日本の銀行は長い間、預金を集め、その資金を企業や個人へ貸し出すことで利益を得てきました。
預金者へ支払う金利よりも高い金利で融資し、その差額を収益にする仕組みです。
しかしメガバンクが現在強化している超富裕層向けビジネスでは、融資による金利収入だけが収益源ではありません。
資産運用、M&A、不動産、相続、事業承継など、さまざまなサービスから手数料収入を得ることができます。
しかも一度顧客との関係を築けば、本人だけではなく子どもや孫まで長期間にわたって取引が続く可能性があります。
富裕層ビジネスは、銀行の収益構造そのものを変える可能性を持っています。
銀行の利ざやとは何か
銀行の伝統的な収益源の一つが利ざやです。
例えば銀行が預金者から年0.5%で資金を集め、その資金を企業へ年2%で貸し出したとします。
単純化すれば、金利差は1.5%です。
実際には銀行の経費や信用コストなどがあるため、その差額がそのまま利益になるわけではありません。
それでも預金などで低コストの資金を集め、より高い金利で貸し出すことが銀行ビジネスの基本の一つです。
日本では長期間にわたって低金利が続いたため、この金利差から十分な収益を確保することが難しい時期が続きました。
そこで銀行は金利収入以外の収益源を拡大してきました。
手数料収入とは何か
手数料収入とは、金融機関がサービスを提供した対価として受け取る収益です。
例えば顧客が投資信託などの金融商品を利用すれば、商品や契約内容に応じて金融機関に手数料収入が生じることがあります。
M&Aを支援すれば、助言などに対する手数料を受け取ることがあります。
不動産取引を支援する場合にも収益機会があります。
相続や資産承継に関係するサービスから収益が生じる場合もあります。
銀行にとって重要なのは、貸出金を増やさなくてもサービスの提供によって収益を得られることです。
なぜ富裕層は手数料収入につながりやすいのか
最大の理由は、一人当たりの取引金額が大きいことです。
例えば1000万円の金融資産を持つ顧客と10億円の金融資産を持つ顧客では、同じ資産運用でも取引規模が大きく異なります。
さらに超富裕層では、単純な金融商品の売買だけではありません。
融資。
資産運用。
不動産。
M&A。
事業承継。
相続。
さまざまな取引が発生する可能性があります。
一人の顧客から複数の収益機会が生まれることが、富裕層ビジネスの特徴です。
資産運用は継続的な収益になりやすい
資産運用ビジネスでは、金融商品を一度販売して終わるだけではありません。
顧客から預かった資産を長期間管理することで、継続的に収益を得るビジネスがあります。
例えば顧客が10億円の金融資産を運用しているとします。
その資産を長期間管理できれば、金融機関にとって継続的な収益機会になります。
顧客の資産が増えれば、金融機関側の収益も増える可能性があります。
そのため現在のウェルスマネジメントでは、商品を何回売ったかだけではなく、どの程度の資産を長期間預かっているかが重要になります。
M&Aは一件でも大きな収益になる
企業オーナーを顧客にすると、M&Aという大きな取引が発生する可能性があります。
例えば数十億円規模の会社を第三者へ売却するとします。
金融機関や証券会社がM&Aを支援すれば、案件規模などに応じて大きな手数料収入を得る可能性があります。
元の記事でも、オーナー企業の事業売却を支援すれば、一件当たり数千万円から数億円の収益が見込めるとされています。
一般の個人向け金融商品の販売とは取引規模が大きく異なります。
企業オーナーがメガバンクの超富裕層戦略で重要になる理由の一つです。
M&Aの後にも取引が続く
さらに重要なのは、M&Aの手数料だけではありません。
企業オーナーが会社を30億円で売却したとします。
M&Aが成立すると、オーナーの手元に巨額の金融資産が生まれる可能性があります。
金融機関はその資金を預金として受け入れることができます。
株式や債券などによる資産運用を提案することもできます。
不動産への投資を検討するかもしれません。
将来的には相続や資産承継の問題も発生します。
一件のM&Aから、その後何十年にもわたる金融取引が生まれる可能性があります。
不動産も大きな収益機会になる
超富裕層は金融資産だけではなく、巨額の不動産を保有していることがあります。
賃貸マンション。
オフィスビル。
商業施設。
土地。
こうした不動産の売買や有効活用、資金調達などについて金融機関が支援することがあります。
