事業承継税制の雇用確保要件とは何か 従業員が減っても納税猶予を続けられる場合がある理由編

税理士
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事業承継税制は、中小企業の後継者が非上場株式を相続や贈与によって取得したとき、一定の要件を満たせば相続税や贈与税の納税を猶予できる制度です。

ただし、税負担を大幅に軽減する以上、会社を引き継いだ後も事業を継続することが求められます。

その際、長く重要な条件とされてきたのが従業員の雇用です。

事業承継税制には、一定期間の平均で従業員数の8割を維持するという考え方があります。

一方、現在の特例措置では、この雇用要件が弾力化されています。

人手不足や事業環境の変化によって従業員が減っただけで、直ちに納税猶予が打ち切られる仕組みではありません。

今回検討されている新しい免税制度では、従来の雇用維持だけでなく「賃上げ」が重要な条件になる可能性があります。

従来は8割の雇用維持が重要だった

事業承継税制では、税負担を軽減する代わりに、会社を存続させて従業員の雇用を守るという考え方が重視されてきました。

そこで設けられたのが、いわゆる雇用確保要件です。

基本的な考え方は、事業承継後5年間の平均で、承継時の従業員数の8割以上を維持するというものです。

例えば、事業承継時に従業員が20人いた会社を考えてみます。

20人の8割は16人です。

制度上の具体的な判定方法に従う必要がありますが、考え方としては事業承継後も一定水準の雇用を維持することが求められてきました。

税制によって会社を守るのであれば、その会社で働く従業員の雇用も守ってもらおうという発想です。

なぜ雇用維持が条件になったのか

事業承継税制は、単に経営者一族の相続税を軽減するための制度ではありません。

中小企業そのものを存続させる政策でもあります。

中小企業が廃業すると、経営者だけの問題では済みません。

従業員が職を失う可能性があります。

取引先が仕事を失うこともあります。

地域の雇用や経済にも影響します。

そのため、税負担を大幅に軽減する代わりに、後継者には一定の事業継続や雇用維持を求める考え方が採用されました。

税制優遇と雇用維持を組み合わせることで、事業承継を地域経済の維持につなげようとしたわけです。

8割要件が事業承継の壁になることもあった

一方、経営者から見ると、雇用維持要件には難しい面があります。

会社の従業員数は、経営者だけで完全にコントロールできるものではないからです。

例えば、事業承継後に景気が悪化することがあります。

大口の取引先を失うこともあります。

従業員が自己都合で退職することもあります。

地方では、募集しても新しい従業員を採用できない場合があります。

さらに、機械化やDXによって必要な従業員数そのものが減ることもあります。

企業が生き残るために合理化を進めた結果、従業員数が減少するケースも考えられます。

それにもかかわらず、一定の従業員数を維持できなければ多額の税金を納めなければならないとなれば、後継者は事業承継税制の利用に慎重になります。

雇用を守るための条件が、逆に事業承継をためらわせる要因になりかねません。

特例措置では雇用要件が弾力化された

こうした問題を踏まえ、2018年度税制改正で創設された特例措置では、雇用確保要件の扱いが大幅に弾力化されました。

特例措置でも、事業承継後5年間の平均で従業員数の8割以上を確保するという基準そのものはあります。

しかし、8割を下回ったからといって、それだけを理由に直ちに納税猶予が打ち切られる仕組みではありません。

一定の手続きを行うことによって、納税猶予を継続できる仕組みになっています。

これは特例措置の重要な特徴です。

会社を存続させるために必要な経営判断と、税制上の雇用維持要件が過度に衝突しないようにしています。

従業員が減った理由を説明する

特例措置では、事業承継後の一定期間に雇用が8割を下回った場合、その理由などを記載した報告を行う仕組みがあります。

例えば、

経営環境が悪化した

従業員が退職した

採用活動をしても人材を確保できなかった

生産性向上のため業務を効率化した

といった事情が考えられます。

重要なのは、単純に従業員数という数字だけで制度の適用を判断しないことです。

会社が置かれている経営環境や、雇用が減少した理由も考慮する仕組みになっています。

中小企業では数人の退職だけでも従業員数が大きく変動します。

