地方の医師不足というと、医師の人数そのものを増やすことが解決策だと思われがちです。
もちろん医師を増やすことは重要です。しかし、全国すべての地域、すべての時間帯、すべての診療科に十分な医師を配置することは簡単ではありません。
そこで注目されているのがオンライン診療です。
オンライン診療では、医師自身が患者のいる地域まで移動しなくても、離れた場所から診察できます。
つまり、医師を移動させるのではなく、医師の診療能力を通信回線によって患者のいる場所へ届けることができます。
人口減少が進む日本では、限られた医師を各地域に配置するだけではなく、複数の地域で共有するという発想が地域医療を維持するために重要になっています。
地域偏在とは何か
日本の医師不足を考えるときに重要なのが地域偏在です。
医師が全国に均等にいるわけではありません。
人口の多い都市部には多くの医療機関があります。
大学病院や大規模病院も都市部に集中する傾向があります。
一方、人口の少ない地方や過疎地域では医療機関そのものが少なく、医師の確保が難しい地域があります。
日本全体で医師数が増えたとしても、必要な地域へ医師が配置されなければ地域の医師不足は解消されません。
つまり問題は、
医師が何人いるのか
だけではなく、
どこにいるのか
でもあるのです。
診療科によっても偏りがある
医師の偏在は地域だけの問題ではありません。
診療科による違いもあります。
地域に病院や診療所があっても、患者が必要としている診療科の医師がいるとは限りません。
例えば小児科です。
子どもが夜間に発熱しても、近くに小児科医がいなければ遠くの病院へ行かなければならない場合があります。
産婦人科や救急医療などでも、地域によって医師を確保する難しさがあります。
そのため地方の医師不足は、単純に医師の総数だけでは判断できません。
地域と診療科の両方から考える必要があります。
医師を地域へ移動させるには時間がかかる
医師が不足する地域を支える方法の一つが、別の地域から医師を派遣することです。
しかし、医師が実際に移動するには時間がかかります。
例えば医師が病院から過疎地域の診療所まで自動車で1時間移動するとします。
診察後に病院へ戻るためにも1時間かかります。
往復2時間です。
この2時間は患者を診察できません。
患者数が少ない地域を複数巡回する場合には、診察時間より移動時間の方が長くなることさえあります。
医師不足の地域ほど移動距離が長くなりやすいという問題があります。
オンラインなら医師を移動させなくてよい
オンライン診療では、この移動時間を減らすことができます。
医師は病院や自宅などにいながら、離れた場所にいる患者を診察します。
一人の患者を診察した後、別の地域の患者をオンラインで診察することも可能です。
医師自身が地域間を移動する必要はありません。
通信回線を通じて診療能力を移動させると考えると分かりやすいでしょう。
例えば、
午前中は病院で外来診療をする
午後の一部を使って遠隔地の患者をオンラインで診察する
その後また病院の患者を診る
といった働き方も考えられます。
医師の限られた時間を診察そのものへ振り向けやすくなります。
山口では移動診療車と組み合わせている
今回参考にした記事では、山口市徳地診療所の取り組みが紹介されています。
同診療所では移動診療車を使って巡回診療をしています。
月2回の巡回のうち1回は、医師がオンラインで診療します。
医師自身が移動診療車に乗って患者のいる場所まで移動する必要がありません。
その分の時間を外来診療や往診などに使うことができます。
つまりオンライン診療によって、巡回診療をなくしているわけではありません。
患者のいる場所まで医療サービスを届けながら、医師だけは遠隔地から参加する仕組みです。
これが医師を移動させず、診療能力を移動させる考え方の一例です。
看護師が患者のそばにいるとできることが増える
オンライン診療の弱点は、医師が患者に直接触れられないことです。
自宅から患者が一人でオンライン診療を受ける場合、医師が得られる情報には限界があります。
そこで患者のそばに看護師を配置するD to P with Nが重要になります。
看護師が患者の状態を確認します。
体温や血圧、脈拍、血中酸素飽和度などを測定できます。
電子聴診器を使えば、離れた場所にいる医師が呼吸音などを確認することもできます。
医師の指示などに基づき、認められた範囲で検査や処置を補助する場合もあります。
医師がいないことによる情報不足を、患者のそばにいる看護師と医療機器で補うわけです。
一人の医師の診療範囲を広げられる
対面診療では、基本的に医師と患者が同じ場所にいる必要があります。
一人の医師が診察できる患者は、その医師がいる病院や診療所へ来られる人が中心になります。
オンライン診療では地理的な制約が小さくなります。
ある地域の医師が別の市町村の患者を診ることができます。
さらに条件が整えば、より離れた地域から診療を支援することもできます。
一人の医師の診療能力を一つの建物だけに閉じ込めず、複数の地域で利用できる可能性があります。
