一枚の田んぼや畑を、一人ではなく複数の人が所有していることがあります。
これが共有農地です。
農地を兄弟で一緒に購入したというケースもありますが、共有農地が生まれる大きなきっかけの一つが相続です。
農地を持っていた親が亡くれ、遺産分割をしないまま複数の相続人が権利を持つ。
その相続人が亡くれ、さらに次の世代へ権利が移る。
こうした相続が繰り返されると、一枚の農地について何人もの親族が権利を持つ状態になることがあります。
農林水産省が農地について信託の活用を検討している背景にも、この相続による農地の権利分散があります。
共有とは一つの財産を複数人で所有すること
共有とは、一つの財産について複数の人が所有権を持っている状態です。
例えば3000平方メートルの農地を兄と弟の2人で共有しているとします。
兄が2分の1、弟が2分の1の権利を持っているケースを考えます。
この場合、単純に農地の東半分が兄、西半分が弟のものになるわけではありません。
農地全体について、それぞれが一定割合の権利を持っています。
この割合を共有持分といいます。
兄は農地全体について2分の1の共有持分を持ち、弟も農地全体について2分の1の共有持分を持っているという考え方です。
共有持分は土地の面積そのものではない
共有農地を理解するときに重要なのが、共有持分と実際の土地の場所を区別することです。
例えば1ヘクタールの農地を兄弟2人が2分の1ずつ共有しているとします。
兄が北側5000平方メートルを所有し、弟が南側5000平方メートルを所有しているという意味ではありません。
それぞれが1ヘクタールの農地全体について2分の1の権利を持っています。
このため、農地全体をどう利用するかについては他の共有者との関係が重要になります。
共有者が増えるほど、この調整が難しくなっていきます。
相続が共有農地を生みやすい
農地が共有になる代表的な場面が相続です。
例えば父親が農地を単独で所有していたとします。
母親はすでに亡くなっており、相続人は長男、次男、長女の3人です。
父親が亡くなると、農地も相続財産になります。
遺産分割協議をして、
農地は長男が取得する
預金は次男と長女が取得する
といった形できちんと分ければ、農地を一人に集約することができます。
しかし、必ずしもすぐに遺産分割が行われるとは限りません。
遺産分割前の農地は共同相続の状態になる
相続人が複数いる場合、遺産分割が終わるまで、相続財産は相続人による共有状態になります。
農地についても同じです。
父親が亡くなったものの、
農地は価値が低いから後で考えよう
誰も農業をしないから決められない
売れるかどうか分からない
兄弟が遠く離れて暮らしている
といった理由で話し合いが先送りされることがあります。
その間にも農地の権利関係は存在します。
誰も欲しがらないから所有者がいないという状態になるわけではありません。
農地は遺産分割が後回しになりやすい
自宅や預金であれば、相続人が強い関心を持つことがあります。
誰が自宅を取得するのか。
預金をどう分けるのか。
こうした問題は相続時に話し合われやすいものです。
一方、地方の農地では事情が異なる場合があります。
相続人全員が都市部で生活している。
誰も農業をする予定がない。
農地の売却価格も高くない。
管理には手間がかかる。
このような場合、積極的に農地を取得したい相続人が現れないことがあります。
結果として農地について十分な遺産分割が行われず、権利関係の整理が後回しになりやすくなります。
相続登記をしなくても相続そのものは発生する
かつては不動産の相続登記が義務ではなかったため、亡くなった祖父や曾祖父の名義のまま農地が残っているケースもありました。
しかし、登記名義が変わっていないからといって、相続が起きていないわけではありません。
所有者が死亡すれば相続は発生します。
その相続人が死亡すれば、さらに次の相続が発生します。
登記簿上は祖父の名前のままでも、実際の権利関係を調べていくと多数の相続人が存在するということが起こります。
これが所有者の把握を難しくする原因の一つです。
2024年から相続登記が義務化された