例えば従業員5人の会社なら、1人減るだけで20%減少します。

大企業と同じ感覚で人数だけを見ると、中小企業には厳しい制度になってしまいます。

人手不足の時代には雇用人数だけでは測れない

現在の中小企業を取り巻く環境では、人手不足が大きな経営課題になっています。

会社が雇用を減らしたいのではなく、求人を出しても人が集まらない企業も少なくありません。

さらに、企業が成長する方法も変化しています。

以前なら売上を増やすために従業員を増やすことが一般的でした。

しかし現在では、DXやAI、ロボット、業務システムなどを活用し、少ない人数で生産性を高める経営も重要になっています。

従業員数が減ったからといって、必ずしも会社が縮小しているとは限りません。

10人で行っていた仕事を8人で行いながら、一人当たりの給与を増やすという経営も考えられます。

その意味では、企業への税制優遇を評価するとき、単純な雇用人数だけではなく、賃金や生産性を見る必要性が高まっています。

今回は雇用維持から賃上げへ軸が移る可能性がある

今回、経済産業省が検討している事業承継税制の見直しでは、賃上げが重要なキーワードになっています。

成長投資や賃上げに積極的に取り組む企業について、相続税や贈与税を免税とすることが検討されています。

ここには従来の雇用確保要件とは少し異なる考え方があります。

従来は、

何人の雇用を維持したか

という量的な側面が重視されてきました。

これに対して賃上げでは、

従業員にどれだけ給与を還元したか

という側面が重要になります。

例えば、従業員数が20人から18人に減っていても、一人一人の給与を大きく引き上げている企業があります。

逆に、従業員数20人を維持していても給与がほとんど増えていない企業もあります。

どちらをより積極的に支援するのかという政策判断が必要になります。

賃上げ要件には別の難しさもある

ただし、賃上げを条件にすればすべて解決するわけではありません。

中小企業の業績は毎年一定ではないからです。

原材料価格が急騰することがあります。

取引先からの受注が減ることもあります。

災害や景気後退など、経営者にはコントロールできない事情もあります。

一度賃金を引き上げれば、その後も固定費として負担が続きます。

そのため、相続税や贈与税を免除する条件として非常に高い賃上げ率を求めれば、かえって制度を利用できる企業が少なくなる可能性があります。

どの程度の賃上げを求めるのか。

給与総額で判断するのか。

一人当たり給与で判断するのか。

何年間継続する必要があるのか。

今後の制度設計では、こうした点が重要になります。

事業承継税制は会社を残す制度から成長させる制度へ変わる

雇用確保要件の変化を見ると、事業承継税制そのものの政策目的が変化していることが分かります。

従来は、経営者の高齢化によって中小企業が廃業し、雇用が失われることを防ぐことが大きな目的でした。

そのため、会社を存続させ、従業員数を維持することが重視されました。

しかし現在は、人手不足が深刻化し、企業には生産性向上と賃上げが求められています。

そのため今後は、

会社を残す

雇用を守る

生産性を高める

賃金を上げる

というところまで事業承継税制に求められる可能性があります。

税制を利用して世代交代を促すだけでなく、承継を企業変革のきっかけにしようとしているわけです。

結論

事業承継税制の雇用確保要件とは、税負担を軽減して会社を承継しやすくする代わりに、一定の雇用を維持してもらうために設けられた仕組みです。

従来は、事業承継後5年間の平均で従業員数の8割以上を維持することが重要な基準となってきました。

しかし、景気変動や人手不足などによって従業員数が減ることもあります。

そのため特例措置では、8割を下回ったことだけを理由に直ちに納税猶予を打ち切るのではなく、一定の手続きを行うことで猶予を継続できるよう要件が弾力化されています。

そして今回検討されている新しい免税制度では、従業員数の維持だけではなく、賃上げや成長投資が重要な条件になる可能性があります。

事業承継税制は「何人雇っているか」を重視する制度から、「承継後に会社をどれだけ成長させ、従業員へ成果を還元したか」まで見る制度へ変わっていく可能性があります。

参考

日本経済新聞 2026年8月23日 朝刊 相続・贈与税、賃上げで免除 中小、事業承継しやすく 経産省要望へ

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