個人事業税は、法律で定められた業種に対して課税される地方税です。しかし、新しい事業や法律に明確な規定がない業種については、「どの業種に該当するのか」が大きな問題になります。
その代表例が、カイロプラクティック事業をめぐる東京高等裁判所の判決です。
この事件は、一つの事業について課税庁と裁判所が全く異なる結論を導いた重要な事例であり、個人事業税を理解するうえで欠かせない判例となっています。
今回は、この裁判から個人事業税の判断基準を学んでいきます。
事件の概要
この事件では、横浜市でカイロプラクティックを営む事業者が個人事業税の課税を受けました。
事業者は、
- あん摩マッサージ指圧師
- はり師
- きゅう師
- 柔道整復師
などの国家資格を保有していませんでした。
神奈川県は、この事業を地方税法の第一種事業である「請負業」に該当すると判断し、個人事業税を課しました。
これに対し、事業者は、
「請負業には当たらない」
として処分の取消しを求めて提訴しました。
第一審と控訴審で結論が逆転した
第一審の横浜地方裁判所は、
「カイロプラクティック事業は請負業である」
として県の課税を認めました。
しかし、東京高等裁判所はこれを覆します。
控訴審では、
「請負契約ではなく準委任契約として理解するのが適切」
と判断し、課税処分を取り消しました。
さらに最高裁判所も上告を受理せず、この判断が確定しました。
裁判所は何を重視したのか
裁判所はまず、
「請負契約とは何か」
を丁寧に検討しました。
請負契約では、
完成すべき仕事の内容が明確でなければなりません。
しかし施術では、
患者一人ひとりで症状が違います。
その日の体調によって施術内容も変わります。
場合によっては、
患者が希望した施術を行わないこともあります。
つまり、
「最初から完成すべき仕事が決まっている」
とは言えないと判断しました。
この点が、請負契約ではないとされた最大の理由です。
なぜ準委任契約と判断されたのか
裁判所は、
患者は施術という「結果」を購入しているのではなく、
施術者の専門知識や技術による適切な対応を期待していると考えました。
また、
患者は特定の施術者に施術してもらうことを期待しており、
第三者へ自由に仕事を任せられるような契約ではありません。
これは医師や弁護士などの専門職にも共通する特徴です。
このような理由から、
裁判所は準委任契約と考える方が適切であると判断しました。
「請負業」に含めることはできるのか
次に裁判所が検討したのは、
仮に準委任契約だったとしても、
地方税法上の「請負業」に含められるのではないかという点です。
ここでも裁判所は慎重でした。
地方税法は、
個人事業税の対象業種を限定列挙しています。
そのため、
請負契約による事業だけを対象としているのであれば、
準委任契約まで広げて解釈することはできないと判断しました。
ここには、
租税法律主義の考え方が強く反映されています。
都道府県ごとの運用にも違いがあった
この事件で興味深いのは、
全国で課税実務が統一されていなかったことです。
判決では、
神奈川県以外では請負業として課税している都道府県はごく少数であり、
第三種事業として扱う自治体や、
そもそも個人事業税を課していない自治体も多いことが認定されています。
この事実も、
裁判所が課税範囲を慎重に判断する一つの材料となりました。
この判決が示した意義
この判決は、
カイロプラクティックだけの判例ではありません。
本質は、
「法律にないものまで課税対象を広げてよいのか」
という問題です。
裁判所は、
地方税法が限定列挙方式を採用している以上、
課税対象を類推や拡張解釈で広げることは許されないと判断しました。
これは今後、
AI関連サービスやオンラインビジネスなど、
新しい職業が増えていく時代にも重要な考え方となります。
税理士が実務で意識したいこと
この裁判例から税理士が学ぶべきことは、
事業の名称ではなく、
契約の実態や事業内容を確認する重要性です。
相談を受けた際には、
- 契約の目的は成果なのか
- 専門的な役務の提供なのか
- 誰が責任を負うのか
- 本人の技能が重視される仕事なのか
- 地方税法上どの業種に該当するのか
といった視点から整理する必要があります。
新しいビジネスほど、形式ではなく実態を丁寧に分析する姿勢が求められます。
結論
カイロプラクティック事件は、個人事業税の課税対象を判断する際には、契約の実態や地方税法の制度趣旨を重視しなければならないことを示した重要な判例です。
裁判所は、施術契約を請負契約ではなく準委任契約と評価し、さらに限定列挙方式を採用する地方税法の趣旨から、準委任契約による事業を「請負業」に含めることはできないと判断しました。
この判決は、租税法律主義の重要性を改めて確認するとともに、新しい事業形態が次々に生まれる現代においても、課税は法律の根拠に基づいて慎重に行われるべきであることを示した先例として、高い実務的価値を持っています。
参考
近畿税理士会研修会(周辺専門講座)
「地方税をめぐる最近の動向等―注目すべき裁判例の検討を中心に―」
講師 和歌山大学経済学部教授 片山直子先生
地方税法
東京高等裁判所令和2年11月18日判決(個人事業税・カイロプラクティック事件)
最高裁判所令和3年7月26日決定