相続によって一枚の農地を兄弟や親族で共有することになった場合、自分たちでは農業をしないので、地域の農家へ貸したいと考えることがあります。
ところが共有農地では、誰か一人が貸したいと思っただけで農地全体を自由に貸せるわけではありません。
一方で、何をするにも共有者全員の同意が必要というわけでもありません。
重要になるのが、共有者の人数ではなく共有持分です。
農地を貸す場合には貸付期間などによって法律上の扱いが異なり、さらに農地バンクを利用する仕組みもあります。
相続で共有者が増えた農地を動かすためには、何人が賛成しているかではなく、誰がどれだけの持分を持っているのかを見る必要があります。
共有農地では一人一票ではない
例えば父親が所有していた農地を3人の子どもが相続したとします。
長男が2分の1
次男が4分の1
長女が4分の1
の共有持分を持っているとします。
この場合、共有者は3人です。
しかし、農地について意思決定するときに、必ず一人一票で多数決をするわけではありません。
共有物の管理については、民法上、共有持分の価格に従って判断する仕組みがあります。
つまり共有者の人数と共有持分の割合は別のものとして考える必要があります。
共有持分とは農地全体に対する権利の割合
共有持分とは、一つの農地全体について各共有者が持っている所有権の割合です。
例えば6000平方メートルの農地を長男と次男が2分の1ずつ共有しているとします。
長男が3000平方メートル、次男が残り3000平方メートルを所有しているという意味ではありません。
2人とも6000平方メートルの農地全体について2分の1ずつの権利を持っています。
そのため共有農地をどう管理するのかについては、持分割合が重要になります。
共有物の変更と管理ではルールが違う
共有農地について考えるときには、何をしようとしているのかを区別する必要があります。
例えば農地全体を売却する行為と、一定期間誰かに貸す行為では性質が違います。
共有物そのものを処分するような重要な変更については、原則として共有者全員の同意が必要になります。
これに対して共有物の管理に関する事項については、原則として共有持分の価格の過半数で決める仕組みがあります。
農地を貸す場合にも、契約期間などによって管理行為として扱えるかどうかが重要になります。
したがって、共有農地なら常に過半数だけで何年間でも自由に貸せるという意味ではありません。
農地の賃貸借には特別なルールもある
さらに農地の場合には、一般的な土地の共有ルールだけで考えることはできません。
農地法などによる規制があるからです。
農地を第三者へ貸し、その人が耕作する場合には、農地として適正に利用されるよう法律上の手続きが設けられています。
一般的な土地なら共有者間の民法上の問題を整理すればよい場合でも、農地では農地法や農業経営基盤強化促進法など農地制度上の手続きを考える必要があります。
そこで重要な役割を持つのが農地バンクです。
農地バンクとは農地を担い手へつなぐ仕組み
農地バンクとは、農地中間管理機構の通称です。
各都道府県に設けられています。
農地を貸したい所有者などから農地を借り受け、それを農業の規模を拡大したい担い手などへ貸し付けます。
例えば高齢になって農業を続けられなくなった農家がいるとします。
自分では農業をしないものの、農地を荒らしたくはありません。
そこで農地バンクを通じて地域の担い手へ貸すことが考えられます。
農地バンクには、細かく分散した農地をまとめ、効率的に利用できるようにする役割もあります。
相続による共有農地でも農地バンクを利用できる
農地バンクが特に重要になるのが、相続によって共有状態になった農地です。
例えば祖父名義だった農地について相続が繰り返され、現在では複数の親族が共有持分を持っているとします。
全員が農業をしているとは限りません。
むしろ都市部で会社員として働いている人や、農地から遠く離れて暮らしている人もいるでしょう。
このような農地について、共有者全員が自分で農業をする必要はありません。
農地バンクを通じ、実際に農業をする担い手へ貸し付ける方法があります。
過半数とは人数ではなく共有持分で考える
ここで重要なのが、過半数という言葉です。
例えば共有者が5人いるとします。
それぞれの持分が、
長男40パーセント
次男30パーセント
長女10パーセント
孫10パーセント
孫10パーセント
だったとします。
長男と次男が農地を貸すことに賛成すれば、賛成者は2人です。
人数では5人中2人なので半数以下です。
しかし持分を合計すると、
40パーセントと30パーセントで70パーセント
になります。
持分では過半数を超えています。
逆に、次男、長女、2人の孫の4人が賛成したとしても、
30パーセントと10パーセントと10パーセントと10パーセントで60パーセント
です。
人数が多いことと持分が大きいことは同じではありません。
共有農地では、この違いを理解する必要があります。
2分の1ではなく2分の1を超える必要がある
過半数という場合には、ちょうど2分の1では足りません。
2分の1を超える必要があります。
例えば兄と弟が農地を2分の1ずつ共有している場合、兄だけでは過半数になりません。
兄の持分はちょうど50パーセントだからです。
一方、
兄が60パーセント
弟が40パーセント
という共有状態であれば、兄だけで持分の過半数を持っています。
このように同じ2人の共有でも、持分割合によって状況は変わります。
相続を繰り返すと同意を集めにくくなる
