相続人が1人しか分からない農地を貸せるのか 全員を探し出さなくても農地バンクを使える仕組み編

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祖父が持っていた農地について相続登記が行われないまま何十年も経過すると、現在の相続人が何人いるのか分からなくなることがあります。

一部の相続人は分かっている。

しかし、ほかの相続人がどこに住んでいるのか分からない。

すでに亡くなっている人もいて、その次の相続人まで調べなければならない。

このような農地について、相続人全員が判明するまで誰にも貸せないとすれば、農地が長期間使われない可能性があります。

そこで設けられているのが、所有者や共有者の一部を確知できない農地について、農業委員会による探索や公示などを経て農地バンクにつなげる仕組みです。

相続人のうち1人しか分からないようなケースでも、一定の要件と手続きを満たせば、全員を探し出すまで農地を放置するのではなく、担い手に利用してもらえる可能性があります。

相続登記をしないと権利関係が複雑になる

例えば祖父が農地を所有していたとします。

祖父には3人の子どもがいました。

祖父が亡くなったときに遺産分割や相続登記をきちんと行えば、その農地を誰が取得したのか明確にできます。

ところが農地について何も手続きをしないまま年月が経過することがあります。

その後、祖父の子どもたちも亡くれます。

すると、それぞれの配偶者や子どもなどへさらに相続が発生する可能性があります。

登記簿上は祖父一人の名義でも、実際の権利関係を調べると10人や20人の相続人が関係しているということも起こり得ます。

相続人が1人分かっても問題は解決しない

例えば祖父名義の農地について、近くに住む孫のAさんだけが判明しているとします。

Aさん自身は、

自分では農業をしないので近所の農家に使ってもらいたい

と考えています。

しかし、Aさんだけが農地について権利を持っているとは限りません。

祖父のほかの子どもから権利を承継した親族が存在する可能性があります。

そのため、Aさんが分かっているからといって、通常の方法で農地全体を自由に貸せるとは限りません。

ほかの共有者の権利も保護する必要があるからです。

全員を探すのが非常に難しい場合がある

相続人を調べる場合には、戸籍などをたどっていく必要があります。

1回の相続だけなら比較的分かりやすいこともあります。

しかし、相続が何世代も繰り返されていると事情が変わります。

祖父が死亡する。

その子どもが死亡する。

さらに孫も死亡する。

こうした相続が続けば、確認しなければならない親族が増えていきます。

相続人が海外にいることもあります。

住所が分からないこともあります。

相続人自身が亡くなっていて、さらにその相続人を調べなければならないこともあります。

農地を貸すためだけにすべての権利者を探し出すことが現実的ではないケースが出てくるのです。

全員が分かるまで待つと農地が荒れてしまう

農地には時間の問題があります。

宅地であれば、所有者を調査している間も土地そのものが大きく変化しない場合があります。

しかし農地は、耕作や管理をしなければ荒れていきます。

雑草が生える。

樹木が生える。

害虫や鳥獣の問題が起こる。

水路や農道の管理にも影響する。

数年間放置すれば、再び農地として利用するために大きな費用が必要になる可能性があります。

所有者を探している間に農地としての利用価値が失われてしまっては意味がありません。

そこで共有者不明農地の仕組みがある

こうした問題に対応するため、共有者の一部を確知できない農地について、一定の手続きを経て利用できる仕組みがあります。

ポイントは、

共有者全員を探し出せなければ絶対に農地を動かせない

という仕組みにしないことです。

もちろん、少し探して分からなければすぐに第三者へ貸せるわけではありません。

農地は個人の財産です。

分からない共有者にも所有権があります。

そのため、法律に基づいて探索や公示などの手続きを行い、権利者の利益にも配慮しながら農地利用を進めます。

まず農業委員会が所有者を探索する

重要な役割を担うのが市町村の農業委員会です。

農業委員会は、農地の所有者や共有者について一定の探索を行います。

登記情報などから権利関係を確認し、現在の所有者や相続人などを調べます。

ここで全員が判明すれば、その人たちとの間で通常の手続きを進めることが考えられます。

一方、一定の探索をしても一部の共有者を確知できないことがあります。

その場合に、共有者不明農地を利用するための特別な手続きが意味を持ちます。

公示によって分からない共有者へ知らせる

探索しても共有者の一部が分からない場合、一定の事項について公示する仕組みがあります。

公示とは、行政が情報を一定期間公に示すことです。

簡単にいえば、

この農地について利用するための手続きを進めています

権利を持っている人は申し出てください

と知らせる仕組みです。

住所が分からないからといって、その人の権利を最初から存在しないものとして扱うわけではありません。

公示によって名乗り出る機会を設けます。

公示期間は2か月

共有者不明農地を農地バンクにつなげる手続きでは、農業委員会による探索などを経たうえで、公示が行われます。

この公示期間は2か月とされています。

この期間中に権利者から申し出があれば、その権利関係を踏まえて対応することになります。

一方、一定期間公示しても申し出がない場合には、次の手続きへ進むことができます。

重要なのは、

全員が見つかるまで無期限に待つ

のではなく、

法律で定められた探索と公示を行ったうえで農地利用を進める

という仕組みになっていることです。

農地バンクが利用権を取得する

一定の手続きを経た共有者不明農地については、農地バンクが利用するための権利を取得し、農業の担い手へ貸し付けることができます。

農地バンクとは農地中間管理機構の通称です。

農地を貸したい所有者などから農地を借り受け、規模拡大を目指す農業者などへ貸し付けます。

所有者不明農地についても、

農地を行政が取り上げる

のではなく、

農地バンクを通じて利用権を設定し、農地として使い続ける

という考え方になっています。

最大40年の利用権を設定できる

