日本の金融市場で、長く続いてきた国債決済の仕組みが大きく変わろうとしています。
三菱UFJフィナンシャル・グループは、2027年度にも日本国債の取引をブロックチェーン上で即時決済できる仕組みの実用化を目指しています。
対象となるのは、金融機関などが国債を担保として短期間の資金を貸し借りするレポ取引です。
現在、日本国債の決済には原則として一定の時間が必要です。これをブロックチェーンとデジタルマネーによって即時化できれば、単に決済が速くなるだけではありません。
金融機関が抱えている待機資金を減らし、国債をより効率的に担保として利用できる可能性があります。
今回は、国債の即時決済とは何か、そしてブロックチェーンによって日本の国債市場がどのように変わる可能性があるのかを整理します。
現在の日本国債はTプラス1で決済される
国債を売買したからといって、その瞬間に国債とお金が交換されるわけではありません。
現在、日本国債の取引では、早くても約定した翌営業日に決済するTプラス1が基本となっています。
たとえば月曜日に国債を売買した場合、通常は火曜日に国債と資金を受け渡すというイメージです。
この時間差があるため、市場参加者は決済に備えて一定の資金を確保しておく必要があります。
予定していた国債の受け渡しが遅れる可能性もありますし、複数の取引の決済時間がずれることもあります。
金融機関にとって資金は利益を生み出す重要な経営資源です。
決済に備えるためだけに多額の資金を待機させておくことは、資金効率という観点では大きな負担になります。
そこで注目されているのが即時決済です。
レポ取引とは国債を使った短期の資金貸借である
今回の実証実験で重要になるのがレポ取引です。
レポ取引は、金融機関や機関投資家などが国債などの債券を利用して短期資金を貸し借りする取引です。
実質的には、国債を担保として資金を調達する仕組みと考えると分かりやすいでしょう。
たとえば、ある金融機関が一時的に100億円の資金を必要としているとします。
その金融機関が保有する国債を利用して別の金融機関から100億円を調達し、一定期間後に資金を返して国債を戻してもらいます。
こうした取引は金融市場の日常的な資金調整に欠かせません。
記事によれば、日本国債のレポ取引残高は2025年時点で270兆円に達しています。
金利が上昇する環境では資金調達や債券運用の重要性が高まるため、レポ市場の存在感も大きくなります。
その巨大市場の決済インフラを変えようというのが今回の取り組みです。
ブロックチェーンで国債と資金を同時に動かす
従来の金融取引では、証券を管理するシステムと資金を管理するシステムが別々に存在しています。
そのため国債を渡したことを確認し、その後に資金を移動するといった複数の処理が必要になります。
ブロックチェーンを利用すると、国債に関する権利と決済資金を同じデジタル基盤上で連動させやすくなります。
ここで重要になるのが、国債だけではなくお金もデジタル化することです。
MUFGが検討しているのが、トークン化預金やステーブルコインの利用です。
国債に関する取引情報とデジタル化された資金をブロックチェーン上で連動させれば、国債と資金をほぼ同時に交換する仕組みを構築できます。
つまり、
国債を渡したのにお金が来ない
あるいは、
お金を払ったのに国債が来ない
という時間差を小さくできます。
金融市場では、このような証券と資金を同時に交換する仕組みが非常に重要です。
トークン化預金とは銀行預金をデジタル化したもの
今回の仕組みを理解するうえで重要なのがトークン化預金です。
これは銀行預金をブロックチェーンなどのデジタル基盤上で利用できるようにしたものです。
通常の銀行預金では、銀行内部の帳簿を書き換えることで資金移動を処理します。
これに対してトークン化預金では、預金をデジタルなトークンとして扱い、ブロックチェーン上の取引と連動させることができます。
重要なのは、単なる暗号資産とは性格が異なることです。
銀行が発行するトークン化預金であれば、銀行預金という既存の金融システムを基礎としながら、ブロックチェーンの機能を利用できます。
伝統的な銀行預金とデジタル金融をつなぐ仕組みといえるでしょう。
ステーブルコインも決済手段になる
もう一つ検討されているのがステーブルコインです。
ステーブルコインは、円やドルなどの法定通貨と価値が連動するよう設計されたデジタル資産です。
たとえば1円相当のステーブルコインであれば、基本的に1トークンの価値が1円程度になるよう設計されます。
価格が大きく変動する暗号資産とは異なり、決済手段として利用しやすいことが特徴です。
国債の取引をブロックチェーンに載せても、支払いが従来の銀行システムのままであれば完全な即時処理は難しくなります。
そこで国債側と資金側の両方をデジタル化します。
これによって金融資産と資金を一体的に動かせるようになります。
即時決済の最大の効果は資金効率の改善
国債決済が即時化される最大のメリットの一つが、金融機関の資金効率の改善です。
現在は決済が完了するまで時間がかかるため、金融機関は一定の余剰資金を確保しておく必要があります。
ところが国債と資金をほぼ同時に交換できれば、こうした待機資金を減らせる可能性があります。
仮に巨大な国債市場全体で必要となる余剰資金を少し減らせるだけでも、その効果は小さくありません。
