政府が企業や個人を支援する方法には、大きく分けて二つあります。
一つは補助金や給付金のように、政府がお金を直接支出する方法です。
もう一つは租税特別措置のように、一定の条件を満たした企業や個人の税負担を軽くする方法です。
どちらも政策目的を実現するための手段ですが、長期間続けば、本当に現在も必要なのかという検証が欠かせません。
こうした政府支出や税制優遇を総点検し、政策効果の低いものを見直して財源を生み出そうという取り組みが、日本版DOGEと呼ばれています。
今回の租税特別措置をめぐる議論でも重要な背景になっています。
日本版DOGEとは何か
DOGEという名称は、米国で政府支出や行政の効率化を進める取り組みに使われた名称に由来します。
日本でも、補助金や基金、租税特別措置などを点検し、効果の低い政策を廃止したり縮小したりする取り組みを日本版DOGEと呼ぶことがあります。
基本的な考え方は単純です。
政府が行っている政策を一度並べ、
現在も必要なのか
期待した効果が出ているのか
費用に見合った成果があるのか
もっと効率的な方法はないのか
を確認します。
そして効果の低い政策を整理し、そこで生まれた財源を別の政策へ振り向けます。
なぜ政府の政策を総点検する必要があるのか
政策には、それぞれ導入された理由があります。
景気が悪化したため企業を支援する。
新しい産業を育成するため設備投資を支援する。
少子化対策として子育て世帯を支援する。
高齢化に対応するため高齢者住宅の建設を促す。
制度を導入した時点では必要性が高かったとしても、10年、20年後まで同じとは限りません。
経済環境や社会構造が変われば、政策の必要性も変化します。
ところが一度始めた政策には利用者が生まれます。
その結果、制度を廃止することが難しくなります。
そこで定期的に政策を総点検する必要があります。
補助金は政府支出として見えやすい
例えば政府が企業へ1000億円の補助金を出すとします。
政府の予算には1000億円の支出として計上されるため、財政負担が比較的分かりやすくなります。
国会で予算を審議するときにも、
なぜ1000億円必要なのか
何社が利用するのか
どのような効果が期待できるのか
といった点が問題になります。
予算としてお金を出すため、政策コストが目に見えやすいのです。
租特は財政コストが見えにくい
一方、租税特別措置は少し違います。
例えば企業が設備投資をすると法人税を1000億円軽減する制度があるとします。
政府から企業へ1000億円を振り込むわけではありません。
そのため補助金のような支出には見えません。
しかし本来徴収できた税金を1000億円減らしているのであれば、財政には1000億円規模の影響があります。
税金を取ってから補助金として返すのか。
最初から税金を取らないのか。
方法は違いますが、どちらも政策のために公的な財源を使っているという面があります。
このため租特も補助金と同じように政策効果を検証する必要があります。
基金も点検対象になる
政府の支援策には基金という仕組みもあります。
一定の政策を複数年度にわたって実施するため、まとまった資金を基金として積み立てて事業を行います。
単年度予算では対応しにくい長期的な事業を進められることが利点です。
一方、基金に多額の資金が積み上がり、十分に使われていない場合には問題になります。
当初必要だと考えた金額と実際の支出に大きな差があれば、余った資金を国庫へ返納することも考えられます。
日本版DOGEの考え方では、補助金や租特だけでなく、こうした政府のさまざまな支援制度を横断的に見ることが重要になります。
各省庁による自主点検とは何か
政策を実施しているのは、それぞれの省庁です。
そこで各省庁が自ら所管する補助金や租特などを点検し、
政策目的は現在も存在するか
利用実績は十分か
政策効果は確認できるか
廃止や縮小が可能か
などを検討します。
これが自主点検です。
制度を最も詳しく知っている省庁自身が検証するため、政策の実情を踏まえた評価ができるという利点があります。
しかし自主点検には難しい問題もあります。
自分でつくった制度を自分で廃止する難しさ
例えばある省庁が企業支援のための税制優遇を所管しているとします。
その制度を廃止すれば、その省庁が政策を実行するための手段が一つ減ります。
制度を利用している企業や業界団体からも存続を求められる可能性があります。
さらに制度を廃止することは、
これまでの政策に十分な効果がなかった
と受け止められる可能性もあります。
そのため制度を所管する省庁自身が、
この政策はもう必要ありません
と判断することは簡単ではありません。
自主点検だけでは大胆な見直しが進みにくい理由の一つです。
廃止の方向を明記したのは1件
今回の記事では、日本版DOGEの取り組みとして各省庁が自主点検した結果、廃止の方向を明記したものは1件にとどまったとされています。
日本維新の会は、この結果を問題視しています。
維新幹部は、点検して1件では不十分だとの考えを示しています。
そこで維新自身が租特を評価し、
国税と地方税合わせて120件を対象
65件を即時廃止
残りについても廃止期限を設定
遅くとも5年以内の廃止を提唱
という、より厳しい基準を打ち出しました。
省庁の自主点検と政治側の評価に大きな差があることが分かります。
なぜ省庁と維新で評価が違うのか
