赤字国債とは何か 大平政権が大量発行への道を開いた理由編

政策

日本政府には巨額の借金があります。

国と地方を合わせた長期債務残高は1300兆円を超える規模となり、財政を考えるうえで国債の存在を避けて通ることはできません。

ところが、一口に国債といってもすべてが同じではありません。

代表的なのが「建設国債」と「赤字国債」です。

特に現在の日本財政につながる重要な転換点となったのが1970年代です。

石油危機によって高度経済成長が終わり、税収が急減する一方、政府には景気を支えるための歳出が求められました。

そこで本格的に登場したのが赤字国債です。

当時、大蔵大臣として財政運営に深く関わったのが、後に首相となる大平正芳氏でした。

赤字国債への依存を余儀なくされながら、その危険性を誰よりも意識し、最終的には一般消費税の導入によって財政を立て直そうとします。

現在の消費税と政府債務の問題を理解するためには、この時代までさかのぼる必要があります。

国債とは何か

国債とは、政府が資金を調達するために発行する債券です。

政府が投資家からお金を借り、その代わりに国債を発行します。

国債を保有する投資家には利子が支払われ、満期になれば原則として元本が償還されます。

国の歳出は本来、税収などの収入によって賄うことが基本です。

しかし税収だけでは必要な支出を賄えない場合があります。

そこで不足する資金を国債発行によって調達します。

問題は、その国債で何を賄うのかです。

ここから建設国債と赤字国債という違いが生まれます。

建設国債とは何か

財政法では、国の歳出は原則として公債や借入金以外の歳入によって賄うことになっています。

つまり、借金に頼らないことが原則です。

ただし例外があります。

公共事業費、出資金、貸付金などについては国債発行が認められています。

これが建設国債です。

例えば道路や橋、港湾などの社会資本を整備した場合、その施設は長期間利用されます。

現在の納税者だけではなく、将来世代もその恩恵を受けます。

そこで建設費を現在の税金だけで負担するのではなく、国債を発行し、将来世代にも負担してもらうという考え方が成り立ちます。

借金によって資産が残ることも重要です。

100億円を借りて道路を建設すれば、政府には100億円の債務が発生しますが、一方で道路という社会資本も残ります。

これが建設国債を例外的に認める基本的な考え方です。

赤字国債は何が違うのか

赤字国債は性格が大きく異なります。

正式には「特例国債」と呼ばれます。

税収などの歳入に加えて建設国債を発行してもなお歳出を賄えない場合、その不足分を補うために発行されます。

例えば社会保障費や人件費など、公共事業以外の一般的な支出の財源不足を補うために使われます。

建設国債であれば、将来世代にも道路や橋などの資産が残ります。

ところが赤字国債の場合、必ずしも国債に対応する資産が残るわけではありません。

今年必要なお金が足りないので借金をする。

その借金を将来返していく。

この性格から「赤字国債」と呼ばれています。

日本の財政制度が赤字国債を通常の財源として最初から想定していなかったことは重要です。

特例公債法とは何か

では、財政法が原則として認めていない赤字国債を、政府はどのように発行するのでしょうか。

そのために必要になるのが特例法です。

一般に特例公債法などと呼ばれます。

財政法の通常ルールだけでは、公共事業費などを超えて国債を発行することはできません。

そこで特別な法律によって例外的に国債発行を認めます。

だから「特例国債」なのです。

これは単なる名称の違いではありません。

本来であれば発行しない国債を、財政事情が厳しいため特例として認めるという制度設計になっています。

つまり日本の財政制度そのものが、赤字国債を異例の存在として考えていたことになります。

なぜ1970年代に赤字国債が必要になったのか

大きな転換点となったのが1973年の第一次石油危機です。

それまでの日本経済は高度経済成長を続けていました。

経済が成長すれば企業利益や個人所得も増えます。

法人税や所得税などの税収も増えます。

政府にとっては、経済成長そのものが税収を増やしてくれる時代でした。

ところが石油危機によって状況が一変します。

原油価格が急騰し、物価が上昇しました。

企業のコストは増え、景気は悪化します。

日本経済は戦後初めて実質マイナス成長を経験しました。

景気が悪くなれば企業利益は減ります。

所得の伸びも鈍化します。

当然、税収も落ち込みます。

政府に入ってくるお金が急激に減ったのです。

税収が減っても歳出は簡単には減らせない

ここに財政の難しさがあります。

税収が減ったからといって、政府支出を同じ割合で減らせるわけではありません。

社会保障費は必要です。

地方自治体への支出もあります。

さらに不況になれば、むしろ政府には景気対策が求められます。

公共事業を増やす。

企業を支援する。

雇用を守る。

景気が悪いときほど政府支出を増やす必要が生じる場合があります。

つまり石油危機後の日本では、

税収は減る。

しかし歳出は減らせない。

むしろ景気対策で歳出を増やす必要がある。

という状況になりました。

その差額を埋める手段が国債だったのです。

1975年度が日本財政の転換点になった

1975年度には税収不足が深刻になり、補正予算で赤字国債が発行されました。

ここから日本財政は大きく変わっていきます。

当時、大蔵大臣だった大平正芳氏は国会で、石油危機後の深刻な不況によって中央、地方とも巨額の財政赤字が生じたと説明しています。

そして増税ではなく、公債に依存して景気を支える判断をしました。

当時の公債依存度は補正後で26%を超える水準に達しました。

政府の歳出の4分の1以上を国債に頼るほど財政状況が悪化していたことになります。

大平氏自身も赤字国債への依存を正常な財政とは考えていませんでした。