浮いた資金を別の融資や投資、債券取引などに利用できるからです。
ブロックチェーンというと、新しいIT技術そのものに注目が集まりがちです。
しかし金融機関にとって本質的に重要なのは、ブロックチェーンを使うことではありません。
資金をどれだけ効率的に利用できるようになるかです。
決済時間が広がれば海外投資家にもメリットがある
もう一つ重要なのが決済時間です。
現在、日本国債の決済には利用できる時間帯があります。
そのため海外投資家にとっては時差が問題になります。
日本の金融市場が動いている時間に、欧米では夜間になっている場合があります。
ブロックチェーンを利用した決済インフラが長時間稼働できるようになれば、この制約を小さくできる可能性があります。
海外投資家が自国の営業時間に近い時間帯で日本国債を取引しやすくなれば、日本国債市場への参加のハードルが下がります。
これは単なる利便性の問題にとどまりません。
海外投資家の参加が増えれば、市場の流動性が高まる可能性があります。
日本政府が巨額の国債を発行し続けるなかで、国債市場の投資家層を広げる意味は大きいでしょう。
今回は日本国債そのものをトークン化するわけではない
注意したいのは、今回の仕組みでは日本国債そのものを全面的にデジタルトークンへ置き換えるわけではないことです。
究極的には、日本国債そのものをブロックチェーン上で発行し、流通させる方法も考えられます。
いわゆるデジタル日本国債です。
しかし国債そのものをトークン化すると、法律や制度、権利関係など整理しなければならない問題が多くあります。
そこで今回の取り組みでは、既存の日本国債を利用しながら、その取引や決済をブロックチェーンと連携させる方法が採用されています。
既存制度を一気に置き換えるのではなく、現在の国債市場と新しいデジタル金融を接続する現実的な方法といえます。
世界では国債のオンチェーン化が進んでいる
日本だけがこうした取り組みを進めているわけではありません。
米国を中心として、株式や国債などの金融資産をブロックチェーン上で管理するオンチェーン化が進んでいます。
特に国債はオンチェーン金融との相性が良い資産です。
信用力が高く、金融取引の担保として広く利用されているためです。
国債をブロックチェーン上で効率的に利用できれば、資金調達や担保管理などさまざまな金融取引につなげることができます。
記事では、米国ではすでに巨額の米国債レポ取引がブロックチェーン上で行われているとされています。
デジタル金融は暗号資産だけの世界ではなくなりつつあります。
国債という伝統的金融の中心的な資産そのものが、デジタル金融のインフラに組み込まれ始めています。
日本国債の安定消化にもつながる可能性がある
この取り組みには、日本の財政という別の側面もあります。
日本政府は今後も大量の国債を発行する必要があります。
その国債を誰が購入するのかは、日本の財政運営にとって極めて重要です。
銀行や保険会社など国内金融機関だけではなく、海外投資家を含めて幅広い投資家が日本国債を取引しやすい市場をつくる必要があります。
決済時間が短縮され、担保として使いやすくなり、海外からも取引しやすくなれば、日本国債そのものの利便性が高まります。
国債の価値は利回りだけで決まるわけではありません。
売買しやすいこと。
担保として利用しやすいこと。
資金化しやすいこと。
こうした市場インフラの使いやすさも重要です。
国債市場のデジタル化は、日本政府の国債管理政策とも無関係ではないでしょう。
金融市場は二十四時間化へ向かう可能性がある
株式や為替、暗号資産などでは、取引時間の長時間化が進んでいます。
その流れが国債市場にも広がる可能性があります。
ブロックチェーンはシステム上、従来の金融市場の営業時間に必ずしも縛られる必要がありません。
将来的に国債取引と資金決済の双方がデジタル化されれば、国債市場が世界中から長時間アクセスできる市場へ変化する可能性があります。
そうなれば、日本の昼間に日本の金融機関が取引し、欧州時間には欧州の投資家、米国時間には米国の投資家が参加するという市場も考えられます。
今回の国債即時決済は、その入口に位置する取り組みと見ることができます。
結論
日本国債のブロックチェーン決済で重要なのは、単に新しい金融技術が導入されることではありません。
これまで約定から決済まで時間が必要だった国債取引を即時化し、金融機関が抱える余剰資金を減らし、国債を担保としてより効率的に利用できるようにすることに本質があります。
さらにトークン化預金やステーブルコインが組み合わされれば、証券だけではなく資金も同じデジタル金融基盤の上で動かせるようになります。
そして決済時間が長時間化すれば、海外投資家にとって日本国債市場へのアクセスも容易になります。
国債のデジタル化というと、デジタル日本国債の発行そのものに目が向きがちです。
しかし市場を変える第一歩は、既存の国債をどう発行するかではなく、既存の国債をどう速く、安全に、効率よく動かすかというところから始まるのかもしれません。
2027年度にも始まる可能性がある国債の即時決済は、日本の巨大な国債市場とデジタル金融が本格的につながる重要な転換点になりそうです。
参考
日本経済新聞 2026年8月13日 朝刊 国債の即時決済、来年度にも始動