こうした所有者不明土地問題などへの対応として、2024年4月から相続登記が義務化されました。
不動産を相続したことを知った相続人は、原則としてその事実を知った日から3年以内に相続登記を申請する必要があります。
農地も不動産なので対象です。
相続登記の義務化によって、今後は登記名義が何世代も前の人のまま放置されるケースを減らすことが期待されています。
ただし、相続登記をすれば共有問題そのものがなくなるわけではありません。
複数の相続人が共有で取得すれば、その共有関係が登記に反映されるだけだからです。
世代交代で共有者が増えていく
共有農地の大きな問題は、一度共有状態になると、その後の相続によって共有者がさらに増える可能性があることです。
例えば兄と弟が2分の1ずつ農地を共有しているとします。
兄には2人の子どもがいます。
兄が亡くなり、その持分を2人の子どもが均等に相続したとします。
すると、
弟が2分の1
兄の長男が4分の1
兄の次男が4分の1
という状態になります。
農地は一枚のままですが、共有者は2人から3人に増えました。
さらに次の相続で細分化する
今度は弟が亡くれ、弟にも3人の子どもがいたとします。
弟の2分の1の持分を3人で均等に相続すれば、それぞれ6分の1の持分を取得します。
すると一枚の農地について、
4分の1
4分の1
6分の1
6分の1
6分の1
という持分を持つ5人の共有者が存在することになります。
さらにこの5人が亡くなれば、その子どもや配偶者へ持分が相続される可能性があります。
相続を繰り返すほど共有者が増え、持分が細かくなっていくわけです。
農地は増えていないのに所有者だけ増える
ここが農地相続問題の重要なところです。
相続が何回起きても、農地そのものの面積が増えるわけではありません。
一枚の田んぼは一枚のままです。
しかし、その農地について権利を持つ人だけが増えていきます。
例えば1000平方メートルの農地について、
最初は祖父1人
次に子ども3人
その次に孫8人
さらにその次に十数人
という状態になる可能性があります。
物理的には一枚の農地なのに、法律上の権利関係だけが複雑になっていくのです。
共有者同士が知らない関係になることもある
最初の相続では兄弟同士なので、お互いの連絡先も分かるでしょう。
ところが相続が何世代も続けば状況が変わります。
いとこ同士。
いとこの子ども同士。
さらにその次の世代。
このように関係が広がると、一度も会ったことがない人同士が同じ農地の共有者になる可能性があります。
海外へ移住している共有者がいることも考えられます。
住所が分からない人がいるかもしれません。
亡くなった共有者について相続手続きが行われていないこともあります。
こうなると、農地について何か決めようとしても、まず現在の権利者が誰なのかを確認するところから始めなければなりません。
共有者が増えると農地利用が難しくなる
共有農地で問題になるのが意思決定です。
例えば地域の農家から、
この農地を10年間貸してほしい
と申し出があったとします。
一人の所有者であれば、その人が条件を確認して判断できます。
しかし共有農地では、他の共有者との関係を考えなければなりません。
さらに農地全体を売却するとなれば、原則として共有者全員の合意が必要になります。
10人の共有者のうち9人が売却に賛成していても、残る1人との調整ができなければ農地全体を自由に売却することはできません。
人数ではなく持分が重要になる場合がある
共有農地について何かを決めるときには、単純な人数だけで判断するとは限りません。
共有物の管理に関する意思決定では、共有持分の割合が重要になります。
例えば共有者が3人いて、
長男が60パーセント
次男が20パーセント
長女が20パーセント
の持分を持っているとします。
人数だけ見れば長男は3人のうち1人です。
しかし持分では過半数を持っています。
共有農地を貸す場合などには、どれだけの人数が賛成しているかだけではなく、どれだけの共有持分について同意があるのかを見る必要があります。
この点は次の記事で詳しく取り上げます。
売却ではさらに合意形成が難しくなる
