銀行にお金を預けるとき、多くの人がまず確認するのは預金金利でしょう。
金利が高い銀行に預ければ、それだけ多くの利息を受け取ることができます。そのため金利のある世界が戻ってきた日本では、銀行による預金金利の引き上げ競争が目立つようになりました。
ところが、大手銀行の競争は新しい段階に入りつつあります。
単純に預金金利を高くするのではなく、旅行や健康、人間ドック、空港ラウンジなど、金融とは直接関係のないサービスまで使って顧客を囲い込もうとしているのです。
なぜ銀行はそこまでして預金を集めようとしているのでしょうか。
預金は銀行にとって商品の原材料
銀行のビジネスを非常に単純化すると、
預金者からお金を集める
そのお金を企業や個人に貸し出す
貸出金利と預金金利の差などから利益を得る
という仕組みになっています。
つまり預金は、銀行にとって貸し出しを行うための重要な資金です。
長く続いた超低金利時代には、銀行は預金を集めても、その資金を高い金利で運用することが難しい状況でした。
ところが、日本銀行によるマイナス金利政策の解除などによって金利環境が変化しました。
企業向け融資や住宅ローンなどから得られる利息収入が増える可能性が高まり、銀行にとって貸し出しの原資となる預金の価値も高くなっています。
記事によると、全国銀行協会の統計で、預金残高に対する貸出金残高の割合を示す預貸率は2026年7月末時点で65・9%となっています。
前年同月から1・1ポイント上昇し、7月としては6年ぶりの高い水準です。
貸し出しが増えれば、それを支える預金も必要になります。
銀行にとって預金獲得競争は、単なる顧客数争いではなく、本業を支える資金調達競争でもあるのです。
金利競争には限界がある
それなら銀行は、預金金利をどんどん高くすればよいのでしょうか。
実際にはそう簡単ではありません。
銀行から見れば、預金金利は資金を調達するためのコストだからです。
たとえば同じ1000万円の預金を集める場合でも、預金金利が高くなれば銀行が預金者に支払う利息も増えます。
他行より高い金利を提示すれば預金を集めやすくなりますが、銀行自身の利益を圧迫する可能性があります。
さらに問題なのは、金利だけで集まった預金は、別の銀行がさらに高い金利を提示すると移動してしまう可能性があることです。
そこで銀行が注目しているのが、
金利以外の理由で顧客に銀行を使い続けてもらう
という戦略です。
旅行、健康、レジャー、資産運用など、顧客の日常生活との接点を増やし、銀行との関係そのものを強くしようとしているのです。
みずほ銀行は生活サービスを大幅に拡充
その代表例が、みずほ銀行の会員向けサービスです。
記事によると、みずほ銀行は「みずほプレミアムクラブ」を全面的に刷新しました。
従来のATM時間外利用手数料などの金融面での優遇に加えて、福利厚生サービスを活用し、国内外で利用できる多数の優待を用意します。
高級ヴィラやクルーザー、人間ドックなども対象になります。
注目したいのは、単に金融商品を安く利用できるというサービスではないことです。
旅行する
健康管理をする
余暇を楽しむ
といった顧客の生活そのものに銀行が接点を持とうとしています。
会員資格でも預金が重視され、一定額以上の円預金とグループ全体での預かり資産などが基準になります。
預金だけで条件を満たせる仕組みもあり、大きな金融資産を持つ顧客から預金を集めたい銀行側の狙いが見えてきます。
三菱UFJ銀行も富裕層との関係を強化
三菱UFJ銀行も、一定額以上の預かり資産を持つ顧客向けサービスを強化します。
記事では、2026年度内にも会員制サービス「エクセレント倶楽部」を刷新し、金融以外の優遇サービスを拡充するとされています。
さらに会員限定の情報提供やセミナーなどを充実させ、顧客との長期的な関係を構築する方針です。
ここで重要なのは、
一つの金融商品を販売して終わる
という従来型の取引から、
長期間にわたって顧客の資産全体に関わる
というビジネスへ銀行が変わろうとしていることです。
預金だけでなく、投資信託、証券、不動産、相続、事業承継などへ取引を広げることができれば、一人の顧客との取引から得られる収益機会は大きくなります。
三井住友銀行は銀行と証券と決済をつなぐ
三井住友銀行は少し違った方向から顧客との関係を深めています。