共有者不明農地については、一定の手続きを経ることで農地バンクに長期間の利用権を設定できる仕組みがあります。

現在は最大40年とされています。

40年という期間は非常に長く感じるかもしれません。

しかし農業をする側からすると、長期間安定して農地を利用できることには大きな意味があります。

農業では、

農地を整備する

土壌を改良する

農業機械を購入する

水利を整える

周辺農地と一体的に経営する

など、長期的な投資が必要になることがあります。

数年後に返さなければならない可能性が高い農地では、大きな投資をしにくくなります。

長期間利用できる仕組みは、担い手が安心して農地を経営に組み込むためにも重要なのです。

所有権が農地バンクへ移るわけではない

最大40年という言葉から、

40年間農地を取られてしまうのではないか

と思うかもしれません。

しかし利用権と所有権は別です。

農地バンクが農地の所有者になる制度ではありません。

一定期間その農地を利用できる権利を設定し、実際に農業をする担い手へつなげる仕組みです。

共有者の所有権そのものを消滅させる制度ではありません。

ここでも、

誰が所有するのか

誰が利用するのか

を分けて考えることが重要になります。

分からない共有者の利益も無視されない

共有者が分からないからといって、その人の経済的な利益まで無視してよいわけではありません。

所有者不明農地を利用する制度では、分からない共有者の権利を保護するための仕組みも設けられています。

農地を利用する必要性と財産権の保護を両立させることが重要だからです。

この制度は、

所有者が分からないから自由に使ってよい

という制度ではありません。

法律上必要な探索や公示などを行ったうえで、一定期間農地として利用できるようにする制度です。

相続人1人だけの意思で自由に貸せるわけではない

ここは特に注意が必要です。

相続人が1人だけ判明していれば、その1人が自由に農地全体を貸せるという意味ではありません。

例えばAさんしか相続人が分からないとしても、Aさん以外の共有者が存在する可能性があります。

Aさんが、

私が貸すと決めたので明日から自由に使ってください

と農家へ直接貸せるわけではありません。

一定の探索や公示など、法律に定められた手続きを利用する必要があります。

つまり、

相続人が1人分かれば自由に貸せる

のではなく、

相続人全員が分からなくても制度上の手続きを利用して貸せる場合がある

ということです。

農地バンクを使う意味は権利関係の調整にもある

農地バンクというと、農地を貸したい農家と借りたい農家を仲介する組織というイメージを持つかもしれません。

しかし、その役割は単純な仲介だけではありません。

相続や所有者不明によって複雑になった農地についても、制度上の手続きを利用しながら実際の担い手へつなげる役割があります。

農業者同士だけでは解決しにくい権利関係の問題に、行政や農地バンクが関与することで農地利用を進めるわけです。

農地の集約にも大きな意味がある

所有者不明農地の問題は、一枚の農地だけの問題ではありません。

例えば担い手が周囲の20枚の田んぼをまとめて耕作したいとします。

19枚は借りられました。

ところが真ん中にある1枚だけ所有者が分かりません。

この1枚が使えないために、農業機械の効率的な利用が難しくなることがあります。

農地はまとまっているほど効率的に利用できる場合があります。

そのため所有者不明農地を利用できるようにすることは、農地集約や農業生産性の向上にもつながります。

2024年の相続登記義務化は将来の予防策になる

2024年4月から相続登記が義務化されました。

これによって、今後発生する相続については登記名義が何世代も前の人のまま残り続けるケースを減らすことが期待されています。

しかし相続登記をするだけで、共有者の増加そのものを防げるわけではありません。

10人が共有で相続すれば、10人の共有者として登記されることになります。

誰が所有しているか分からない問題には対応できますが、権利が細かく分散する問題は残ります。

そのため農地相続では、登記だけでなく農地を誰に集約するのかという視点も重要になります。

農地信託はさらにその前の段階を考える

今回検討されている農地信託は、所有者不明農地制度とは時間軸が異なります。

共有者不明農地の制度は、すでに相続などによって権利関係が複雑になった農地をどう利用するかという対策です。

一方、農地信託は所有者が元気なうちから農地管理を特定の親族などへ託し、将来の権利分散を防ぐことを目指す仕組みとして検討されています。

つまり農地政策は、

所有者が分からなくなった農地を動かす

だけではなく、

そもそも所有者や管理者が分からなくなる状態を生み出さない

という方向へ広がっていると考えられます。

結論

相続人が1人しか分からない農地でも、それだけを理由に永久に利用できなくなるわけではありません。

相続未登記や世代をまたぐ相続によって共有者の一部を確認できない農地については、農業委員会による探索や2か月の公示など、一定の手続きを経て農地バンクにつなげる仕組みがあります。

そして一定の場合には、農地バンクに最大40年の利用権を設定し、実際に農業をする担い手へ農地を貸し付けることができます。

ただし、判明している相続人1人が自由に農地全体を貸せるという意味ではありません。

分からない共有者にも財産権があるため、法律で定められた探索や公示などの手続きが必要です。

重要なのは、すべての共有者が見つかるまで農地を放置するのではなく、財産権を保護する手続きを取りながら農地として利用し続けられる仕組みが用意されていることです。

相続登記の義務化は将来の所有者不明化を防ぎ、農地バンクの制度はすでに複雑になった農地を担い手へつなぎます。

さらに今回検討されている農地信託が加われば、所有者が元気な段階から将来の管理方法を決め、権利が複雑になること自体を防ぐという対策も考えられます。

農地政策は、所有者不明になってから探す仕組みから、所有者不明になる前に管理を設計する仕組みへと広がりつつあるのです。

参考

日本経済新聞 2026年8月26日 朝刊 農地の相続分散に歯止め

日本経済新聞 2026年8月26日 朝刊 農地法 住宅や工場への転用規制

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