事業所税は、全国すべての市町村で課税される税金ではありません。
東京都の区部や政令指定都市、首都圏や近畿圏の特定の市のほか、人口30万人以上の市のうち政令で指定された都市などが課税団体となります。
なぜ人口30万人という基準が設けられているのでしょうか。
その背景には、企業や人口が集積する大都市では、道路、上下水道などの都市インフラを整備するために特別な財政需要が生じるという考え方があります。
そこで、大都市で事業活動を行う企業などにも、その都市環境を整備する費用の一部を負担してもらうために事業所税が設けられています。
ところが、日本全体で人口減少が進むなか、人口30万人という基準そのものが新しい問題を生み始めています。
事業所税は大都市特有の財政需要に対応する税金
事業所税を理解するためには、まず大都市に企業や人口が集中すると何が起こるのかを考える必要があります。
企業が集まれば、多くの従業員がその都市で働きます。
通勤する人が増えれば道路や交通環境の整備が必要になります。
オフィス、店舗、工場などが増えれば、上下水道をはじめとする都市インフラの整備や維持も必要になります。
都市が大きくなればなるほど、こうした行政需要も増加します。
そこで、住民だけではなく、その都市で一定規模以上の事業活動を行う企業などにも都市整備の費用を負担してもらうという考え方が生まれます。
それが事業所税です。
企業の集積が行政需要を増やす
企業が都市に集積することは、自治体にとって大きなメリットがあります。
雇用が生まれ、地域経済が活性化し、さまざまな税収も期待できます。
一方で、企業の集積には行政コストも伴います。
例えば、企業の従業員が毎日その都市へ通勤していても、全員がその都市の住民とは限りません。
周辺自治体から大量の人が通勤してくる都市では、昼間人口が夜間人口を大きく上回ることがあります。
自治体は、住民だけではなく、その都市で働いたり活動したりする人を支えるインフラも整備しなければなりません。
事業所税には、このような大都市特有の財政需要を企業にも負担してもらうという考え方があります。
資産割は事業所の物理的な規模を見る
事業所税の資産割は、事業所床面積1平方メートルにつき600円で課税されます。
床面積が広い企業ほど、基本的には負担が大きくなります。
これは、大規模な事業所ほど都市空間を利用し、それに伴って都市インフラへの需要も大きくなるという考え方と結びついています。
大きなオフィス、大型店舗、工場などが集積すれば、道路や上下水道などの整備も必要になります。
そのため、企業利益ではなく事業所の物理的な規模を課税基準の一つとしています。
事業所税が法人税とは異なる考え方で設計されている理由でもあります。
従業者割は都市で働く人の規模を見る
もう一つの従業者割は、従業者給与総額の0.25%で課税されます。
こちらは、そこで働く人の規模に着目した仕組みです。
従業者が多い事業所が集積すれば、通勤や都市活動に伴う行政需要も大きくなります。
そのため、従業者給与総額という指標を使って事業活動の規模を捉えています。
資産割が場所の規模、従業者割が人の規模に着目していると考えると、事業所税の仕組みが分かりやすくなります。
大都市で生じる行政需要を、床面積と給与という二つの側面から捉えているわけです。
なぜすべての市町村に課税しないのか
企業が事業活動を行えば、規模の小さな市町村でも道路や上下水道などの行政サービスを利用します。
それならば、全国すべての市町村で事業所税を課税してもよさそうに思えます。
しかし、事業所税は大都市における企業や人口の集中によって生じる特別な財政需要に対応する税金として設計されています。
そのため、課税団体を限定しています。
人口規模などを基準として、都市として一定以上の行政需要が存在すると考えられる地域を対象としているのです。
人口30万人という基準も、その境界を決める一つの指標として機能してきました。
人口30万人は都市規模を測る指標になっている
人口は、都市の規模を比較するうえで分かりやすい指標です。
人口が多ければ、住宅、企業、商業施設なども一定程度集積していると考えられます。
そこで、一定の人口規模を持つ都市について、事業所税を課税できる仕組みが設けられています。
現在の制度では、5年ごとに行われる国勢調査の人口や、1月1日時点の住民基本台帳人口が判定に関係します。
いずれかが30万人以上であることなどによって、課税団体としての要件を満たす仕組みがあります。
30万人という数字は、単なる税収確保の基準ではなく、事業所税を課すほどの都市的な財政需要があるかどうかを判断するための基準として位置付けられています。
人口30万人を下回ると課税団体から外れることがある
人口減少が進むと、この仕組みが逆方向に働きます。
人口が30万人以上だった都市でも、人口減少が続けば基準を下回ることがあります。
2026年には秋田市と福岡県久留米市が要件を満たさなくなり、課税団体の指定から外れました。
