処方箋が減る時代とは何か 市販薬シフトで調剤薬局の再編が進む理由編

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病院や診療所を受診した後、医師から処方箋を受け取り、近くの調剤薬局で薬を受け取る。この流れは長年、日本の医療では当たり前の光景になってきました。

ところが、その前提に大きな変化が起きています。

2025年度に病院などが発行した処方箋の枚数は8億5730万枚となり、前年度から0.8%減少しました。新型コロナウイルス禍による受診控えの影響を受けた2020年度を除けば、比較可能な1993年度以降で初めての前年割れです。

背景には人口減少だけではなく、軽い症状であれば病院を受診せず、市販薬を利用して自分で対応するという行動の広がりがあります。

処方箋の増加を前提として店舗網を拡大してきた調剤薬局にとって、処方箋の減少は単なる一時的な売上減少ではありません。市場そのものが成長期から成熟期、さらに縮小期へ移り始めた可能性があります。

処方箋の枚数はなぜ減少したのか

日本では長い間、医療機関を受診する患者数の増加などを背景として、処方箋の発行枚数も増える傾向が続いてきました。

その流れを変えつつある要因の一つが、市販薬の利用拡大です。

市販薬は一般用医薬品やOTC医薬品とも呼ばれ、医師の処方箋がなくても薬局やドラッグストアなどで購入できます。

風邪や頭痛、胃腸の不調など比較的軽い症状であれば、病院を受診するのではなく、市販薬を利用して様子を見る人も少なくありません。

新型コロナウイルス禍では医療機関への受診を控える動きが広がりました。その経験を通じて、軽症であれば自分で対応するという行動が定着した面もあります。

国内のOTC医薬品市場は2025年に9051億円となり、2024年から3%増加しました。2020年と比べると13%増えています。

つまり、処方薬から市販薬への緩やかなシフトが進んでいると考えることができます。

セルフメディケーションとは何か

こうした動きと深く関係するのがセルフメディケーションです。

セルフメディケーションとは、自分自身の健康に責任を持ち、軽度な身体の不調について自分で手当てするという考え方です。

すべての病気を自分で治すという意味ではありません。

重い症状や長期間続く症状については医療機関を受診する必要がありますが、軽い症状については市販薬などを適切に利用することで対応します。

国にとってもセルフメディケーションが広がれば、医療機関への過度な受診を抑え、医療費の適正化につながる可能性があります。

一方で、患者が医療機関を受診しなければ処方箋は発行されません。

セルフメディケーションの拡大は、調剤薬局にとって処方箋需要の減少につながる可能性があるのです。

医薬分業で調剤薬局は増えてきた

現在の調剤薬局市場を理解するためには、医薬分業について知っておく必要があります。

医薬分業とは、医師が診察して処方箋を発行し、薬剤師がその処方箋に基づいて薬を調剤するという役割分担です。

かつては病院や診療所の中で薬を受け取る院内処方が一般的でした。

その後、国が医薬分業を推進したことで、医療機関の外にある調剤薬局で薬を受け取る院外処方が広がりました。

これを追い風として調剤薬局各社は店舗網を拡大してきました。

現在では全国の薬局数は6万店を超えています。

しかし、店舗数が十分に増えたところで処方箋まで減少し始めれば、これまでと同じような出店戦略を続けることは難しくなります。

市場の成長を前提として店舗数を増やす時代から、一つ一つの店舗の収益力を問われる時代へ移りつつあります。

門前薬局の経営モデルが難しくなる

特に影響を受ける可能性があるのが、特定の病院や診療所の近くに店舗を構える門前薬局です。

門前薬局は医療機関を受診した患者が持参する処方箋を受け付けることで収益を得てきました。

立地条件が良く、医療機関から安定的に患者が来れば効率的なビジネスモデルになります。

しかし、受診者や処方箋そのものが減少すれば、このモデルは大きな影響を受けます。

さらに国は、患者が特定の医療機関の近くにある薬局だけを利用するのではなく、地域で継続的に患者を支える薬局への転換を促しています。

単に処方箋を受け取り、薬を渡すだけでは十分な付加価値を生み出しにくくなっているのです。

調剤報酬の改定も薬局経営を変える

調剤薬局の収入を左右するもう一つの重要な要素が調剤報酬です。

調剤報酬とは、保険薬局が処方箋に基づいて調剤や服薬指導などを行った場合に受け取る報酬です。

薬局が自由に価格を決める一般的な小売業とは異なり、調剤薬局の収益は国が定める報酬体系から大きな影響を受けます。

2026年6月の調剤報酬改定では、都市部に新たに出店する一部の中小薬局について報酬が引き下げられました。

背景には、薬局が集中する都市部と薬局不足が問題となる地方との格差があります。

処方箋枚数の減少と調剤報酬の引き下げが同時に進めば、特に規模の小さい薬局では経営への影響が大きくなります。

これまで黒字だった店舗でも、収益構造によっては赤字へ転落する可能性があります。

