株式を売買するとき、多くの投資家は証券会社に注文を出します。しかし、その注文が必ず東京証券取引所に送られるとは限りません。
現在は東証のほかにPTSやダークプールなど複数の取引場所があり、証券会社は投資家にとってできるだけ有利な条件で注文を成立させることが求められています。
その基本的な考え方を示したものが「最良執行方針」です。PTSの取引シェアが拡大するほど、証券会社がどの市場を選ぶのかという問題は重要になります。
最良執行方針とは何か
最良執行方針とは、証券会社が顧客から株式などの売買注文を受けたとき、できるだけ有利な条件で取引を成立させるための基本方針です。
英語では「Best Execution Policy」と呼ばれます。
重要なのは、単純に最も安い価格で買ったり、最も高い価格で売ったりすればよいという話ではないことです。
実際には、
価格
取引コスト
注文が成立する可能性
成立までの速さ
注文数量
市場の流動性
など複数の要素を考慮して、どの市場に注文を出すかを判断します。
なぜ最良執行方針が必要なのか
かつて日本の株式取引では、注文の多くが証券取引所に集中していました。
そのため証券会社が注文先を選ぶ余地は現在ほど大きくありませんでした。
しかし現在は、
東京証券取引所
PTS
ダークプール
など複数の取引場所があります。
例えば同じ株式でも、東証では1000円、PTSでは999円で売り注文が出ていることがあります。
投資家が買い注文を出しているのであれば、単純な価格比較ではPTSで買った方が1円有利です。
こうした複数市場の存在によって、証券会社には「どの市場へ注文を送るべきか」という判断が必要になりました。
東証とPTSでは価格が違うことがある
同じ企業の株式であっても、市場によって売買価格が一時的に異なることがあります。
例えば、
東証の最も安い売り注文が1000円
PTSの最も安い売り注文が999円50銭
だったとします。
100株購入する場合、単純計算ではPTSを利用した方が50円有利になります。
一つ一つの差は小さくても、売買回数や株数が増えれば累積する差は大きくなります。
そのため市場間競争が進むほど、証券会社の注文ルーティングは投資家の取引成果に影響するようになります。
最良執行は最良価格だけではない
「最良執行」という言葉から、最も安く買える市場、最も高く売れる市場を選べばよいと思うかもしれません。
しかし実際には、それほど単純ではありません。
例えばPTSに999円の売り注文があっても、その数量が100株しかない場合があります。
一方で東証には1000円で1万株の売り注文があるかもしれません。
投資家が5000株買いたいのであれば、PTSだけでは注文をすべて成立させることができません。
そのため、
価格
数量
流動性
約定可能性
を総合的に判断する必要があります。
これが最良執行の難しさです。
約定可能性とは何か
最良執行を理解するときに重要なのが「約定可能性」です。
約定とは、買い注文と売り注文が一致して取引が成立することです。
どれほど価格が有利でも、相手となる注文が少なければ取引は成立しません。
例えばPTSの価格が東証より有利だったとしても、売買参加者が少なく注文数量も少なければ、大口注文を成立させるのは難しくなります。
この場合、多少価格条件が悪くても流動性の高い東証へ注文を出した方が、結果として投資家にとって有利になることがあります。
証券会社によって方針は異なる
最良執行方針は、すべての証券会社が完全に同じというわけではありません。
各社は利用できる取引市場やシステムなどを踏まえて、自社の方針を定めています。
例えば、
東証を中心に執行する証券会社
PTSも比較する証券会社
SORを利用して複数市場を自動比較する証券会社
ダークプールも含めて注文先を判断する証券会社
などがあります。
そのため同じ銘柄、同じタイミング、同じ注文条件でも、利用する証券会社によって実際の約定市場や価格が異なる可能性があります。
SORとの関係
最良執行方針を実際の注文処理に反映する代表的な仕組みがSORです。
SORとはスマートオーダールーティングの略です。
複数の市場の価格や注文数量などを比較し、より有利と判断した市場へ自動的に注文を振り分けます。
例えば投資家が株式を1000株買う場合、
東証
PTS A
PTS B
などを瞬時に比較します。
最も有利な市場にすべて注文を送る場合もあれば、複数市場に注文を分割する場合もあります。
つまり、
最良執行方針は「どのような考え方で注文先を決めるか」
SORは「その判断を実際に行うシステム」
と考えると分かりやすいでしょう。
PTS拡大で重要性が高まる理由
PTSの売買シェアが小さい時代には、東証中心の注文執行でも大きな問題は起こりにくい状況でした。
しかしPTSの取引量が増えれば状況は変わります。
PTSにより有利な価格が提示されているにもかかわらず、すべての注文を機械的に東証へ送れば、投資家が有利な取引機会を逃す可能性があります。
市場間競争が進むほど、
どこに最良価格があるのか
どこに十分な流動性があるのか
どこなら最も早く約定できるのか
を確認する重要性が高まります。
その意味でPTSの拡大と最良執行制度は密接に関係しています。
投資家へのメリット
複数市場を比較する仕組みが適切に機能すれば、投資家にはいくつかのメリットがあります。
まず価格面です。
より安く買い、より高く売れる可能性があります。
次に約定機会です。
一つの市場だけでなく複数市場を利用できれば、注文を成立させられる可能性が高まります。
さらに市場同士が競争することで、取引手数料やサービス改善が進むことも期待できます。
市場間競争そのものが、投資家の取引環境を改善する可能性があるわけです。
投資家が確認したいポイント
個人投資家は、自分が利用している証券会社の最良執行方針を一度確認してみるとよいでしょう。
特に確認したいのは、
どの取引市場を利用するのか
PTSを利用するのか
SORが導入されているのか
注文先をどのような基準で決めるのか
といった点です。
普段は証券会社のシステムが自動的に処理しているため意識する機会は少ないですが、実際には株式取引のコストや約定価格に関係する重要な仕組みです。
市場間競争と投資家保護
取引市場が増えれば、競争によるメリットが期待できます。
一方で市場が増えすぎれば、投資家がどこで最も有利に取引できるのか分かりにくくなります。
そこで証券会社には、複数市場の存在を前提として顧客の利益を考えた注文執行が求められます。
PTS制度の見直しが進めば、日本株の売買場所は今後さらに多様化する可能性があります。
そのとき最良執行方針は、単なる証券会社の内部ルールではなく、市場間競争のメリットを投資家へ届けるための重要な仕組みになります。
結論
最良執行方針とは、証券会社が顧客から受けた株式などの注文を、できるだけ有利な条件で成立させるための基本方針です。
重要なのは、最も良い価格だけを選ぶ仕組みではないという点です。価格に加えて、取引コスト、注文数量、流動性、約定可能性などを総合的に判断する必要があります。
東証中心だった日本市場にPTSやダークプールなど複数の取引場所が広がることで、証券会社の注文先選択はこれまで以上に重要になっています。
市場間競争のメリットを投資家が実際に受けられるかどうかは、証券会社が注文をどのように振り分けるかにも左右されます。
そして、この最良執行をシステム上で実現する代表的な仕組みがSORです。
参考
日本経済新聞 2026年8月7日 朝刊
私設取引「PTS」、制度見直し検討 金融庁 シェア10%上限引き上げ議論 売買活況で対応急ぐ