メガバンクの富裕層戦略を見ていると、預金残高とは別に「預かり資産」という言葉がよく登場します。
今回の記事でも、三井住友フィナンシャルグループは超富裕層向けの営業担当者を増やし、2028年度の預かり資産を2025年度比2割増の28兆円に伸ばす方針とされています。
銀行なのだから、どれだけ預金を集めたかを見ればよいようにも思えます。
しかしウェルスマネジメントでは、預金だけでは顧客との取引規模を十分に把握できません。
株式や投資信託、債券などを含め、顧客の金融資産をどれだけ自社グループで管理しているのかが重要になるからです。
そこで使われる重要な指標の一つが預かり資産です。
預かり資産とは何か
預かり資産とは、金融機関が顧客から預かり、管理している金融資産を幅広く捉える考え方です。
英語ではAssets Under ManagementやAssets Under Administrationなどの概念が使われることがあります。
ただし、具体的にどの資産を含めるかは金融機関や開示資料によって異なるため、数字を比較するときには定義を確認する必要があります。
預金だけではなく、投資信託や株式、債券などが含まれる場合があります。
銀行だけを見るのではなく、傘下の証券会社や信託銀行などを含めたグループ全体の預かり資産を重視する金融グループもあります。
つまり預かり資産は、顧客がその金融グループにどれだけの財産を任せているのかを見る指標の一つと考えることができます。
預金残高とは何が違うのか
預金と預かり資産では、金融機関との関係が異なります。
顧客が銀行へ1000万円を預金すると、その1000万円は銀行にとって預金という負債になります。
銀行は預かった資金を融資や有価証券運用などへ回します。
一方、顧客が証券会社の口座で1000万円分の株式を保有している場合、その株式そのものが証券会社の財産になるわけではありません。
基本的には顧客の財産です。
金融機関はその資産の取引や管理などを担います。
したがって預金残高と預かり資産は、同じように顧客のお金に関係する数字でも意味が違います。
なぜ株式も預かり資産になるのか
例えば超富裕層が10億円の財産を持っているとします。
内訳が預金2億円、株式4億円、投資信託2億円、債券2億円だったとします。
預金だけを見ると、その顧客との取引は2億円です。
しかし株式や投資信託、債券まで同じ金融グループで管理していれば、金融機関から見た顧客との資産管理上の関係はもっと大きくなります。
ウェルスマネジメントでは、預金だけではなく顧客の金融資産全体を見る必要があります。
そのため預かり資産という考え方が重要になります。
預かり資産が増えると銀行はどう稼ぐのか
預かり資産そのものが、そのまま金融機関の売上高になるわけではありません。
例えば顧客から1億円の資産を預かったからといって、金融機関が1億円の利益を得るわけではありません。
重要なのは、その資産を管理する過程でさまざまな収益機会が生まれることです。
投資信託などの金融商品に関する手数料。
資産管理に関する報酬。
証券取引に関係する収益。
さらに顧客との関係から融資や不動産、相続、事業承継などの取引につながる可能性もあります。
預かり資産は将来の収益を生み出す顧客基盤でもあります。
残高に連動する収益が重要になる
金融機関にとって特に魅力があるのが、顧客の資産残高に応じて継続的に収益が発生するビジネスです。
例えば一度金融商品を販売して手数料を受け取るだけなら、その取引が終われば収益もいったん終了します。
一方、一定の資産残高に応じて継続的な管理報酬などを受け取る仕組みであれば、顧客が資産を預け続ける限り収益が期待できます。
こうした収益は一般にストック型収益と呼ばれることがあります。
一回ごとの取引に依存する収益より、継続性を期待しやすいことが特徴です。
ウェルスマネジメントで預かり資産の拡大が重視される大きな理由です。
資産価格が上がるだけでも預かり資産は増えることがある
預かり資産を見るときには注意点があります。
預かり資産の増加が、必ずしも新しい顧客資金の流入だけを意味するわけではありません。
例えば顧客から預かっている株式が100億円あったとします。
株価が20%上昇すれば、単純化するとその時価は120億円になります。
新しい資金が入っていなくても、預かり資産は20億円増えます。
反対に株式市場が下落すれば、顧客が資金を引き出していなくても預かり資産が減少することがあります。
したがって預かり資産の増減を見るときには、資金流入と市場価格の変動を分けて考えることが重要です。
新規資金の流入が重要になる
金融機関の競争力を見るうえでは、顧客が新しくどれだけ資金を預けたのかも重要です。
