病院の正面にある調剤薬局には、その病院を受診した患者が次々と処方箋を持って訪れます。
一方、住宅街などにある薬局では、近隣の内科や整形外科、眼科、歯科など、さまざまな医療機関から発行された処方箋を受け付けていることがあります。
どちらも同じ調剤薬局ですが、処方箋をどこから受け付けているのかという経営構造には大きな違いがあります。
この違いを見るための重要な指標が処方箋集中率です。
処方箋集中率が高い薬局は、特定の医療機関から発行される処方箋に大きく依存していることを意味します。
そして調剤報酬では、この集中率が一定の条件のもとで薬局の報酬にも影響します。
なぜ国は、一つの病院から多くの患者が来る薬局について報酬上の評価を変えるのでしょうか。
その背景には、門前薬局中心の医薬分業から、患者を継続的に支えるかかりつけ薬局へ転換させたいという政策があります。
処方箋集中率とは何か
処方箋集中率とは、薬局が受け付けた処方箋のうち、特定の医療機関から発行された処方箋がどの程度を占めているのかを示す割合です。
基本的な考え方は非常にシンプルです。
ある薬局が一定期間に1000枚の処方箋を受け付け、そのうち800枚が同じ医療機関から発行されていたとします。
この場合、その医療機関への処方箋集中率は80%ということになります。
反対に1000枚の処方箋を多数の医療機関から幅広く受け付け、最も多い医療機関でも200枚だったとすれば、集中率は20%となります。
つまり処方箋集中率を見ることで、その薬局が特定の医療機関にどの程度依存しているのかを把握できます。
集中率が高い薬局とはどのような薬局か
処方箋集中率が高くなりやすい代表的な例が門前薬局です。
大規模な病院の正面やすぐ近くに店舗を構えていれば、その病院を受診した患者が自然に薬局へ流れてきます。
病院から一日に数百枚の処方箋が発行されれば、その一部を受け付けるだけでも相当な処方箋枚数になります。
特定の診療所のすぐ近くにある薬局でも同じです。
その診療所から発行される処方箋が店舗の大部分を占めていれば集中率は高くなります。
こうした薬局は、医療機関との距離を強みにして効率的に処方箋を獲得できるという特徴があります。
患者にとっても、診察を受けた直後に近くで薬を受け取れるという利便性があります。
集中率が低い薬局とはどのような薬局か
処方箋集中率が低い薬局では、特定の医療機関だけに依存せず、さまざまな医療機関から処方箋を受け付けています。
例えば住宅地の薬局で、近隣住民が利用する内科、整形外科、皮膚科、眼科などの処方箋を幅広く受け付けているケースです。
患者が大学病院など遠方の医療機関を受診した後、自宅近くの薬局へ処方箋を持ってくることもあります。
このような薬局では、特定の医療機関から大量の患者が自動的に来るわけではありません。
患者から継続的に選んでもらうことが重要になります。
一方で複数の医療機関から処方箋を受け付けるため、患者が使用している薬を横断的に確認しやすくなります。
かかりつけ薬局としての役割とも結び付きやすい経営モデルです。
なぜ集中率が報酬に影響するのか
処方箋集中率が調剤報酬に影響する背景には、薬局ごとの経営条件の違いがあります。
病院の目の前に店舗を構え、その病院から大量の処方箋を受け付ける薬局では、処方される薬の種類や患者数をある程度予測しやすくなります。
必要な医薬品の在庫を準備しやすく、人員配置も効率化できる可能性があります。
さらに患者が医療機関から継続的に来るため、処方箋を獲得するための条件にも恵まれています。
一方、地域のさまざまな医療機関から処方箋を受け付ける薬局では、幅広い処方に対応する必要があります。
こうした経営条件の違いを考慮して、調剤報酬では処方箋受付回数や集中率などに応じて調剤基本料の区分が設定されています。
集中率だけで報酬が機械的に決まるわけではありませんが、重要な判定要素の一つとなっています。
一つの病院への依存には経営リスクもある
処方箋集中率が高いことは、短期的には効率的な経営につながる場合があります。
しかし長期的に見ると大きなリスクもあります。
例えば薬局の処方箋の90%を一つの病院に依存していたとします。
その病院の患者数が10%減れば、薬局の処方箋枚数も大きく減少する可能性があります。
病院が診療科を縮小した場合にも影響を受けます。
医師の退職によって患者が別の医療機関へ移ることもあります。
さらに病院そのものが移転すれば、薬局の立地上の優位性が一気になくなる可能性があります。
特定の医療機関への依存度が高いということは、一つの取引先に売上の大部分を依存している一般企業と似た経営リスクを抱えているとも考えられます。
処方箋そのものの減少も影響する
さらに現在は、処方箋市場そのものが転換点を迎えています。
2025年度に病院などが発行した処方箋は8億5730万枚となり、前年度から0.8%減少しました。
新型コロナウイルス禍による特殊要因を除けば、比較可能な1993年度以降で初めての前年割れです。
背景には人口減少だけでなく、軽症であれば医療機関を受診せず、市販薬を利用して対応する人が増えていることなどがあります。
