私たちは日常生活の中で、数多くの「本人確認」を求められています。
銀行口座の開設、携帯電話の契約、行政手続き、ネットショッピング、オンライン会議への参加など、そのたびに氏名や住所、生年月日を入力し、本人確認書類を提出しています。
東京都が進める「東京アプリ」のように、一度本人確認を済ませればさまざまな行政サービスを利用できる仕組みは、こうした煩雑さを大きく変えようとしています。
その中心にある考え方が「デジタルID」です。
デジタルIDは単なるログイン情報ではありません。これからのデジタル社会を支える「新しい身分証明書」ともいえる存在です。
今回は、デジタルIDが社会をどのように変えていくのかを考えてみます。
デジタルIDとは何か
デジタルIDとは、インターネット上で本人であることを安全に証明する仕組みです。
現実社会では運転免許証やマイナンバーカードが身分証明書として使われます。
デジタル社会では、その役割を電子的に果たすのがデジタルIDです。
重要なのは「本人確認」と「認証」は異なるということです。
本人確認は「あなたが誰なのか」を確認する作業です。
一方、認証は「本人であること」を毎回確認する作業です。
一度厳格な本人確認を済ませ、その後は安全な認証だけで各種サービスを利用できる仕組みが、デジタルIDの基本的な考え方です。
何度も同じ情報を書く時代は終わる
現在、多くの行政手続きでは同じ情報を何度も入力しています。
氏名、住所、生年月日、電話番号などを制度ごとに登録し直すことも珍しくありません。
これは利用者だけでなく、行政にとっても非効率です。
デジタルIDが普及すると、一度登録した情報を複数の行政サービスで安全に利用できるようになります。
利用者は入力の手間が減り、行政もデータ入力や確認作業を大幅に削減できます。
デジタル化の本当の目的は、紙をなくすことではありません。
「同じ作業を繰り返さない仕組み」をつくることなのです。
行政サービスが劇的に便利になる
デジタルIDが最も力を発揮するのが行政サービスです。
例えば、
・施設利用
・給付金申請
・税金の手続き
・子育て支援
・介護サービス
・災害時の避難受付
など、多くの行政サービスが一つのIDで利用できるようになります。
東京都が構想する東京アプリも、この方向を目指しています。
将来的には行政サービスごとに異なるIDを管理する必要がなくなり、一つのデジタルIDが行政との共通窓口になる可能性があります。
これは住民だけでなく、自治体職員の業務効率化にも大きく貢献するでしょう。
民間サービスとの連携も進む
デジタルIDは行政だけで利用されるものではありません。
銀行、保険会社、不動産会社、通信会社などでも本人確認は不可欠です。
もし行政が確認済みの情報を、本人の同意のもとで安全に利用できるようになれば、各企業が同じ確認を何度も行う必要はなくなります。
例えば住宅ローンの申し込みや証券口座の開設なども、短時間で完了できるようになるかもしれません。
利用者にとって利便性が高まるだけでなく、企業にとっても事務コスト削減という大きなメリットがあります。
データ連携が社会全体を効率化する
デジタルIDの価値は、データ連携にあります。
例えば子どもが生まれた場合、
・出生届
・児童手当
・医療費助成
・保育園申請
など、複数の制度を利用します。
現在は制度ごとに申請が必要ですが、デジタルIDを活用すれば必要な情報が連携され、一度の申請で複数の行政サービスにつながる可能性があります。
これは「ワンスオンリー」と呼ばれる考え方です。
一度提出した情報を再提出させない行政は、世界各国でデジタル政府の基本原則となっています。
便利さと個人情報保護の両立が課題
一方で、多くの人が気になるのが個人情報です。
一つのIDに情報が集中すると、情報漏えいや不正利用への不安も大きくなります。
そのため、デジタルIDには高いセキュリティが欠かせません。
暗号化技術、多要素認証、生体認証、アクセス履歴の管理など、多層的な安全対策が必要になります。
また、「誰が、いつ、どの情報にアクセスしたのか」を利用者自身が確認できる透明性も重要です。
便利さだけでなく、安心して利用できる仕組みづくりが普及の鍵となります。
世界ではデジタルIDが国家競争力になっている
世界各国では、デジタルIDの整備が急速に進んでいます。
北欧諸国やエストニアでは、行政手続きの大半をオンラインで完結できる環境が整っています。
金融機関や医療機関との連携も進み、生活の多くの場面でデジタルIDが活用されています。
こうした国々では行政コストの削減だけでなく、企業活動の効率化や新しいデジタルサービスの創出にもつながっています。
デジタルIDは、もはやIT政策ではなく、国家の競争力を左右する社会基盤となっているのです。
これからは「本人確認」が社会インフラになる
電気や水道、道路が社会インフラであるように、デジタル社会では「信頼できる本人確認」が新たなインフラになります。
AIの活用が進み、行政や金融サービスがオンライン中心になるほど、安全な本人確認の重要性は高まります。
デジタルIDは、行政サービスを便利にするだけではありません。
民間サービスとの連携を促し、新しいビジネスを生み出し、社会全体の効率化を支える基盤になります。
今後、東京アプリのような取り組みが全国へ広がれば、日本のデジタル社会は新たな段階へ進んでいくでしょう。
結論
デジタルIDは、単なるログイン情報ではなく、デジタル社会全体を支える基盤です。
行政手続きの簡素化、民間サービスとの連携、データの有効活用など、その可能性は非常に大きく、私たちの暮らしをより便利で効率的なものへ変えていくでしょう。
一方で、個人情報保護やセキュリティへの信頼を確保することが普及の前提となります。利便性と安全性の両立を図りながら、誰もが安心して利用できるデジタル社会を築いていくことが、これからの行政と社会に求められる重要な課題といえるでしょう。
参考
日本経済新聞 2026年7月17日 朝刊
東京アプリを「都民証」に 都、利便性向上へ機能拡充 施設入館や使用予約/給付を一括申請・確認
デジタル庁 デジタル社会の実現に向けた重点計画
内閣官房 デジタル社会形成基本法