病院で治療を受けるとき、「保険が使える治療と、保険が使えない治療を組み合わせればよいのではないか」と考えることがあります。
例えば100万円かかる治療のうち、通常の診察や検査については健康保険を使い、特殊な治療だけを自由診療として全額自己負担するという考え方です。
患者からすると合理的に見えます。
ところが、日本の公的医療保険制度では、保険診療と保険外診療を無条件に組み合わせることは認められていません。
これが一般に「混合診療の原則禁止」と呼ばれるルールです。
ただし、保険診療と保険外のサービスを組み合わせることが一切できないわけではありません。
一定の条件を満たす場合には「保険外併用療養費制度」という仕組みが用意されています。
混合診療と保険外併用療養費制度の違いを理解すると、日本の公的医療保険がなぜ保険診療と自由診療の境界線を厳しく管理しているのかが見えてきます。
混合診療とは何か
混合診療とは、一般に一連の診療の中で保険診療と保険外診療を併用することをいいます。
例えば、ある病気について通常の診察や検査は保険診療で受けながら、公的医療保険の対象になっていない治療を同時に受けるケースを考えてみます。
患者としては、
保険が使える部分は3割負担
保険が使えない部分だけ全額自己負担
にしてほしいと考えるかもしれません。
しかし、保険診療と保険外診療を自由に組み合わせられるわけではありません。
一定の例外を除き、一連の診療について保険外診療を組み合わせた場合、通常なら保険給付の対象となる部分も含めて保険給付を受けられなくなるのが基本的な考え方です。
これが混合診療の原則禁止です。
保険診療と自由診療を組み合わせるとどうなるのか
具体的な数字で考えてみます。
通常なら保険診療として30万円かかる治療があるとします。
自己負担割合が3割なら、患者の負担は原則として9万円です。
ここに保険適用されていない50万円の治療を追加するとします。
単純に考えると、
保険診療部分9万円
自由診療部分50万円
合計59万円
を患者が支払えばよいように思えます。
しかし、制度上認められていない形で保険外診療を併用した場合、このような計算にはなりません。
本来は保険診療だった部分についても保険給付を受けられず、患者負担が大きくなる可能性があります。
つまり、
保険が使える部分だけ保険を使う
保険が使えない部分だけ自己負担する
という自由な組み合わせが原則として認められているわけではないのです。
なぜ混合診療は原則禁止なのか
では、なぜこのようなルールになっているのでしょうか。
大きな理由の一つが、患者の安全と公的医療保険制度を守るためです。
もし保険診療と自由診療を無条件で組み合わせられると、科学的な安全性や有効性が十分に確認されていない治療でも、
通常の保険診療に追加する最新治療
などとして広く提供される可能性があります。
医療では医師と患者の間に大きな情報格差があります。
患者自身が、提案された治療の安全性や有効性を判断することは容易ではありません。
医師から、
保険診療だけでも治療できますが、追加で100万円を払えばさらに高度な治療を受けられます
と言われれば、高額でも受けたいと考える患者が出てくるでしょう。
その結果、医学的な必要性が十分に確認されていない保険外診療が広がる可能性があります。
お金を払える人だけ高度な医療を受ける問題もある
混合診療の問題には、公平性という視点もあります。
公的医療保険は、所得の多い少ないにかかわらず、必要な医療を一定の自己負担で受けられることを基本としています。
ところが混合診療を自由に認めると、
基本的な治療は保険診療
より高度な治療は追加料金
という仕組みが急速に広がる可能性があります。
そうなると、患者の経済力によって受けられる医療の内容が大きく変わることになります。
もちろん現在でも自由診療は存在するため、経済力による違いがまったくないわけではありません。
それでも、公的医療保険の中で提供される医療については一定の公平性を維持するという考え方があります。
混合診療の原則禁止には、こうした国民皆保険制度の考え方も関係しています。
すべての併用が禁止されているわけではない
ここで重要なのは、
保険診療と保険外のものを組み合わせれば、すべて混合診療として禁止される
というわけではないことです。
一定の条件のもとで保険診療と保険外の療養を併用できる仕組みがあります。
それが「保険外併用療養費制度」です。
この制度では、国が定めた一定の保険外診療について、保険診療と組み合わせることが認められています。
