事業承継というと、株式の承継や税制の活用に目が向きがちです。
しかし、どれほど制度を活用しても、会社を任せられる後継者が育っていなければ、事業承継は成功したとはいえません。
会社を次の世代へ引き継ぐためには、税務対策以上に重要なものがあります。
それが「後継者教育」です。
今回は、後継者をいつから、どのように育てるべきかについて考えてみます。
社長は一夜にして育たない
会社の社長には、多くの役割があります。
例えば、
- 経営戦略を考える
- 資金繰りを管理する
- 従業員を育成する
- 金融機関と交渉する
- 新規事業を判断する
- 最終的な経営責任を負う
こうした能力は、本を読んだだけで身に付くものではありません。
実際に経営の現場で経験を積み重ねながら少しずつ習得していくものです。
そのため、後継者教育は社長交代の直前ではなく、できるだけ早い段階から始める必要があります。
現場を知ることが経営者への第一歩
後継者が最初から経営会議だけに参加しても、会社全体を理解することはできません。
まずは現場を知ることが重要です。
営業で顧客と接する。
製造現場やサービス現場を経験する。
経理や総務の仕事を理解する。
こうした経験を通じて、会社がどのように利益を生み出しているのかを体感することができます。
現場を知らない経営者では、従業員からの信頼を得ることは難しいでしょう。
少しずつ経営判断を任せる
後継者教育では、「経験」が何よりの教材になります。
最初は小さな案件から判断を任せ、
次は設備投資。
その次は採用。
さらに新規事業。
というように、責任の範囲を少しずつ広げていくことが大切です。
失敗することもあるでしょう。
しかし、経営者が近くで助言できる時期の失敗は、将来の大きな財産になります。
社長が元気なうちだからこそ、安全に経験を積ませることができるのです。
社内外から信頼される存在になる
社長になるためには、能力だけでは足りません。
信頼される存在になることも重要です。
従業員から、
「次の社長なら安心だ。」
と思ってもらえるか。
金融機関から、
「会社を任せられる人物だ。」
と評価されるか。
取引先から、
「これからも付き合いたい。」
と思われるか。
こうした信頼は、一日で築けるものではありません。
講義資料でも、事業承継計画の中では社長交代の前から後継者を経営へ参加させ、段階的に役割を広げていく考え方が示されています。
経営理念を伝えることも重要
後継者教育というと、経営手法ばかりに目が向きます。
しかし、それ以上に重要なのが「なぜこの会社を経営するのか」という理念です。
創業時の思い。
大切にしてきた価値観。
地域社会への貢献。
社員を守るという使命。
こうした考え方は、数字だけでは伝わりません。
日頃の会話や、一緒に仕事をする時間の中で少しずつ受け継がれていくものです。
経営理念を理解した後継者は、環境が変化しても会社の軸を失いにくくなります。
制度も後継者育成を重視している
近年、中小企業政策では、税制だけではなく後継者育成にも重点が置かれるようになっています。
中小企業庁でも、事業承継を成功させるためには、税制の整備だけではなく、後継者の経営能力向上や育成支援が重要であるとの方向性が示されています。
つまり、これからの事業承継は、「株式を渡す制度」から「経営者を育てる仕組み」へと重心が移りつつあるのです。
結論
後継者教育は、社長交代の直前に始めるものではありません。
現場経験を積み、経営判断を学び、社内外の信頼を築き、経営理念を受け継ぐには、長い時間が必要です。
だからこそ、事業承継を成功させる企業ほど、10年近い時間をかけて後継者を育てています。
会社を引き継ぐとは、株式を渡すことではありません。
未来の経営者を育てることこそが、事業承継の最も重要な仕事なのです。
参考
北陸税理士会「事業承継税制(特例版)における実務上の論点整理」
中小企業庁「今後の検討の方向性について」