共有農地全体を売却することは、共有物そのものを処分する行為です。
そのため原則として共有者全員の同意が必要になります。
例えば20人の共有者がいる農地を売却しようとすれば、20人全員との調整が必要になる可能性があります。
その中に、
連絡先が分からない人
海外にいる人
認知症で判断能力が低下している人
亡くなっているものの相続手続きが終わっていない人
などがいれば、さらに複雑になります。
農地を買いたい担い手がいても、所有者側の問題によって売買できないことがあるわけです。
農地を使いたい人がいても使えない問題が起こる
日本の農業では、農業者の減少と同時に農地の集約が重要な課題になっています。
規模を拡大したい農業者からすると、自分の農地の隣にある田んぼを借りられれば、効率的に農業ができる場合があります。
しかし、その農地が多数の相続人による共有状態になっていると、貸借の手続きが進まないことがあります。
農地がないから農業を拡大できないのではありません。
農地は存在する。
耕したい人もいる。
しかし権利関係が複雑で動かせない。
こうした状態が農地集約の障壁になります。
耕作放棄につながる可能性もある
共有者全員が農業をしていない場合、農地管理への関心そのものが低くなることがあります。
一人当たりの持分が小さくなれば、
自分だけが管理費用を負担したくない
自分の土地という実感がない
遠方なので現地の状況が分からない
という問題も生じます。
その結果、誰も積極的に農地を管理せず、荒廃していく可能性があります。
権利の細分化は単なる登記上の問題ではなく、農地を実際に利用できるかどうかに直結する問題なのです。
所有者不明農地にもつながっていく
相続が繰り返され、登記や遺産分割が十分に行われないと、現在の所有者を簡単に把握できなくなることがあります。
農林水産省によると、2025年3月末時点で、所有者が不明だったり所有者が近隣に住んでいなかったりする農地は全国で106万ヘクタールに達しています。
全国の農地のおよそ2割に相当します。
共有農地の増加と所有者不明農地の問題は無関係ではありません。
相続によって権利者が増え、その所在確認が難しくなるほど、農地を利用するための調整コストも大きくなります。
農地信託が検討される理由も権利分散にある
今回、農林水産省が農地について信託を活用しやすくすることを検討している大きな目的の一つが、相続による権利分散を防ぐことです。
例えば農地所有者が元気なうちに、農業に理解のある子どもなどへ農地管理を託す仕組みを作ることができれば、相続が発生するたびに管理主体が分散することを防げる可能性があります。
農地そのものを誰が相続するのかという問題だけではなく、
誰が農地管理の意思決定をするのか
という部分を安定させる考え方です。
農業をする人と管理する人を分けながら、農地利用を継続する仕組みが求められています。
結論
共有農地とは、一つの農地について複数の人が所有権を持っている状態です。
それぞれの共有者は農地の特定部分を所有するのではなく、農地全体について一定割合の共有持分を持ちます。
共有農地が生まれる大きな原因の一つが相続です。
農地所有者が亡くれ、複数の相続人による共有状態になり、その相続人がさらに亡くれると、持分が次の世代へ細かく分かれていきます。
農地そのものは一枚のままでも、所有者だけが増えていくのです。
共有者が増えるほど、農地を貸したり売ったりするときの合意形成は難しくなります。
さらに相続登記が十分に行われていなければ、現在の権利者を確認すること自体が難しくなり、農地を利用したい担い手がいても動かせない状態につながります。
農地相続で重要なのは、財産を公平に分けることだけではありません。
農地という生産基盤を将来も利用できる状態で残せるかという視点が必要です。
今回検討されている農地信託も、相続が発生するたびに農地の管理権限が多数の親族へ分散していく問題を、生前の段階から防ぐための仕組みとして位置付けることができます。
参考
日本経済新聞 2026年8月26日 朝刊 農地の相続分散に歯止め
日本経済新聞 2026年8月26日 朝刊 農地法 住宅や工場への転用規制