個人や企業が保有する外貨預金が急速に増えています。
国内銀行の外貨預金は2026年4月から6月期の平均残高で約26兆1000億円となり、前年同期から約4兆円増えました。増加額は1998年の金融ビッグバンによって外貨預金が全面解禁されて以降で最大です。
注目したいのは、単に海外の金利が高いから外貨預金が増えているわけではないことです。
背景には、家計や企業が円だけを保有することにリスクを感じ、資産を複数の通貨に分散しようとする動きがあります。
そして、この資産分散そのものが円売りを増やし、さらに円安を進める可能性もあります。
外貨預金の急増は、日本人のお金に対する考え方が変わり始めていることを示しているのかもしれません。
外貨預金とは何か
外貨預金とは、日本円ではなく米ドルやユーロなどの外国通貨で預ける預金です。
例えば100万円をドル預金にする場合、円をドルに交換して銀行に預けます。
仮に1ドル160円なら、100万円は単純計算で6250ドルです。
その後、1ドル170円まで円安になれば、6250ドルの円換算額は約106万円になります。
反対に1ドル150円まで円高になれば、約94万円になります。
つまり外貨預金には、預金金利だけでなく為替相場の変動によって円換算した資産価値が増減する特徴があります。
円安になれば円換算額は増えやすく、円高になれば減りやすくなります。
外貨預金は預金という名前ですが、円預金とは異なる為替リスクを持った金融商品なのです。
なぜ円安なのに外貨預金が増えるのか
これまで日本の個人投資家には、円高になったときに外貨を買う動きが多くみられました。
例えば1ドル150円から130円まで円高になれば、ドルが安くなったと考えてドルを買うわけです。
ところが現在は状況が変わっています。
円安がかなり進んでいるにもかかわらず、新たに外貨を保有する人が増えています。
背景にあるのが円の先安観です。
今の為替レートが高いか安いかよりも、長期的に円の価値がさらに低下することを心配する人が増えれば、円だけを持つこと自体がリスクと考えられるようになります。
すると、
円が安くなったから外貨を売る
という従来の行動ではなく、
円がさらに安くなるかもしれないから外貨を持っておく
という行動が増えます。
外貨預金の性格が短期的な為替取引から長期的な資産防衛へ変わりつつある点が重要です。
家計は円だけを持たなくなっている
今回の動きは外貨預金だけではありません。
家計が保有する海外の株式などの証券投資も増えています。
さらに、新しいNISAを通じて海外株式に投資する投資信託を積み立てる人も増えました。
代表的なのが全世界株式型の投資信託です。
世界中の株式へ分散投資する商品であっても、その中には米国株など大量の外貨建て資産が含まれています。
そのため日本の家計では、
円預金
外貨預金
外国株式
海外投資信託
などを組み合わせて資産を保有する動きが広がっています。
かつて日本の家計資産は円預金への偏りが大きいことが特徴でした。
その構造が少しずつ変化していると考えることができます。
企業が外貨預金を増やす理由
さらに大きな動きを見せているのが企業です。
2026年4月から6月期の企業の外貨預金は約19兆3000億円となり、前年同期から22%増えました。
企業が外貨を持つ理由はいくつかあります。
一つは輸出で受け取ったドルをすぐ円へ交換しないことです。
例えば輸出企業が米国で商品を販売して100万ドルを受け取ったとします。
以前であれば、そのドルを円へ交換して国内で利用することが考えられました。
しかし円安が続くと予想すれば、急いで円に交換する必要はありません。
ドルのまま保有しておくという判断が生まれます。
もう一つは将来必要になる外貨を先に確保する動きです。
海外企業の買収や海外工場への投資、輸入代金の支払いなどを予定している企業であれば、将来ドルが必要になります。
今後さらに円安になると考えれば、早めにドルを確保することには為替リスクを抑える意味があります。
企業にとって外貨預金は単なる資産運用ではなく、事業上の為替リスク管理にもなっているのです。
外貨預金の増加が円安を進める仕組み
ここで重要なのが、家計や企業による資産分散と為替相場との関係です。
日本円を外貨預金に移す場合、
円を売る
外貨を買う
という取引が発生します。
外国株式や外国債券へ投資する場合も、為替ヘッジなどを行わなければ基本的には同じ方向の資金移動が起こります。
家計や企業が一斉に円から外貨へ資産を移せば、構造的な円売り要因になります。