これによって事業所税の課税団体は77団体から75団体へ減少しました。
今後も人口30万人前後の都市で人口減少が続けば、同様に指定から外れる都市が増える可能性があります。
制度が作られた当時とは逆に、人口減少によって課税団体が縮小していく問題が生じているのです。
人口が減ってもインフラがすぐ不要になるわけではない
ここに人口30万人基準の難しい問題があります。
例えば、人口が31万人から29万人へ減少したとしても、その都市にある道路や上下水道などが突然不要になるわけではありません。
人口30万人のときに整備した都市インフラは、人口が29万人になっても維持する必要があります。
むしろ人口が減少すると、インフラを利用する住民一人当たりの維持費が増える可能性があります。
それにもかかわらず、人口基準を下回ったことによって事業所税という財源を失えば、自治体財政には二重の負担となることがあります。
人口が減るほど財源が必要になる面がある一方で、人口減少によって課税できなくなるという矛盾が生じます。
都市の規模は人口だけで測れるのか
人口減少時代には、もう一つの疑問も生じます。
都市の行政需要を人口だけで判断してよいのかという問題です。
例えば、居住人口は30万人を下回っていても、大規模な企業や工場が集積している都市があります。
周辺自治体から多くの人が通勤してくるため、昼間人口が大きい都市もあります。
観光客や交流人口が多い都市では、住民基本台帳上の人口以上に都市インフラが利用されることがあります。
こうした都市について、居住人口が30万人を下回ったという理由だけで事業所税の課税団体から外すことが、現在の都市構造に合っているのかという論点があります。
基準を引き下げれば別の問題が生じる
それでは、人口30万人という基準を25万人や20万人へ引き下げればよいのでしょうか。
問題はそれほど単純ではありません。
基準を引き下げれば、これまで事業所税が課税されていなかった都市が新たに課税団体となる可能性があります。
その都市で一定規模以上の事業所を持つ企業には、新たな税負担が生じることになります。
自治体側から見れば財源が増えますが、企業側から見れば負担増です。
企業立地や地域間競争への影響も考える必要があります。
どこまでを大都市特有の財政需要として事業者に負担してもらうのかという、事業所税本来の性格にも関わる問題になります。
政府は基準見直しに慎重な姿勢を示している
人口減少によって課税団体が減少する問題は、国政でも取り上げられています。
2026年7月には、事業所税の課税団体の要件に関する質問主意書が提出され、人口30万人という要件を含む課税の在り方について政府の考え方が問われました。
政府は答弁書で、課税団体を限定する事業所税の性格を踏まえると、課税団体の要件の見直しには慎重な検討が必要との考え方を示しています。
単純に人口減少に合わせて基準を引き下げればよいとは考えていないことが分かります。
自治体財源を確保する必要性と、事業所税を限定された都市だけに課税する制度趣旨との調整が必要だからです。
人口減少時代には制度の前提そのものが変わる
人口30万人という基準は、人口や企業が都市へ集中し、都市が拡大していく時代には分かりやすい基準でした。
しかし、日本全体の人口が長期的に減少する時代になると、制度を取り巻く環境は変わります。
都市の人口が減少しても、既存のインフラや行政サービスを維持する必要があります。
一方、人口基準を維持すれば事業所税を課税できる都市は徐々に減少する可能性があります。
今後は単純な居住人口だけでなく、企業集積、昼間人口、都市機能、インフラ維持費なども含めて、都市の財政需要をどのように測るのかが課題になるでしょう。
結論
事業所税に人口30万人という基準が設けられている背景には、企業や人口が集中する大都市には特有の行政需要があるという考え方があります。
道路や上下水道などの都市インフラを整備し、維持するための費用について、その都市で一定規模以上の事業を行う企業などにも負担を求めるのが事業所税です。
そのため、全国すべての市町村ではなく、一定規模以上の都市などに課税団体を限定しています。
しかし、人口減少が進む現在では、この人口基準が新しい問題を生み始めています。
人口が30万人を下回っても、道路や上下水道などの都市インフラがなくなるわけではありません。
それにもかかわらず、人口要件を満たさなくなれば事業所税という財源を失う可能性があります。
一方で、人口基準を引き下げれば、これまで事業所税を負担していなかった企業に新たな負担が生じます。
人口30万人という基準を維持するのかという問題は、単なる数字の見直しではありません。
人口減少時代に、都市インフラを誰がどのように負担するのかという地方財政の根本的な問題につながっています。
参考
税のしるべ 2026年8月10日 事業所税の課税団体が減少、人口減で30万人以上の要件を満たせず