医師が少ない地域では、この効果が大きくなります。
夜間の医師不足にも利用できる
医師不足は地域だけではなく時間帯によっても起こります。
昼間は診療所が開いていても、夜間や休日になると診察できる医療機関が急激に少なくなる地域があります。
その結果、軽症の患者まで大きな救急病院へ集中することがあります。
今回参考にした岩国市医療センター医師会病院では、来院型オンライン診療を夜間救急に活用しています。
患者は病院へ行きますが、診察する医師は離れた場所にいます。
看護師が患者のそばに立ち会います。
これによって対面診療だけだった日程にオンライン診療の日を加え、夜間に診療できる日を増やしています。
医師を毎晩病院へ配置するのではなく、遠隔から診療できる仕組みを使って医療提供時間を広げているのです。
小児科医を地域で共有できる
オンライン診療は、特定の診療科の医師が不足している場合にも活用できます。
今回の記事では、青森県が県全域で子ども向けオンライン診療の試行事業を行っている例が紹介されています。
近くに小児科がない地域の家庭でもオンラインで医師につながることができます。
子どもの病気は突然起こります。
保護者だけでは、
翌日まで待ってよいのか
すぐ病院へ行くべきなのか
救急受診が必要なのか
を判断しにくい場合があります。
オンラインで医師に相談できれば、必要な医療へつなげることができます。
すべての地域へ小児科医を常駐させなくても、小児科の診療能力を広い地域で共有できる可能性があります。
医師の働き方にもメリットがある
オンライン診療は患者側だけでなく、医師側の働き方にも影響します。
医師自身が遠隔地へ移動する必要がなければ、診療に使える時間を増やせます。
さらに、医療機関へ毎日通勤することが難しい医師でも働ける可能性があります。
今回の記事では、オンライン診療サービスを通じて育児中の医師も就労しやすいことが紹介されています。
医師不足対策というと新しい医師を増やすことに注目しがちです。
しかし、
資格を持っているものの働ける時間が限られている医師
遠方への勤務が難しい医師
短時間なら診療できる医師
などの力を活用することも重要です。
オンライン診療は、既存の医師の働ける場所と時間を広げる手段にもなります。
オンラインだけでは地域医療を維持できない
一方、オンライン診療があれば地方の医師不足がすべて解決するわけではありません。
患者の体に直接触れて診察する必要がある場合があります。
手術もオンラインではできません。
画像検査や詳しい血液検査が必要になることもあります。
救急患者では、その場で治療を始めなければならないケースがあります。
つまり地域には対面診療を行う医療機関や医療従事者が引き続き必要です。
オンライン診療は病院や診療所をなくす仕組みではなく、限られた医療資源を補完する仕組みと考える必要があります。
対面とオンラインの組み合わせが重要になる
地域医療を維持するためには、対面とオンラインを使い分けることが重要になります。
例えば、
普段の診察は地域の診療所で受ける
専門医への相談はオンラインを利用する
必要な検査は地域の病院で行う
結果説明はオンラインで受ける
症状が悪化したら対面診療へ戻る
といった形です。
患者のすべての医療を一人の医師、一つの病院で完結させる必要はありません。
地域の医療機関、遠隔地の専門医、看護師、薬剤師などをデジタル技術でつなぐことで、一つの医療ネットワークとして機能させることができます。
結論
オンライン診療が地方の医師不足を補える最大の理由は、医師自身を移動させなくても診療能力を患者のいる場所へ届けられることです。
地方では医師を確保することが難しいだけでなく、医師が患者のいる地域まで移動することにも多くの時間がかかります。
オンライン診療を利用すれば、医師は一つの場所にいながら複数の地域の患者を診察できます。
移動に使っていた時間を外来診療や往診などに振り向けることもできます。
さらに患者のそばに看護師がいるD to P with Nや、電子聴診器などの医療機器を組み合わせれば、遠隔地の医師が得られる情報を増やすことができます。
オンライン診療は医師そのものを増やす仕組みではありません。
限られた医師の時間と専門能力を、より広い地域で共有する仕組みです。
もちろん触診、検査、手術、救急処置など対面でなければできない医療は残ります。
だからこそ重要なのは、オンラインか対面かの二者択一ではありません。
地域に残る医療機関や看護師などの医療資源と、遠隔地にいる医師を組み合わせることです。
人口減少によってすべての地域に十分な医師を配置することが難しくなるなか、医師を患者のところへ毎回動かすのではなく、診療能力を患者のところへ動かす。
オンライン診療は、地域医療を持続させるための新しい医師配置の考え方を生み出しているのです。
参考
日本経済新聞 2026年8月22日 朝刊 進化するオンライン診療 看護師立ち会い、検査や処置
日本経済新聞 2026年8月22日 朝刊 駅で受診可能に