しかも厄介なのは循環が生じる可能性があることです。
円安になる
円の先安観が強まる
外貨を保有する人や企業が増える
円売り外貨買いが増える
さらに円安圧力が強まる
という流れです。
為替相場は輸出入だけで決まるわけではありません。
資産をどの通貨で持つのかという家計や企業の判断も、大きな資金移動になれば為替相場に影響します。
貿易赤字とは違う円売りが増えている
これまで円安を説明するときには、日本の貿易収支がよく注目されてきました。
原油や天然ガスなどを輸入するためには外貨が必要です。
輸入企業が円を売ってドルなどを購入するため、貿易赤字は円安要因になることがあります。
しかし現在は、それとは別の資金移動が存在します。
資産運用のための円売りです。
今回の記事では、外貨預金の前年同期からの増加額が約4兆円に達しています。
2025年度の貿易赤字1兆7000億円を大きく上回る規模です。
もちろん外貨預金の増加額と貿易赤字を単純に比較して為替への影響を判断することはできません。
それでも、家計や企業の資産選択による資金移動が無視できない規模になっていることは重要です。
ドルだけではなく通貨そのものを分散する
さらに興味深い変化があります。
外貨を持つ場合、これまでは米ドルが中心でした。
米ドルは世界で最も取引量が多い通貨の一つであり、米国の金利が日本より高い状況では預金金利の面でも魅力があります。
ところが最近では、ドルだけではなくユーロなど複数の通貨へ資産を分散する動きもみられます。
これは資産分散を二段階で考える動きです。
第一段階は、
円だけを持たない
という分散です。
第二段階は、
ドルだけにも集中しない
という分散です。
つまり日本円から外貨へ移すだけではなく、その外貨についても複数通貨に分散する考え方です。
世界経済や米国の政策に対する不確実性が高まれば、このような通貨分散への関心はさらに高まる可能性があります。
外貨預金には為替リスクがある
ただし、外貨預金が増えているからといって、外貨を持てば安全という意味ではありません。
最大の注意点は為替リスクです。
円安が続けば円換算した外貨資産の価値は増えますが、円高になれば逆に減少します。
例えば1ドル160円で1万ドルを購入すると160万円必要です。
その後1ドル140円になれば、1万ドルの円換算額は140万円です。
為替だけで20万円相当の差が生じます。
さらに外貨預金では円から外貨、外貨から円へ交換するときに為替手数料などのコストが発生する場合があります。
したがって、
円安になると思うから全財産をドルにする
という考え方は資産分散とはいえません。
円への集中を避けるために外貨を持つのであれば、今度は外貨への集中にも注意する必要があります。
資産分散とは何を守ることなのか
今回の外貨預金急増を考えるうえで最も重要なのは、単なる金利比較ではないと思います。
日本の家計や企業が、
どの金融商品を買うか
だけではなく、
どの通貨で財産を持つか
を意識し始めているからです。
日本で生活する以上、給与や年金、預金、不動産など多くの資産や収入は円と結びついています。
そのため金融資産の一部を外国株式や外貨などに分散することには、通貨という観点から資産を分散する意味があります。
一方で外貨比率を高めれば、円高になったときの影響も大きくなります。
大切なのは円安を予想して外貨に賭けることではありません。
将来の為替相場は分からないことを前提に、円高でも円安でも家計全体が大きく傷まない資産構成を考えることです。
結論
外貨預金とは、米ドルやユーロなど外国通貨で保有する預金です。
2026年4月から6月期には国内銀行の外貨預金が約26兆1000億円となり、前年同期から約4兆円増加しました。
背景には海外との金利差だけでなく、家計や企業の根強い円の先安観があります。
特に重要なのは、円安になったから外貨を売るのではなく、円安がさらに進むことを警戒して外貨を持つ人が増えていることです。
企業でも輸出で得た外貨を円へ戻さず保有したり、将来の海外投資に備えて外貨を先に確保したりする動きが広がっています。
こうした行動が増えると、円安への警戒から外貨を買い、その外貨買いがさらに円安圧力になるという循環が生まれる可能性があります。
外貨預金の過去最大の伸びは、単なる預金商品の人気を示す数字ではありません。
日本の家計と企業が円だけで資産を持つことを見直し始めたことを示す象徴的な動きと考えることができます。
参考
日本経済新聞 2026年8月21日 朝刊 外貨預金の伸び最大 家計・企業、円から資産分散