処方箋市場全体が拡大している間は、特定の病院に依存していても、その病院の患者が増えれば薬局も成長できます。
しかし市場全体が縮小すれば状況は変わります。
一つの病院から流れてくる処方箋だけに依存する経営モデルのリスクは、これまで以上に大きくなります。
国は門前から地域へ転換を促している
処方箋集中率を調剤報酬の評価に利用する背景には、国が目指す薬局像の変化もあります。
医薬分業が進み始めた時代には、病院で診察を受け、院外の薬局で薬を受け取る仕組みを広げること自体に大きな意味がありました。
その結果、病院の周辺に多数の門前薬局がつくられました。
しかし薬局が医療機関の前で処方箋を受け取り、薬を渡すだけでは、医薬分業による十分な効果を得られないという課題もあります。
そこで現在は、患者がどの医療機関を受診しても同じ薬局を利用し、薬をまとめて管理してもらう方向が重視されています。
医療機関を中心とした門前薬局から、患者を中心としたかかりつけ薬局への転換です。
複数の医療機関の処方箋を受ける意味
一つの薬局が複数の医療機関から処方箋を受け付けることには、医療上の意味もあります。
例えば高齢者が内科と整形外科と眼科を受診しているとします。
それぞれ別の門前薬局を利用すると、三つの薬局に薬の情報が分散します。
一方、すべての処方箋を一つのかかりつけ薬局へ持っていけば、薬剤師が患者の薬をまとめて確認できます。
同じような作用を持つ薬が重複していないか確認できます。
薬同士の飲み合わせに問題がないかを見ることもできます。
患者の自宅に余っている残薬について相談することもできます。
処方箋の集中率を低くすること自体が目的なのではなく、その先に患者の薬を一元的、継続的に管理するという目的があります。
薬局は病院ではなく患者を獲得する時代へ
門前薬局型の経営では、どの医療機関の近くに出店するかが重要でした。
患者数の多い病院の前に店舗を構えることができれば、大量の処方箋を確保できます。
しかし、かかりつけ薬局型では競争の考え方が変わります。
重要なのは病院を押さえることではなく、患者から継続的に利用してもらうことです。
患者が内科を受診しても、大学病院を受診しても、歯科を受診しても、その薬局へ処方箋を持ってきてもらう関係をつくります。
処方箋の発行元が変わっても患者との関係は続きます。
特定医療機関への依存を減らすことは、薬局にとって経営リスクの分散にもつながります。
在宅医療も依存度を下げる
在宅医療への対応も、特定医療機関への依存を減らす方法の一つです。
薬剤師が患者の自宅や高齢者施設を訪問し、服薬状況や残薬などを確認します。
在宅医療では医師だけではなく、訪問看護師やケアマネジャーなどさまざまな職種との連携も必要になります。
薬局と一つの病院だけの関係ではなく、地域の医療や介護を支えるネットワークの中に薬局が入ることになります。
高齢化が進めば、自宅や施設で医療を受ける患者の重要性は高まります。
処方箋を店舗で待つ経営から、地域の患者を継続的に支える経営への転換です。
集中率は薬局の経営モデルを映す数字
処方箋集中率は、一見すると調剤報酬を計算するための専門的な数字に見えます。
しかし、この数字を見ると薬局がどのような経営モデルを採用しているのかが分かります。
集中率が非常に高ければ、特定の医療機関への依存度が高い可能性があります。
集中率が低ければ、多くの医療機関から処方箋を受け付けている可能性があります。
もちろん集中率が低ければ必ず優れた薬局で、高ければ悪い薬局という単純な話ではありません。
病院の近くに薬局があることは患者の利便性にもつながります。
重要なのは、処方箋を効率的に受け付けることだけではなく、薬局が患者の薬物治療にどのような価値を提供しているかという点です。
調剤報酬制度は、その方向へ薬局を誘導する仕組みとして処方箋集中率を利用しています。
結論
処方箋集中率とは、薬局が受け付けた処方箋のうち、特定の医療機関から発行された処方箋がどの程度を占めるのかを示す割合です。
集中率が高ければ、その薬局が一つの病院や診療所に大きく依存している可能性があります。
こうした薬局では、大量の処方箋を効率的に受け付けられるというメリットがある一方、医療機関の患者数減少や移転などによって経営が大きな影響を受けるリスクがあります。
調剤報酬では処方箋受付回数などとともに集中率が調剤基本料の区分を判断する重要な要素となっています。
その背景にあるのは、病院の前で処方箋を受け取ることを中心とした薬局から、地域住民の薬を継続的に管理する薬局へ転換させたいという政策です。
さらに処方箋の発行枚数そのものが減少に転じたことで、一つの医療機関だけに依存する経営のリスクも高まっています。
これから薬局に求められるのは、どれだけ大きな病院の前に店舗を構えているかだけではありません。
複数の医療機関と連携しながら、一人の患者の薬を継続的に管理できるかどうかです。
処方箋集中率という数字は、調剤薬局が病院依存型から地域密着型へ転換できているかを見る一つの指標でもあるのです。
参考
日本経済新聞 2026年8月18日 市販薬シフトで処方箋減少 昨年度、調剤薬局に再編圧力