近年、中小企業の事業承継では「親族に継がせる」「M&Aで会社を売却する」だけではなく、社内の役員や社員へ会社を引き継ぐ「社内承継」という選択肢が注目されています。
社内承継は、会社の理念や文化を守りながら次世代へ引き継げる可能性を持つ一方で、多くの準備と時間が必要です。その成功を左右するのは、単なる税務や法務ではなく、承継全体を設計し、関係者をまとめる存在です。
その役割を担える専門家として、税理士への期待が高まっています。
社内承継は総合プロジェクトである
社内承継は、株式を移転するだけで終わるものではありません。
後継者候補の選定。
経営能力の育成。
株式の評価。
資金調達。
金融機関との交渉。
社員への説明。
取引先への周知。
これらが複数年にわたって同時進行します。
一つでも準備が不足すれば、承継後に経営が混乱する恐れがあります。
つまり、社内承継とは会社全体を動かす長期プロジェクトなのです。
税理士は会社を最もよく知る専門家である
多くの税理士は顧問先と毎月面談しています。
売上の推移。
利益の変化。
資金繰り。
設備投資。
借入金。
役員構成。
こうした数字だけではありません。
社長の考え方。
幹部社員の成長。
会社の雰囲気。
経営者の悩み。
これらを長年見続けている専門家は決して多くありません。
だからこそ税理士は、「誰が後継者として育つ可能性があるのか」を早い段階から把握できる立場にあります。
承継準備は十年前から始めるべきである
事業承継は、社長が引退を決めてから始めるものではありません。
理想は十年前から準備を始めることです。
少しずつ権限を委譲する。
経営会議へ参加させる。
金融機関との面談を任せる。
重要な意思決定を経験させる。
失敗から学ぶ機会を与える。
この積み重ねが、本物の経営者を育てます。
税理士は毎年の経営計画や決算説明の場を活用しながら、その進捗を確認できます。
専門家チームをまとめる役割も重要になる
社内承継では税理士だけで解決できる問題は多くありません。
司法書士。
弁護士。
社会保険労務士。
金融機関。
M&Aアドバイザー。
場合によっては人材育成の専門家も必要になります。
それぞれが専門分野を担当しますが、全体を調整する人がいなければ話は前へ進みません。
税理士は顧問先との信頼関係が最も深い専門家であることが多く、各専門家を結び付けるハブとして機能できます。
まさにプロデューサーとしての役割です。
税務から経営支援へ役割は進化する
これまで税理士の仕事は申告書の作成や税務相談が中心でした。
しかしAIやクラウド会計の普及により、単純な作業は効率化が進んでいます。
その一方で、人間にしかできない仕事の価値は高まっています。
経営者の相談相手になること。
将来を一緒に考えること。
複数の専門家をまとめること。
事業承継を成功へ導くこと。
こうした役割はAIには代替しにくい分野です。
税理士は数字を扱う専門家から、企業の未来を設計する経営パートナーへ進化することが期待されています。
会社の未来をつくる仕事へ
社内承継は、会社を存続させるためだけの制度ではありません。
新しい経営者が育ち、新しい挑戦が始まり、会社がさらに成長するためのスタートでもあります。
その実現には、数字だけを見るのではなく、人を育て、組織を育て、未来を描く視点が欠かせません。
税理士がその中心となり、承継全体を設計する存在になれれば、中小企業の未来は大きく変わるでしょう。
結論
これからの税理士には、税務や会計の専門知識だけではなく、事業承継全体を設計し、多くの専門家と経営者を結び付ける「プロデューサー」としての役割が求められます。
社内承継は、会社の理念や文化、人材を未来へつなぐ大きな経営プロジェクトです。その成功を支える税理士は、単なる税務の専門家ではなく、会社の未来を共に創る経営支援者として存在感を高めていくでしょう。
参考
日本経済新聞(2026年6月26日夕刊)
事業売らず「社内引き継ぎ」 オーナーズ、後継社長を育成