬を承認された範囲とは異なる方法で使っている
ということになります。
ここが未承認医薬品との大きな違いです。
適応外使用がすべて不適切とは限らない
適応外使用という言葉には、少し注意が必要です。
適応外だから危険
適応外だから違法
適応外だから医学的根拠がない
と単純に考えることはできません。
実際の医療では、患者の病状などを踏まえて適応外使用が必要になる場合があります。
特に治療方法が限られている病気や希少疾患、小児医療などでは、十分な医学的根拠を踏まえながら承認された範囲とは異なる形で薬が使用されることがあります。
医療技術の進歩が、医薬品の承認変更より先に進むこともあります。
研究や診療の積み重ねによって有効性が認識されていても、まだ正式な適応追加に至っていないケースも考えられます。
したがって重要なのは、
適応外かどうか
だけではありません。
なぜ適応外で使用するのか
どの程度の医学的根拠があるのか
どのような利益とリスクがあるのか
について考える必要があります。
適応外使用でも保険が認められる場合がある
もう一つ注意したいのが、公的医療保険との関係です。
承認された範囲から外れているからといって、あらゆる適応外使用が機械的に保険診療から排除されるわけではありません。
一定の適応外使用については、医学的な合理性などを踏まえて保険診療として取り扱われる場合があります。
つまり、
適応外使用イコール自由診療
と単純に考えることも正確ではありません。
一方、保険診療として認められない目的で医薬品を使用する場合には、自由診療として患者が費用を負担するケースがあります。
ここでも、
医薬品として承認されているか
その使用方法が承認されているか
公的医療保険が適用されるか
という三つは分けて考える必要があります。
承認と保険適用は別の仕組み
医薬品を理解するときに混同しやすいのが「承認」と「保険適用」です。
承認は、その医薬品について品質、有効性、安全性などを審査して、一定の効能や効果、用法や用量などで使用することを認める仕組みです。
これに対して保険適用は、その医薬品を公的医療保険から給付するかどうかという問題です。
したがって、
承認されている
ということと、
どのような使用方法でも健康保険が使える
ということは同じではありません。
反対に、適応外使用だから必ず保険が使えないというわけでもありません。
この区別を理解しておくと、自由診療をめぐる問題がかなり分かりやすくなります。
自由診療なら適応外使用が可能になる場合がある
保険診療では、公的医療保険という社会全体の仕組みから医療費が支払われます。
そのため、医薬品の使用についても一定のルールがあります。
一方、自由診療では公的医療保険を利用せず、原則として患者が費用を全額負担します。
そのため、保険診療では認められない医薬品の使用が自由診療として行われる場合があります。
ここから、
自由診療なら適応外使用ができる
という話につながります。
しかし、
自由診療なら何をしてもよい
という意味ではありません。
医師には患者の安全を考え、医学的に適切な医療を提供することが求められます。
適応外使用であればなおさら、その治療を行う合理的な理由やリスクについて患者への十分な説明が重要になります。
患者が全額払えば安全性の問題がなくなるわけではない
自由診療をめぐる議論で注意したいのが、
患者自身がお金を払っているのだから自由でよい
という考え方です。
確かに自由診療では、公的医療保険から治療費が支払われないことが基本です。
しかし医療は普通の商品とは違います。
患者が100万円を自己負担したからといって、医学的に不適切な治療が適切な治療に変わるわけではありません。
患者自身が希望したとしても、その治療によって重大な健康被害が生じる可能性があれば、医療としての妥当性が問われます。
特に医薬品については、副作用や他の薬との相互作用、持病との関係など専門的な判断が必要になります。
患者が自己責任で購入する一般の商品とは性質が異なるのです。
適応外使用では説明がより重要になる
承認された範囲とは異なる方法で薬を使用するのであれば、患者に対する説明も重要になります。
例えば、
本来どの病気について承認されている薬なのか
今回の使用方法は承認された範囲なのか
どの程度の医学的根拠があるのか
どのような副作用やリスクが考えられるのか
ほかにどのような治療方法があるのか
といった情報です。
患者が、
有名な薬だから安全だろう
医師が処方するのだから国もこの使い方を認めているだろう
と思い込んでしまえば、適応外使用であること自体を理解しないまま治療を受ける可能性があります。
医師と患者の間に情報格差があるからこそ、十分な説明が欠かせません。
ダイエット目的の処方で問題が見えやすくなる
この適応外使用の問題を理解するうえで分かりやすいのが、糖尿病治療薬などを本来の治療目的とは異なるダイエット目的で使用するケースです。
体重を減らしたいという需要は非常に大きいため、自由診療として薬を処方する医療機関もあります。
ここでは、
薬そのものが承認されているか
体重減少を目的とした使用が承認された範囲なのか
患者がその薬を医学的に必要としているのか
副作用などについて十分に説明されているのか
といった問題を分けて考えなければなりません。
単に、
医師から処方された薬だから大丈夫
とは限らないのです。
結論
適応外使用とは、承認された医薬品を、承認された効能や効果、用法や用量などとは異なる形で使用することをいいます。
重要なのは、適応外使用がすべて不適切な医療ではないということです。
実際の医療現場では、医学的な必要性や科学的根拠に基づいて適応外使用が行われることがあります。
また、一定の適応外使用が保険診療として取り扱われる場合もあるため、
適応外使用イコール自由診療
と考えることも正確ではありません。
一方、公的医療保険の対象にならない使用方法について、自由診療として医薬品が処方されることがあります。
ここで大切なのは、患者が全額自己負担するから医学的な安全性や有効性を考えなくてもよいわけではないということです。
承認された薬であっても、使う目的が変わればリスクや医学的な位置づけも変わります。
患者にとっては、
薬そのものが承認されているか
今回の使い方が承認されているか
公的医療保険が適用されるか
を分けて考えることが重要です。
この問題が現在特に注目されている例の一つが、糖尿病治療薬「マンジャロ」をダイエット目的で使用する自由診療です。
参考
日本経済新聞 2026年8月26日朝刊 不誠実な自由診療に歯止めを