同じ制度を見ても、立場によって評価基準が異なります。
所管省庁は、
その政策が少しでも役立っているか
制度を廃止すると業界にどのような影響があるか
政策目標の達成に必要か
といった視点を重視します。
一方、租特の大幅整理を目指す側は、
税収減に見合った効果があるか
税制がなくても企業は同じ行動をするのではないか
利用件数が少なすぎないか
他の政策へ財源を使ったほうがよいのではないか
といった視点を重視します。
評価する目的が違えば結論も変わります。
賃上げ税制は典型的な論点になる
今回、維新が問題視している代表的な制度が中小企業向け賃上げ促進税制です。
記事では2024年度の税優遇規模が5053億円とされています。
従業員の給与を増やした企業の法人税負担を軽くする制度です。
政策目的は明確です。
企業に賃上げを促すことです。
しかし維新は、税制がなければ賃上げが起こらなかったという立証が弱いと主張しています。
人手不足などを理由に企業が税制とは無関係に賃上げしているのであれば、5000億円を超える税収減に見合った追加効果があるのかが問題になります。
日本版DOGEで求められるのは、まさにこうした検証です。
利用されている制度が効果的とは限らない
租特の適用件数が多ければ、制度が成功しているように見えます。
しかし利用件数と政策効果は別です。
例えば1万社が税制を利用していても、その1万社すべてが税制なしでも同じ設備投資をしていたのであれば、追加的な政策効果は小さい可能性があります。
反対に利用企業が100社しかなくても、その100社が税制によって大きな研究開発投資を始め、それが新しい産業を生み出しているなら政策効果は大きいかもしれません。
単純な件数ではなく、
税制によって何が追加的に生まれたのか
を見る必要があります。
廃止だけが日本版DOGEの目的ではない
政府の効率化というと、とにかく制度を廃止する取り組みだと思われるかもしれません。
しかし本来重要なのは、限られた財源をより効果的な政策へ移すことです。
例えば効果の低い1000億円の税制優遇を廃止し、その1000億円をより効果の高い政策に使えば、同じ財政負担でも政策効果を高められる可能性があります。
つまり、
減らすこと
そのものではなく、
財源の使い方を改善すること
が重要です。
政策効果の高い制度まで機械的に廃止すれば、逆に経済や社会へ悪影響が出る可能性があります。
一律廃止にも問題がある
租特にはさまざまな目的があります。
研究開発を促すもの。
中小企業を支援するもの。
住宅供給を促すもの。
省エネ投資を進めるもの。
高齢者住宅を増やすもの。
これらをすべて同じ基準で評価することは簡単ではありません。
研究開発のように成果が出るまで長期間かかる政策もあります。
地方経済や安全保障など、単純な税収との比較だけでは評価しにくい政策もあります。
そのため日本版DOGEを進める場合でも、一律に廃止するのではなく、制度ごとの政策目的と効果を検証する必要があります。
政治の役割が重要になる
省庁だけに制度の見直しを任せれば、既存制度が残りやすくなる可能性があります。
一方、政治主導だけで大幅に廃止すれば、必要な政策までなくす危険があります。
そこで、
各省庁が政策効果を説明する
財政当局が税収減を検証する
第三者が政策評価を行う
政治が優先順位を判断する
という複数の視点が必要になります。
日本版DOGEの成否は、何件廃止したかだけではなく、政策評価の質をどこまで高められるかにかかっています。
廃止した財源を何に使うか
さらに重要なのが、制度を廃止して生まれた財源の使い道です。
維新は租特廃止による税収増を、
消費税減税
ガソリン税の旧暫定税率廃止
高校授業料の無償化
などの財源候補として考えています。
一方、財政赤字の縮小に使う方法もあります。
つまり日本版DOGEは単なる行政改革ではありません。
政策効果の低い支援をやめ、
どの政策へ財源を移すのか
という予算と税制の優先順位を変更する作業でもあります。
結論
日本版DOGEとは、補助金や基金、租税特別措置など政府のさまざまな政策を総点検し、政策効果の低いものを廃止、縮小して財源を生み出そうとする取り組みです。
特に租特は政府が直接お金を支出しないため財政コストが見えにくいものの、税収減という形で国や地方の財政に影響します。
そのため補助金と同じように、政策効果を検証する必要があります。
一方、制度を所管する省庁自身による自主点検では、既存制度を廃止しにくいという問題があります。
今回、各省庁の自主点検で廃止の方向が明記されたものが1件にとどまったのに対し、維新は120件の租特を評価して65件の即時廃止を提案しています。
ただし制度を多く廃止すれば、それだけで行政改革が成功したことになるわけではありません。
本当に重要なのは、税収減に見合った政策効果があるかを検証し、効果の低い制度から、より必要性や効果の高い政策へ財源を移すことです。
日本版DOGEが問うているのは、政府のお金をどれだけ削れるかだけではありません。
一度始めた政策を定期的に見直し、本当に必要な制度だけを残す仕組みを日本の政策決定に定着させられるかどうかなのです。
参考
日本経済新聞 2026年8月23日 朝刊 維新が税優遇廃止案 賃上げ税制やサ高住 政府・自民と調整難しく
財務省 2026年 租税特別措置の適用実態調査
財務省 2026年 租税特別措置等に係る政策評価