中心となるのが個人向け金融サービスの「Olive」です。
銀行口座だけではなく、カード決済や証券などを組み合わせ、日常生活と資産形成を一つの金融サービスにまとめようとしています。
さらに富裕層向けの最上位サービスでは、旅行やゴルフ場の予約手配、空港ラウンジ、美術館などの優待も提供します。
資産運用についても証券会社と連携したコンサルティングサービスを展開しています。
つまり、
給与が入る
カードで買い物をする
余った資金を預金する
投資をする
旅行をする
という一連の生活の中に銀行グループが入り込む構造です。
銀行口座だけを提供する時代から、金融を中心とした生活プラットフォームを提供する時代へ変わりつつあると見ることもできます。
なぜ富裕層の預金が重要なのか
大手銀行が特に注目しているのが、数千万円以上の金融資産を持つ準富裕層や富裕層です。
富裕層というと、ほとんどのお金を株式などで運用しているイメージがあるかもしれません。
しかし実際には、投資機会に備えるため一定額の現金を持っている人も少なくありません。
株式市場が下落したときに投資する資金
不動産を購入する資金
納税のための資金
事業に使う可能性のある資金
などです。
こうした資金は、すぐに使える状態で銀行預金として置かれることがあります。
一人の顧客から数千万円あるいはそれ以上の預金を獲得できれば、銀行にとって効率的な資金調達になります。
しかも富裕層との関係を構築できれば、預金だけではありません。
証券運用、不動産取引、相続対策、事業承継など、グループ会社を含めたさまざまな取引につながる可能性があります。
そのため銀行にとって富裕層の預金獲得は、その後の取引を広げる入口でもあるのです。
預金の粘着性とは何か
銀行が重視する考え方の一つに、預金の粘着性があります。
これは簡単にいえば、
その銀行に長期間とどまりやすい預金
という意味です。
キャンペーン金利だけを理由に預けられた資金は、キャンペーンが終了したり、他行がさらに高い金利を提示したりすると移動する可能性があります。
一方、
給与振込
クレジットカード
証券口座
住宅ローン
資産運用
相続相談
旅行や生活サービス
などを同じ金融グループで利用している顧客は、銀行を変更する手間が大きくなります。
結果として預金も残りやすくなります。
銀行が旅行や健康サービスまで提供する理由は、単なるサービス精神ではありません。
顧客との接点を増やし、預金の粘着性を高めるという経営戦略でもあるのです。
銀行選びも金利だけではなくなる
利用者側から見ると、銀行選びの考え方も変わってきます。
もちろん預金金利は重要です。
しかし大きな金融資産を持つ人ほど、
預金金利
振込やATM手数料
クレジットカード
証券サービス
資産運用相談
相続や不動産
旅行や健康などの優待
といったサービス全体を比較する意味が大きくなります。
一方で、優待を受けるためだけに必要以上の資産を一つの金融機関に集中させる必要はありません。
魅力的な優待があっても、預金金利や運用商品の手数料などを含めた総合的な損得を確認することが重要です。
銀行側が顧客の金融資産全体を取り込もうとしているからこそ、利用者側も金融グループ全体で何を支払い、何を受け取っているのかを見る必要があります。
結論
日本の銀行の預金獲得競争は、金利競争から生活サービス競争へ広がり始めています。
背景にあるのは金利のある世界への転換です。
貸し出しを増やすためには安定した預金が必要ですが、預金金利だけを引き上げれば銀行の資金調達コストも上昇します。
そこで大手銀行は、旅行、健康、レジャー、決済、証券、資産運用などを組み合わせ、顧客との関係そのものを深くしようとしています。
特に数千万円以上の金融資産を持つ顧客は、銀行にとって安定した預金を獲得できるだけでなく、証券、不動産、相続などへ取引を広げられる重要な顧客です。
銀行が欲しいのは、単なる預金ではありません。
長期間動きにくい預金と、その背後にいる顧客との長い関係です。
これからの銀行競争を見るうえでは、
どの銀行の金利が高いか
だけではなく、
どの銀行が顧客の生活と資産全体を囲い込もうとしているのか
という視点が重要になりそうです。
参考
日本経済新聞 2026年8月20日 朝刊 3メガ、預金顧客優待競う