東京都内で老人ホームの費用が上昇するなか、老後の住まいを東京以外に求める動きが出ています。
いわば老人ホームの脱東京です。
東京都内の有料老人ホームでは、2026年1月時点の入居時費用の中央値が1001万円となりました。
一方、埼玉県では330万円です。
単純に比較すると、埼玉県は東京都の約3分の1の水準です。
老人ホームは一度入居すれば、5年、10年と暮らす可能性があります。
入居時費用だけでなく毎月の費用にも地域差があれば、長期間では老後資金に大きな違いが生じます。
東京で暮らしてきたから東京の老人ホームに入るという考え方だけではなく、神奈川、千葉、埼玉など周辺地域まで含めて終のすみかを探すことが、老後資金を守る選択肢になりつつあります。
老人ホームにも大きな地域差がある
老人ホームの費用は全国一律ではありません。
土地の価格。
建物の取得費。
人件費。
食材費。
施設の需給。
こうした条件は地域によって違います。
そのため、同程度の介護サービスや居住環境であっても、施設がある地域によって料金が変わることがあります。
日本経済新聞とライフルシニアの調査では、2026年1月時点の有料老人ホームの入居時費用の中央値は東京都で1001万円でした。
一方、埼玉県では330万円です。
都県境を越えるだけで、入居時に必要となる資金が大きく変わる可能性があります。
なぜ東京の老人ホームは高くなりやすいのか
大きな理由の一つが地価です。
老人ホームには、入居者が暮らす居室だけではなく、食堂、浴室、廊下、談話スペースなど一定の面積が必要です。
介護のための設備も必要になります。
土地や建物の価格が高い東京では、施設を開設して維持するための不動産コストも高くなりやすくなります。
さらに、東京では介護人材を確保するための人件費も重要です。
介護施設だけでなく、飲食、小売り、物流などさまざまな業種が人材を求めています。
人材確保の競争が強くなれば、賃金などのコストも上昇しやすくなります。
こうした費用が老人ホームの料金にも反映されます。
埼玉なら入居時費用は約670万円違う
東京都の入居時費用の中央値1001万円と、埼玉県の330万円を比較してみます。
差額は671万円です。
老後における671万円は非常に大きな金額です。
例えば老人ホーム入居後の年金と生活費の不足額が毎月10万円だったとします。
671万円あれば、単純計算では約67カ月分を補うことができます。
5年以上です。
つまり、施設の所在地を変えて入居時費用を抑えることで、その後の生活費を支える資金を多く残せる可能性があります。
老人ホーム選びでは、入居一時金を安くすること自体が目的ではありません。
入居後の資産寿命を延ばすことに意味があります。
東京在住者の4割が都外も検討している
老人ホームの脱東京は、単なる考え方ではなく実際の施設探しにも表れています。
記事によると、2026年上半期に東京都内在住者が老人ホームについて問い合わせたエリアを見ると、東京都内は6割でした。
残る4割は、神奈川県、千葉県、埼玉県などの隣接県を含む東京都外です。
東京に住んでいる高齢者のすべてが、東京の施設だけを探しているわけではありません。
高額な費用を避けるために、周辺地域まで選択肢を広げていることが分かります。
交通網が発達した首都圏では、都県境を越えても東京から比較的短時間で移動できる地域があります。
こうした地域であれば、家族との距離を大きく変えずに費用を抑えられる可能性があります。
東京に住み続けることには価値もある
もちろん、費用が高いから東京を離れればよいという単純な話ではありません。
長年暮らしてきた地域には人間関係があります。
かかりつけの病院があります。
友人や知人がいます。
慣れ親しんだ街があります。
高齢になってから生活環境を大きく変えることは、本人にとって負担になる場合があります。
特に認知症がある場合などには、環境の変化が本人に与える影響についても考える必要があります。
費用だけを理由に遠方の施設を選び、本人の生活の質が大きく下がってしまっては意味がありません。
家族との距離も重要になる
老人ホームの所在地を考えるときには、本人だけではなく家族との距離も重要です。
老人ホームに入れば家族の役割がなくなるわけではありません。
面会があります。
衣類や日用品を届けることがあります。
病院への入院時に家族の対応が必要になる場合もあります。
施設から重要な説明を受けることもあります。
本人が亡くなったときには、その後の手続きも必要です。