むしろ、そこから脱却しなければならないという強い危機感を持っていました。

なぜ歳出を削って赤字国債を避けなかったのか

単純に考えれば、税収が減ったのであれば歳出を削ればよいという考え方もあります。

しかし不況の最中に政府まで支出を急激に減らせば、景気をさらに悪化させる可能性があります。

政府が公共事業を削減します。

企業への発注が減ります。

企業収益が悪化します。

雇用や賃金が減ります。

消費が減ります。

さらに税収が減ります。

このような悪循環が起こる可能性があります。

大平氏は当時、財政だけを考えれば歳出を圧縮して赤字国債を出さないことが本来の姿だとしながらも、異例の不況から経済を立て直すことを優先しました。

経済そのものが弱れば、将来の財政再建もできなくなるからです。

これは現在にも通じる重要な考え方です。

財政再建のために景気を壊してしまえば、かえって税収が減り、財政再建が遠のく場合があります。

一度始まった赤字国債から抜け出すのは難しかった

問題はその後です。

景気対策として一時的に赤字国債を発行したとしても、景気が回復すれば発行を減らせばよいはずです。

しかし現実には簡単ではありませんでした。

社会保障などの歳出は増え続けます。

一度始めた行政サービスを削減することも難しいものです。

国民からは増税への反発があります。

歳出削減にも反発があります。

その結果、

税金は増やしにくい。

支出も減らしにくい。

不足分は国債で補う。

という構造が生まれます。

赤字国債は緊急避難的な手段として始まっても、財政構造に組み込まれると抜け出すことが難しくなるのです。

大平正芳氏はなぜ一般消費税を目指したのか

赤字国債への依存が続くなかで、大平氏が考えたのが新しい税収基盤でした。

1978年に首相となった大平氏は、一般消費税の導入を目指します。

背景には財政再建への強い危機感がありました。

所得税や法人税だけでは安定的な財源確保が難しくなっていました。

経済成長率が低下すれば税収の伸びも鈍ります。

一方、高齢化によって社会保障費などの支出は増えていきます。

そこで国民に広く負担を求める一般消費税という考え方が浮上しました。

現在の消費税につながる議論です。

1979年には1980年度中の一般消費税導入を目指す方針が決まりました。

しかし国民の反発は強く、1979年の衆議院選挙で自民党は議席を大きく減らします。

一般消費税構想は撤回されました。

赤字国債と消費税は表裏一体だった

ここまでを見ると、赤字国債と消費税が別々の問題ではなかったことが分かります。

高度経済成長が終わる。

税収が伸びなくなる。

社会保障などの歳出は増える。

財源不足を赤字国債で補う。

国債残高が増える。

赤字国債から脱却するため新しい税源を探す。

その候補として一般消費税が登場する。

という流れです。

つまり消費税導入論の背後には、赤字国債依存からどう抜け出すのかという問題がありました。

大平氏が一般消費税に政治生命をかけた背景を理解するには、1970年代の財政危機を見る必要があります。

赤字国債は悪なのか

ここで注意したいのは、赤字国債そのものを単純に悪と考えるべきではないということです。

深刻な不況や大規模災害、金融危機などでは、政府が国債を発行して経済や国民生活を支える必要があります。

税収が減ったからといって政府まで急激に支出を減らせば、不況を深刻化させることがあります。

問題は国債を発行することではありません。

なぜ発行するのか。

いつまで発行するのか。

景気が回復した後にどうやって財政を正常化するのか。

この出口まで考えているかどうかです。

1970年代以降の日本財政は、まさにこの出口の難しさを示しています。

現在の日本にも同じ問題がある

現在、日本では食料品の消費税率を2年間限定で1%に引き下げる政策が大きなテーマになっています。

物価高から家計を支援するという目的があります。

一方、減税すれば税収は減ります。

その税収減を歳出削減や別の財源で補えなければ、最終的には国債発行につながる可能性があります。

構図だけを見ると、1970年代から続く問題と共通する部分があります。

景気や国民生活を守るために財政を使うことと、将来の財政を持続可能にすることをどう両立するのか。

約半世紀たった現在も、日本は同じ難問に向き合っています。

結論

赤字国債とは、税収などだけでは歳出を賄えないときに、公共事業以外の支出も含めた財源不足を補うため、特例的に発行される国債です。

道路や橋など将来世代にも資産を残す建設国債とは、制度上の位置づけが異なります。

日本が赤字国債へ本格的に依存する大きな転換点となったのが、第一次石油危機後の1975年度でした。

高度経済成長が終わり、税収が急減する一方、政府には深刻な不況を支えるための財政支出が求められました。

当時、大蔵大臣だった大平正芳氏は赤字国債の発行を選びました。

しかし同時に、それを正常な財政とは考えていませんでした。

だからこそ、その後首相となった大平氏は一般消費税の導入によって財政構造そのものを変えようとしました。

一般消費税構想は実現しませんでしたが、その問題意識は約10年後の消費税導入へ引き継がれていきます。

赤字国債は危機のときに経済を守る力を持っています。

しかし一度依存すると、そこから抜け出すことは容易ではありません。

1970年代に始まった日本の経験が示しているのは、財政政策で最も難しいのは借金を始めることではなく、その借金への依存をどう終わらせるかということなのです。

参考

日本経済新聞 2026年8月16日 朝刊 「世界一の借金王」と消費税

財務省 赤字国債と建設国債の違いを教えてください

財務省 日本の税の歴史を教えてください

国会会議録 1975年12月23日 参議院大蔵委員会

国会会議録 1976年4月28日 衆議院大蔵委員会

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