在宅医療が新しい収益基盤になる

処方箋が減少するなかで重要性を増しているのが在宅医療です。

高齢化が進む日本では、自宅や高齢者施設で医療を受ける患者が増えていくと考えられます。

薬剤師が患者の自宅などを訪問し、薬を届けるだけではなく、服薬状況や残薬、副作用などを確認する役割が求められます。

複数の薬を服用している高齢者では、飲み忘れや重複投薬などの問題もあります。

薬剤師が在宅医療に参加することで、こうした問題を防ぐことができます。

薬局に患者が来るのを待つのではなく、薬剤師が患者の生活の場へ出向くという方向への転換です。

オンライン服薬指導で商圏が変わる

デジタル化も調剤薬局の経営モデルを変えています。

オンライン服薬指導を利用すれば、患者と薬剤師が離れた場所にいても服薬方法などについて説明を受けることができます。

薬歴をクラウド上で管理すれば、店舗という物理的な場所に縛られず患者情報を共有することも可能になります。

これまでの調剤薬局では、どの病院の近くに店舗を出すかという立地戦略が非常に重要でした。

しかしオンライン化が進めば、店舗の場所だけで競争力が決まるとは限りません。

患者にとって使いやすいデジタルサービスを提供できるかどうかも重要になります。

調剤薬局は店舗型ビジネスから、医療サービスとデジタルを組み合わせたビジネスへ変わり始めています。

なぜ調剤薬局のM&Aが増えるのか

市場が縮小局面に入ると、業界再編が起こりやすくなります。

調剤薬局業界は店舗数が多い一方で、中小事業者も数多く存在します。

最大手でも市場シェアが1割に満たないとされ、他の業界と比べても市場が分散しています。

そのため大手企業にとっては、中小薬局を買収することで店舗網を拡大できる余地があります。

一方、中小薬局の経営者にとっても、処方箋減少、調剤報酬改定、人材不足、デジタル投資などに単独で対応することが難しくなれば、大手への事業売却が選択肢になります。

市場拡大期には新規出店によって店舗を増やすことができます。

しかし市場が成熟すると、新規出店より既存店舗を買収した方が効率的になる場合があります。

そのため、今後は新規出店競争からM&A競争へと軸足が移る可能性があります。

買われる薬局と淘汰される薬局に分かれる

ただし、中小薬局であればどこでも大手企業に買収してもらえるわけではありません。

M&Aでは買い手側も将来の収益性を厳しく確認します。

重要になるのは、特定の医療機関だけに依存していないこと、在宅医療に対応できること、デジタル化が進んでいること、薬剤師を確保できていることなどです。

地域の複数の医療機関と連携し、患者から継続的に利用されている薬局であれば価値は高くなります。

反対に、一つの医療機関から来る処方箋だけに大きく依存している薬局では、その医療機関の患者数が減ったり閉院したりすると経営が急速に悪化する可能性があります。

調剤薬局業界の再編では、単に店舗数を減らすだけではなく、どのような機能を持つ薬局を残すのかという選別も進むことになります。

ドラッグストアとの一体化も進む

もう一つ注目されるのが、ドラッグストアと調剤薬局の融合です。

大手ドラッグストアでは、日用品や食品、市販薬を販売する店舗に調剤機能を併設する形が広がっています。

このモデルでは、処方箋による調剤収入だけに依存する必要がありません。

処方箋が減少しても、市販薬や化粧品、日用品、食品など別の商品から収益を得ることができます。

さらに市販薬へのシフトが進めば、OTC医薬品を扱うドラッグストアにとっては新たな需要になります。

同じ医薬品市場でも、処方薬の縮小がそのまま業界全体の縮小を意味するわけではありません。

処方薬から市販薬へ、店舗からオンラインへ、来店型から在宅型へと需要の場所が移動していると見ることもできます。

結論

2025年度の処方箋発行枚数が前年割れとなったことは、調剤薬局業界にとって大きな転換点です。

背景には人口減少だけではなく、軽症であれば市販薬を利用するセルフメディケーションの広がりがあります。

医薬分業を追い風として店舗数を増やしてきた調剤薬局は、処方箋が増えることを前提とした成長モデルを見直さなければならなくなっています。

これから重要になるのは、店舗数の多さだけではありません。

在宅医療への対応、オンライン服薬指導、薬歴のデジタル化、地域医療との連携など、処方箋を受け取って薬を渡す以外の機能が問われます。

その対応には人材や設備、システムへの投資が必要になるため、中小薬局が単独で生き残ることは次第に難しくなります。

その結果、大手によるM&Aが増え、調剤薬局業界の再編が加速する可能性があります。

処方箋の減少は、単に薬局の仕事が減るという話ではありません。

日本の薬局が、医療機関の近くで処方薬を渡す場所から、地域住民の健康を幅広く支える医療拠点へ変われるかどうかが問われる転換点なのです。

参考

日本経済新聞 2026年8月18日 市販薬シフトで処方箋減少 昨年度、調剤薬局に再編圧力

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