AIが急速に進歩すると、ハローワークの職業相談員の仕事も変わります。
これまで職業相談では、
求人を検索する
希望条件に合う仕事を探す
求人票を説明する
応募先を紹介する
といった業務が大きな役割を占めてきました。
しかし、求人情報がデジタル化され、AIが求職者の職歴やスキルを分析できるようになると、こうした仕事の一部はAIが支援できるようになります。
では、職業相談員は必要なくなるのでしょうか。
むしろ逆の可能性があります。
AIが求人を探せるようになるほど、人間には、
本人はなぜその仕事を希望しているのか
本当に大切にしたい条件は何なのか
別の職種へ移る可能性はないのか
といった、より深い相談を担当することが求められます。
AI時代の職業相談員は、求人を探す人から、求職者の意思決定を支援する人へ役割が変わっていくと考えられます。
AIが代替できる職業紹介業務
AIが得意なのは、大量の情報を処理し、一定の条件から候補を探す仕事です。
例えば求職者について、
職歴
保有資格
希望職種
希望勤務地
希望賃金
勤務時間
などの情報があります。
一方、企業の求人にも、
仕事内容
必要な経験
必要な資格
勤務地
賃金
勤務時間
などの情報があります。
AIを使えば、双方の情報を短時間で比較できます。
さらに単純な条件一致だけではなく、職務経歴からスキルを抽出し、別の職種との共通点を探すことも考えられます。
これまで相談員が一件ずつ求人票を確認していた作業の一部を、AIが支援できるようになる可能性があります。
求人検索そのものの価値は小さくなる
インターネットが普及する以前は、求人情報そのものを持っていることに大きな価値がありました。
求職者はハローワークなどへ行かなければ、十分な求人情報を得にくかったからです。
現在はスマートフォンから大量の求人を検索できます。
さらにAIが普及すれば、
自分に合いそうな求人を探してください
という依頼までできるようになります。
すると職業相談員が、
この求人があります
と情報を提示するだけでは、人間が担当する意味は小さくなります。
重要になるのは、その求人を本人が選ぶべきかどうかを一緒に考えることです。
AIは候補を出せても人生を決められない
AIは求職者と求人の共通点を分析できます。
例えば、
あなたの経験ならこの求人との適合度が高い
と示すことができます。
しかし、適合度が高いからといって、その人にとって最良の仕事とは限りません。
仕事を選ぶ理由は人によって違うからです。
収入を増やしたい。
家族との時間を大切にしたい。
体力的な負担を減らしたい。
専門能力を生かしたい。
社会とのつながりを維持したい。
新しい仕事に挑戦したい。
こうした価値観を一つの数字だけで判断することは難しいでしょう。
AIが候補を示し、その候補について人間と一緒に考える。
この役割分担が重要になります。
求職者の言葉をそのまま受け取らない
職業相談で重要なのは、求職者が最初に話した希望だけをそのまま受け取らないことです。
例えばシニアの求職者が、
事務職を希望します
と言ったとします。
そこで事務職の求人だけを検索すれば、従来型の職業紹介になります。
しかし相談員が、
なぜ事務職を希望するのですか
と尋ねると、別の事情が見えてくるかもしれません。
体力に自信がない。
土日に働きたくない。
以前事務職だったので安心できる。
人と接する仕事を避けたい。
理由によって、提案できる仕事は変わります。
本人が求めているのは事務職そのものではなく、
身体的負担の少ない仕事
かもしれません。
この違いを見つけることが相談員の重要な役割です。
求職者の価値観を引き出す
再就職では、
何ができるか
だけでなく、
何を大切にしたいか
を整理する必要があります。
例えば、
賃金
勤務時間
勤務地
仕事内容
役職
やりがい
社会とのつながり
などです。
すべての条件を満たす求人があるとは限りません。
そこで、
絶対に譲れない条件は何か
できれば満たしたい条件は何か
変更できる条件は何か
を整理します。
これは単純な求人検索ではありません。
本人自身も明確に言葉にできていない価値観を、対話によって引き出す仕事です。
AI時代ほど、こうした相談能力が重要になります。
本人も気づいていない能力を見つける
シニアには長年の職業経験があります。
しかし、自分の能力を正確に説明できるとは限りません。
例えば、
営業部長をしていました
という人がいます。
そこから相談員が具体的な経験を聞き出します。
部下を何人育成したのか。
どのような顧客と交渉したのか。
どのような問題を解決したのか。
どのような業務改善をしたのか。
すると、
人材育成
交渉
問題解決
計画策定
業務改善
といった能力が見えてきます。
本人にとって当たり前だった経験が、別の会社では価値を持つことがあります。
職歴をスキルへ翻訳することも職業相談員の重要な仕事になります。
希望と市場の現実をつなぐ
職業相談員は求職者の希望に寄り添う必要があります。
しかし、希望をそのまま肯定するだけでは十分ではありません。