最初は兄弟2人だけの共有だったとしても、相続を繰り返すと共有者が増えていきます。
例えば兄の持分を3人の子どもが相続し、弟の持分を2人の子どもが相続すれば、一枚の農地について5人が共有者になります。
さらに次の相続が起これば、10人以上になることもあります。
共有者が増えるほど、
誰が現在の共有者なのか
それぞれ何パーセント持っているのか
どこに住んでいるのか
農地を貸すことに賛成しているのか
を確認する作業が難しくなります。
この権利分散が、農地を有効利用するうえで大きな障害になります。
全員の同意を求めると農地が動かなくなる
例えば20人の共有者がいる農地を想像してみます。
19人は農地バンクへ貸すことに賛成しています。
しかし残る1人は遠方に住んでおり、連絡が取れません。
もしどのような貸借でも必ず全員の同意が必要であれば、その1人のために農地を貸せなくなる可能性があります。
その間にも農地は荒れていきます。
一方、地域にはその農地を借りて規模を拡大したい農業者がいるかもしれません。
こうした農地を動かせるようにするため、共有農地や所有者の一部が分からない農地についても、農地バンクを活用するための仕組みが整備されています。
農地バンクは権利分散への対応策にもなる
農地バンクは単なる農地の仲介サービスではありません。
農地の所有と利用を分け、実際に農業をする担い手へ農地を集約する政策的な役割を持っています。
農地を相続した人が農業をしない場合でも、
所有者は農地を保有する
農地バンクが間に入る
担い手が農地を利用する
という形を作ることができます。
相続によって農地所有者と農業者が一致しなくなっている現在では、この仕組みが重要になっています。
共有者の一部が分からない場合にも制度がある
さらに問題になるのが、共有者全員を把握できないケースです。
例えば登記簿には亡くなった祖父の名前が残っています。
相続人を調べると何人かは判明しました。
しかし、その後の相続が繰り返されており、現在の共有者全員を簡単には確認できません。
従来であれば、このような農地を貸すことは非常に困難でした。
現在は、所有者や共有者の一部が分からない農地について、農業委員会による探索や公示など一定の手続きを経て、農地バンクを利用できる制度があります。
全員が判明するまで農地を放置するのではなく、農地として利用し続けることを優先する考え方です。
売却では貸借とは事情が違う
ここで注意したいのが、農地を貸すことと売ることの違いです。
共有農地全体を売却すれば、共有者はその農地に対する所有権そのものを失います。
そのため、農地全体の売却は原則として共有者全員の同意が必要になります。
例えば10人の共有者のうち9人が売却に賛成していても、残る1人の持分まで他の共有者が勝手に売却することはできません。
一方、一定の範囲の貸借は共有物の管理として扱われる場合があります。
農地を、
貸す場合
売る場合
では必要となる合意の考え方が異なるため、区別する必要があります。
農地を動かすためには持分の整理が重要になる
共有農地では、単に共有者の名前を確認するだけでは十分ではありません。
それぞれがどれだけの共有持分を持っているのかを確認する必要があります。
例えば10人の共有者がいたとしても、1人が80パーセントを持っている場合と、10人が10パーセントずつ持っている場合では状況が大きく異なります。
相続登記を適切に行い、現在の共有者と共有持分を明確にしておくことは、将来農地を貸したり処分したりするときにも重要になります。
農地信託の議論にもつながる
共有農地の問題をたどっていくと、今回検討されている農地信託の意味も分かります。
所有者が元気なうちには一人で所有していた農地でも、死亡して複数の子どもが相続すれば共有になる可能性があります。
さらに相続を繰り返せば共有持分は細分化します。
そこで相続が発生する前から農地管理を特定の親族などに託せる仕組みを作れば、管理上の意思決定が細かく分散することを防げる可能性があります。
農地信託は、農地を誰が所有するのかという問題だけではなく、農地を利用するための意思決定を誰が担うのかという問題への対応策でもあるのです。
結論
共有農地を貸すときに重要なのは、共有者が何人いるのかだけではありません。
誰がどれだけの共有持分を持っているのかを見る必要があります。
共有物の管理に関する事項については、原則として共有持分の価格の過半数で決める仕組みがあります。
ただし、農地の貸借では貸付期間や農地法などの特別なルールが関係するため、共有持分の過半数さえあればどのような契約でも自由にできるという意味ではありません。
一方、相続によって共有化した農地を有効利用するため、農地バンクを活用できる仕組みが整えられています。
ここでいう過半数は人数の過半数ではなく、共有持分の過半数で考えることが重要です。
農地を売却する場合には原則として共有者全員の同意が必要になるため、貸す場合との違いにも注意する必要があります。
相続が繰り返されるほど共有者は増え、持分は細分化します。
農地そのものは存在し、耕したい農業者もいるのに、所有者側の権利関係が複雑なため利用できないという問題が起こります。
農地バンクの仕組みや今回検討されている農地信託は、こうした権利の分散によって農地が動かなくなることを防ぎ、実際に農業をする担い手へ農地をつないでいくための制度として重要になっています。
参考
日本経済新聞 2026年8月26日 朝刊 農地の相続分散に歯止め
日本経済新聞 2026年8月26日 朝刊 農地法 住宅や工場への転用規制