家督相続とは何だったのか 戦後改革で何が変わったのか

税理士
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現在の日本では、親が亡くなると配偶者や子どもが法律で定められた割合に応じて相続します。

しかし、明治時代から戦前までの日本では、このような制度ではありませんでした。

当時の相続制度の中心にあったのが「家督相続」です。

家督相続は、財産を公平に分ける制度ではなく、「家」を存続させることを目的とした制度でした。

なぜこのような制度が採用され、そして戦後になぜ廃止されたのでしょうか。

今回は、日本の相続制度を大きく変えた家督相続について解説します。

家督相続とは家を引き継ぐ制度だった

現在の相続制度では、財産を誰がどれだけ取得するかが中心になります。

一方、家督相続では最も重要だったのは「家」を誰が継ぐかということでした。

当時は、家は一つの社会的な単位であり、農地や商売、財産、家名などを維持することが重視されていました。

そのため、戸主が亡くなると、新しい戸主が家そのものを引き継ぎます。

財産も戸主に集中して承継されるため、現在のような遺産分割という考え方はほとんどありませんでした。

家を守ることが、制度の最優先事項だったのです。

家制度が社会を支えていた時代

家督相続は、当時の社会には一定の合理性がありました。

農業中心の社会では、土地を細かく分割すると生活が成り立たなくなります。

商家でも、事業や信用を維持するには経営者を一人に決める必要がありました。

そのため、一人の後継者が家業や財産をまとめて承継する仕組みが社会の安定につながっていました。

現在の視点だけで見ると不公平に感じる制度ですが、当時の社会環境を考えると、家督相続には現実的な役割があったのです。

戦後改革で家制度は廃止された

第二次世界大戦後、日本は民主化を進める中で社会制度を大きく見直しました。

その一つが相続制度です。

1947年の民法改正では、家制度が廃止されました。

これにより、家督相続も姿を消し、「家」ではなく「個人」を中心とする相続制度へ移行します。

財産は家に属するものではなく、個人が所有するものと位置付けられました。

そして、その財産を法定相続人が相続する現在の制度が整えられたのです。

個人の尊重という考え方が制度を変えた

戦後改革の背景には、日本国憲法が掲げた「個人の尊重」と「法の下の平等」という理念がありました。

家制度では、家を守ることが優先されるため、家族一人ひとりの権利が十分に尊重されない場面もありました。

新しい相続制度では、配偶者や子どもなど、それぞれの相続人に法律上の権利が認められます。

また、男女平等の考え方も相続制度に反映されるようになりました。

相続法の改正は、単なる法律の変更ではなく、日本社会の価値観そのものが大きく転換した出来事だったのです。

家督相続の考え方は今も一部に残っている

家督相続という制度は廃止されましたが、その考え方が完全になくなったわけではありません。

例えば、中小企業では後継者に株式を集中させることがあります。

農業や伝統工芸などでも、事業や技術を一人の後継者へ承継するケースは少なくありません。

また、自宅を一人の子どもが相続し、他の相続人には預貯金を分けるという方法もよく見られます。

制度は変わっても、「財産や事業を円滑に引き継ぐ」という考え方は、現代にも受け継がれているのです。

結論

家督相続は、家を維持し社会を安定させるために設けられた制度でした。

しかし、戦後の民主化と個人尊重の理念の下で廃止され、現在の個人中心の相続制度へと生まれ変わりました。

現在の相続制度を理解するためには、なぜ家督相続が存在し、なぜ廃止されたのかという歴史を知ることが大切です。

制度の背景を知ることで、現代の相続法が目指している公平性や家族保護の考え方も、より深く理解できるようになるでしょう。

参考

日本税理士会連合会 令和7年度全国統一研修会「相続法概説」(早川眞一郎)

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