例えば事務職を希望する求職者が多い一方、事務職の求人が少ない地域では、希望する仕事だけを紹介し続けても就職につながりにくくなります。
そこで、
職業別有効求人倍率
地域の人材需要
今後伸びる仕事
必要とされるスキル
などの情報を示します。
そのうえで、
現在の希望を続けるのか
別の職種も検討するのか
リスキリングするのか
を本人と考えます。
希望を否定するのではなく、判断材料を増やすことが重要です。
職種転換を提案する力が必要になる
これからの職業相談員には、
求人を紹介する能力
だけではなく、
職種転換を提案する能力
が求められます。
例えば事務職経験者について、
どのスキルを持っているのか
を整理します。
そして別の職業で必要なスキルと比較します。
その結果、
この仕事なら現在の経験を生かせる
この能力を学べば別の仕事へ移れる
と提案します。
職種名ではなくスキルを基準に労働市場を見る必要があります。
そのため相談員自身が、さまざまな職業について理解していなければなりません。
リスキリングまで提案する
別の仕事へ移るために能力が不足しているなら、学び直しが必要になります。
職業相談員には、
何を学べばよいのか
まで考える役割が求められます。
重要なのは、漠然と資格取得を勧めることではありません。
目指す仕事を決める。
その仕事に必要な能力を調べる。
現在持っている能力と比較する。
不足している部分だけを学ぶ。
この順番です。
求人情報、職業情報、職業訓練をつなぐことが、ハローワークの強みになる可能性があります。
企業側への提案も重要になる
職業相談員の役割は求職者への支援だけではありません。
企業側にも働きかけることができます。
例えば企業が、
経験10年以上
フルタイム勤務
幅広い業務を担当
という求人を出しているものの、応募者が集まらないとします。
その場合、
経験年数を見直せないか
短時間勤務にできないか
仕事を切り出せないか
シニアでも担当できる仕事はないか
と提案します。
求職者を企業の条件に合わせるだけでなく、企業側にも求人条件の変更を促すのです。
人手不足時代には、こうした双方向の調整が重要になります。
AIが相談員を支援する
AIと職業相談員は競争関係だけではありません。
AIを相談員の道具として利用できます。
例えばAIが、
候補求人を抽出する
職歴からスキルを整理する
似ている職業を探す
地域の求人動向を分析する
求人条件の緩和候補を示す
といった作業を担当します。
相談員はその情報を使って求職者と話します。
AIに情報処理を任せることで、人間は対話や意思決定支援により多くの時間を使えるようになります。
職業相談員には高い専門性が必要になる
AIが単純な求人検索を担当するほど、人間の相談員には高い専門性が必要になります。
例えば、
労働市場
職業情報
キャリア形成
リスキリング
企業の採用
AIやデジタル技術
高齢者雇用
などについて理解する必要があります。
さらに、
相手の話を聞く
質問する
本人の考えを整理する
選択肢を提示する
意思決定を支援する
といった相談能力も必要です。
AI時代には職業相談員の仕事が簡単になるのではなく、より高度になる可能性があります。
ハローワークの価値も相談の質で決まる
求人情報そのものはインターネットから簡単に取得できるようになりました。
AIによる求人推薦まで普及すれば、
求人を持っていること
だけではハローワークの強みになりにくくなります。
一方、ハローワークには全国のネットワークがあります。
地域企業との接点があります。
職業訓練など公的支援にもつなげられます。
この基盤に高度な職業相談を組み合わせることができれば、民間サービスとは異なる役割を持つことができます。
求人を紹介する窓口から、
地域の労働市場を理解し、人と仕事の移動を支援する拠点
へ変わることが重要になります。
結論
AI時代の職業相談員は、求人を探して紹介する人から、求職者の職業選択と意思決定を支援する人へ役割が変わっていくと考えられます。
求人検索。
条件の照合。
候補求人の抽出。
職歴からのスキル分析。
こうした仕事はAIが得意とする分野です。
一方、人間には、
なぜその仕事を希望するのか
何を大切にして働きたいのか
本人も気づいていない能力は何か
どの条件なら見直せるのか
ということを対話から引き出す役割があります。
さらに労働市場の情報を示し、必要なら職種転換やリスキリングを提案します。
企業側に対しても、求人条件の緩和や仕事の切り出しを働きかけることができます。
AIが仕事を奪うというより、AIによって職業相談員が担当する仕事の中身が変わると考えた方がよいでしょう。
AIが情報を探す。
人間が意味を考える。
AIが選択肢を提示する。
人間が本人の価値観を引き出す。
そして最後は求職者自身が決める。
求人情報を提供するだけではなく、一人ひとりが納得できる次の仕事を選ぶことを支援する。
それこそが、AI時代の職業相談員に求められる新しい専門性になるでしょう。
参考
日本経済新聞 2026年8月19日朝刊 老いるハローワークとAI