東京に住む家族が、費用の安さだけを理由に遠く離れた地方の施設を選べば、移動時間や交通費が大きくなる可能性があります。
老人ホームの料金が下がっても、家族側の負担が増えることがあります。
埼玉や千葉なら距離を抑えられる場合がある
そこで現実的な選択肢になりやすいのが、東京から比較的近い埼玉県、千葉県、神奈川県などです。
例えば東京23区に住んでいた人でも、鉄道で移動しやすい埼玉県や千葉県の施設であれば、家族が面会しやすい場合があります。
重要なのは都道府県名ではなく、実際の移動時間です。
東京都内でも自宅から1時間以上かかる施設があります。
一方、県外でも鉄道一本で30分程度という施設があるかもしれません。
老人ホームを探すときには、東京か埼玉かという行政区域だけではなく、家族の自宅から何分で行けるのかという視点で考えることが重要です。
月額費用の差は長期間で大きくなる
地域差を見るときには、入居時費用だけではなく月額費用も重要です。
例えば東京の施設が月30万円、郊外の施設が月25万円だったとします。
差額は月5万円です。
年間では60万円になります。
5年間なら300万円。
10年間なら600万円です。
入居一時金で数百万円の差があり、さらに月額費用でも差があれば、長期間では1000万円を超える違いになる可能性があります。
老人ホームは短期間利用するホテルではありません。
長期間暮らす可能性があるからこそ、毎月数万円の地域差も重要になります。
安さだけで施設を選ばない
一方、費用の安さだけで老人ホームを決めることには注意が必要です。
介護職員の配置。
看護体制。
夜間の対応。
医療機関との連携。
認知症への対応。
看取りの体制。
食事。
居室や共用設備。
こうしたサービス内容は施設によって違います。
入居費用が安くても、必要な介護を受けられなければ、後から別の施設へ住み替えることになる可能性があります。
住み替えれば新たな初期費用が発生する場合もあります。
費用と介護体制の両方を比較することが重要です。
住み替えを前提に考える方法もある
高齢期の住まいを一つの施設だけで完結させる必要もありません。
比較的元気なうちは費用を抑えたサービス付き高齢者向け住宅などで生活する方法があります。
介護の必要性が高くなった段階で、介護付き有料老人ホームや特別養護老人ホームへ移ることも考えられます。
その際、東京だけに限定せず周辺県まで探せば選択肢が増えます。
身体状態と資産残高に応じて住まいを変えるという考え方です。
ただし、住み替えには本人の身体的な負担もあるため、将来の可能性を事前に考えておく必要があります。
老人ホームの地域差は老後資金の問題でもある
現役時代には、勤務地や子どもの学校などによって住む地域がある程度決まります。
しかし、老人ホームへ入居する段階では、通勤する必要がなくなっている人が多くなります。
そのため、住む場所を選べる範囲は広がります。
東京という住所にこだわることで1000万円単位の費用が必要になるのであれば、隣接県まで範囲を広げることには経済的な意味があります。
浮いた資金を医療費や介護費用、長生きした場合の生活費として残すことができます。
老人ホームの所在地選びは、単なる住まい選びではなく、老後資産の使い方を決める問題でもあります。
結論
老人ホームの脱東京とは、高額化する東京都内の施設だけにこだわらず、埼玉県、千葉県、神奈川県など周辺地域まで終のすみかの選択肢を広げる考え方です。
東京都内の有料老人ホームでは、2026年1月時点の入居時費用の中央値が1001万円でした。
一方、埼玉県は330万円です。
差額は671万円になります。
さらに月額費用にも差があれば、5年、10年という長期間では老後資金への影響が一段と大きくなります。
ただし、安ければよいわけではありません。
本人が暮らしやすいのか。
必要な介護を受けられるのか。
医療体制は十分なのか。
家族が面会しやすいのか。
こうした条件と費用を一緒に考える必要があります。
東京で暮らしてきたから、最後まで東京でなければならないわけではありません。
一方で、費用だけを理由に生活圏から遠く離れる必要もありません。
重要なのは、都県境ではなく、本人と家族にとっての生活圏です。
老人ホームが高額化する時代には、終のすみかをどこに置くのかという選択そのものが、老後資金を長持ちさせる重要な手段になってきています。
参考
日本経済新聞 2026年8月19日朝刊 終のすみかの現実(上)老人ホーム 手届かぬ東京 入居費1000万円、4割上昇