例えば預かり資産が100兆円から110兆円へ増えたとしても、株価上昇だけで10兆円増えたのであれば、新しい資金を獲得したわけではありません。
一方、市場価格がほとんど変わっていないのに100兆円から110兆円へ増えたのであれば、多額の資金が新たに流入した可能性があります。
富裕層獲得競争では、単なる残高だけではなく新規顧客や新規資金をどれだけ獲得できるかが重要になります。
なぜ超富裕層では預かり資産が巨大になるのか
超富裕層は一世帯当たりの金融資産額が非常に大きいため、一人の顧客を獲得したときの効果も大きくなります。
例えば金融資産を20億円持つ企業オーナーが、取引金融機関を変更したとします。
預金だけではなく株式や債券、投資信託なども新しい金融グループへ移せば、一人の顧客だけで巨額の預かり資産が移動する可能性があります。
さらに会社売却によって数十億円の現金が生まれれば、その資金をどの金融機関が獲得するかによって預かり資産が大きく変わります。
だからこそメガバンクは超富裕層専門の営業担当者を増やしています。
銀行だけでは預かり資産を増やしにくい
顧客の資産全体を預かるには、銀行だけでは十分ではありません。
銀行は預金や融資を得意とします。
しかし株式や投資信託などの運用では証券会社が重要になります。
相続、不動産、資産承継などでは信託銀行の機能が必要になることがあります。
そのためメガバンクグループは銀行、証券、信託を連携させます。
顧客が持つさまざまな資産をグループ内で管理できれば、預かり資産全体を増やすことができます。
なぜメガバンクは預かり資産を競うのか
預かり資産を増やすことには、単に手数料収入を増やす以上の意味があります。
顧客との関係を深くできるからです。
例えば銀行に定期預金だけを持つ顧客であれば、より高い金利を提示する別の銀行へ資金を移すことは比較的容易です。
しかし預金だけではなく、株式、投資信託、不動産、融資、相続、事業承継まで一つの金融グループと取引していれば関係は深くなります。
金融機関側も顧客の資産全体を把握しやすくなります。
そこから新しい課題を見つけ、別のサービスを提案することもできます。
ウェルスマネジメントでは預かり資産の大きさが顧客との関係の深さを示す一つの指標になるわけです。
米欧の金融機関が先行している
米欧の大手金融機関では、富裕層の資産管理事業が大きな収益源になっています。
今回の記事では、米モルガン・スタンレーの顧客からの預かり資産は2025年末に7.4兆ドルに達し、2020年末から85%増えたとされています。
富裕層から巨額の資産を預かり、その資産から継続的に収益を得るモデルが金融機関の経営を支えています。
日本のメガバンクが預かり資産の拡大を競っている背景には、こうした海外金融機関の成功モデルもあります。
預かり資産は金融機関のものではない
最後に重要なのは、預かり資産という言葉から、すべてが金融機関自身の財産だと考えないことです。
株式や投資信託などは基本的に顧客の財産です。
金融機関はそれを管理したり、運用サービスを提供したりします。
したがって預かり資産が100兆円ある金融機関が、100兆円の自己資産を持っているという意味ではありません。
預かり資産は金融機関の財産規模というより、顧客からどれだけ大きな資産を任されているかを見る数字です。
ここを理解すると、ウェルスマネジメントビジネスの姿が分かりやすくなります。
結論
預かり資産とは、預金だけではなく株式、投資信託、債券などを含め、金融機関が顧客から預かり管理している資産を幅広く捉える指標です。
預金残高だけでは、富裕層との取引全体を把握することはできません。
超富裕層は数億円、数十億円の金融資産を持っています。
その資産を銀行、証券、信託を通じて幅広く預かることができれば、金融機関には資産運用や管理に伴う継続的な収益機会が生まれます。
さらに融資、M&A、不動産、相続、事業承継などへ取引が広がる可能性もあります。
そのためウェルスマネジメントでは、どれだけ預金を集めたかだけではなく、顧客の資産全体をどれだけ預かっているかが重要になります。
メガバンクによる超富裕層争奪は、銀行の競争軸が預金残高や貸出金残高だけではなく、預かり資産へ広がっていることを示しています。
銀行が目指しているのは、顧客のお金を預金として預かるだけの関係ではありません。
顧客の金融資産、事業、相続まで含めて長期間管理する関係です。
預かり資産という数字は、日本の銀行が従来型の銀行業からウェルスマネジメントへ事業領域を広げていることを読み解く重要な指標だといえるでしょう。
参考
日本経済新聞 2026年8月17日 朝刊 メガ銀、「超富裕層」を争奪 三井住友は営業担当者2倍
日本経済新聞 2026年8月17日 朝刊 超富裕層 金融資産5億円以上の世帯