不動産を購入するための融資が発生すれば金利収入につながります。
不動産関連サービスから手数料収入が生まれる場合もあります。
さらに不動産は相続とも密接に関係するため、資産承継の相談へ発展する可能性があります。
一つの不動産取引が複数の金融サービスにつながるわけです。
相続も継続的な資産管理につながる
超富裕層との取引では、相続も重要な収益機会になります。
相続が発生すれば、預金、株式、不動産、自社株などの財産が次世代へ移ります。
金融機関は遺言や資産承継などに関係するサービスを提供することがあります。
さらに重要なのは、相続後も資産そのものが消えるわけではないことです。
親が持っていた10億円の金融資産が子どもへ相続されれば、今度は子どもが10億円を管理することになります。
金融機関が次世代との関係を維持できれば、資産管理ビジネスも継続できます。
継続的な資産管理収入が重要になる
富裕層ビジネスで金融機関が重視するのは、一度だけ大きな手数料を得ることだけではありません。
毎年継続して収益を得られる関係をつくることです。
資産運用を長期間任せてもらう。
預金を預かる。
必要なときには融資する。
不動産やM&Aを支援する。
相続が発生すれば次世代の資産管理を支援する。
このように顧客の人生に沿って取引が続きます。
単発の商品販売ではなく、顧客との長期的な関係そのものが収益源になります。
利ざや収入と手数料収入は性質が違う
融資による金利収入を増やすには、基本的には貸出金を増やす必要があります。
貸出金が増えれば、企業などの信用リスクも銀行が負います。
貸した企業が返済できなくなれば損失が発生する可能性があります。
一方、資産管理やM&Aなどによる手数料収入では、必ずしも銀行自身が巨額の資金を貸し出す必要はありません。
サービスや専門知識を提供することで収益を得られます。
そのため銀行にとって、手数料収入を増やすことは収益源を多様化する意味があります。
銀行と証券と信託を一体化する理由
富裕層から多様な手数料収入を得るには、銀行だけでは十分ではありません。
銀行は預金や融資を得意とします。
証券会社は資産運用、資本市場、M&Aなどに強みがあります。
信託銀行は不動産、相続、遺言、資産承継などを得意とします。
これらを組み合わせれば、一人の顧客に幅広いサービスを提供できます。
メガバンクが銀行、証券、信託をまたぐ一体運営を強化しているのは、顧客の課題を総合的に解決すると同時に、グループ全体の収益機会を広げられるからです。
預かり資産を増やすことが重要になる
こうしたビジネスでは、銀行の規模を測る指標も変わってきます。
従来は預金残高や貸出金残高が重要でした。
ウェルスマネジメントでは、顧客からどれだけの資産を預かっているかも重要になります。
預かり資産が大きければ、それだけ資産運用や資産管理から継続的な収益を得られる可能性が高くなります。
三井住友フィナンシャルグループが超富裕層からの預かり資産を増やそうとしているのも、このためです。
銀行の競争が、どれだけ貸したかだけではなく、どれだけ顧客資産を預かっているかという競争へ広がっています。
結論
富裕層ビジネスが手数料収入を生みやすい最大の理由は、一人の顧客からさまざまな金融取引が生まれることです。
資産運用。
M&A。
不動産。
相続。
事業承継。
これらのサービスを組み合わせることで、金融機関は融資の利ざやだけに依存しない収益を得ることができます。
さらに超富裕層では一件当たりの取引規模が大きくなります。
企業売却のM&Aでは、一件で数千万円から数億円規模の収益につながる可能性もあります。
そして本当に重要なのは、その一件で取引が終わらないことです。
会社を売却すれば巨額の金融資産が生まれ、その運用が始まります。
その後には不動産、相続、次世代への資産承継があります。
銀行にとって超富裕層ビジネスとは、金融商品を一度販売して手数料を得るビジネスではありません。
顧客の資産と事業、そして一族と長期間付き合うことで継続的な収益を得るビジネスです。
メガバンクによる超富裕層争奪は、日本の銀行が預金と融資による利ざやを中心としたビジネスから、資産管理と手数料収入をもう一つの大きな柱とするビジネスへ転換していることを示しているといえるでしょう。
参考
日本経済新聞 2026年8月17日 朝刊 メガ銀、「超富裕層」を争奪 三井住友は営業担当者2倍
日本経済新聞 2026年8月17日 朝刊 超富裕層 金融資産5億円以上の世帯