患者は保険診療に相当する基礎的な部分について保険給付を受けながら、保険外部分については自己負担することができます。
つまり、
何でも自由に組み合わせてよいわけではない
一方で、
国が認めた一定の範囲なら組み合わせられる
という仕組みになっています。
保険外併用療養費制度とは何か
保険外併用療養費制度では、一定の保険外の療養について、通常の保険診療と共通する基礎的な部分に保険給付が行われます。
保険外となる部分については患者が自己負担します。
この仕組みによって、保険外診療を受けたからといって一連の診療すべてが全額自己負担になることを避けられます。
重要なのは、患者と医療機関が自由に、
この治療も保険診療と組み合わせましょう
と決められる制度ではないことです。
制度上認められた療養について適用されます。
評価療養とは何か
保険外併用療養費制度の一つが「評価療養」です。
評価療養は、将来的に公的医療保険の対象とするかどうかを評価する段階にある医療などを対象とする仕組みです。
新しい医療技術が登場しても、すぐに公的医療保険の対象になるわけではありません。
安全性や有効性、費用などについて評価する必要があります。
こうした評価の過程にある医療について、一定のルールのもとで保険診療と組み合わせられるようにする考え方です。
保険適用前の医療を一定の管理のもとで利用できるようにしながら、将来の保険導入について評価していく役割があります。
患者申出療養とは何か
もう一つが「患者申出療養」です。
患者申出療養は、患者からの申し出を起点として、国内で承認されていない医薬品などを使用する治療を一定の条件のもとで受けられるようにする制度です。
重い病気を抱える患者などにとって、現在の保険診療だけでは希望する治療が見つからない場合があります。
そのような場合に患者が希望する治療について、安全性や有効性などを確認したうえで、保険診療との併用を可能にする仕組みです。
単純に、
患者が希望すれば何でも利用できる
という制度ではありません。
一定の審査や実施体制が必要になります。
選定療養とは何か
さらに「選定療養」があります。
選定療養は、患者自身の選択によって追加的なサービスなどを利用する場合の仕組みです。
代表例として差額ベッドなどがあります。
患者が一定の条件で特別な病室を希望する場合、通常の診療部分については公的医療保険を利用しながら、追加サービス部分については患者が自己負担します。
大病院を紹介状なしで受診した場合の特別の料金なども、この仕組みと関係します。
ここでは、安全性や有効性を評価して将来保険適用を目指すというより、患者が選択する追加的なサービスという性格があります。
自由診療と保険外併用療養費制度は違う
自由診療と保険外併用療養費制度は混同されやすいところです。
通常の自由診療では、公的医療保険が適用されない医療について患者が全額を負担します。
これに対して保険外併用療養費制度では、制度上認められた保険外の療養と保険診療を組み合わせることができます。
つまり、
自由診療だから自由に保険診療と組み合わせられる
わけではありません。
保険診療と保険外診療の境界線を国が管理しながら、一定の場合について併用を認めているのが保険外併用療養費制度です。
結論
混合診療とは、一般に一連の診療の中で保険診療と保険外診療を併用することをいいます。
患者からすると、保険が使える部分だけ公的医療保険を使い、それ以外を自己負担すればよいように思えます。
しかし日本では、保険診療と保険外診療を無条件に組み合わせることは認められていません。
制度上認められていない保険外診療を併用すると、本来なら保険給付の対象となる部分についても保険給付を受けられなくなるのが基本です。
背景には、安全性や有効性が十分に確認されていない医療が保険診療とセットで広がることを防ぐことや、患者の経済力によって公的医療保険の中の医療に大きな格差が生じることを防ぐ考え方があります。
ただし、保険診療と保険外の療養を組み合わせることが一切禁止されているわけではありません。
一定の条件を満たす評価療養、患者申出療養、選定療養などについては、保険外併用療養費制度によって保険診療との併用が認められています。
つまり日本の制度は、
保険外の医療をすべて排除する
のではなく、
公的医療保険との組み合わせを一定のルールで管理する
という考え方になっています。
そして保険診療と自由診療の境界を理解するうえで、もう一つ重要なのが、承認された医薬品を承認された目的とは異なる形で使用する「適応外使用」です。
参考
日本経済新聞 2026年8月26日朝刊 不誠実な自由診療に歯止めを