なぜ優秀な社員がいても会社は変われないのか 暗黙知の組織化編

効率化

会社には優秀な社員がいます。豊富な経験を持つベテランもいます。しかし、その人が異動したり退職したりすると、突然業務が回らなくなることがあります。

「あの人しか分からない」
「その担当者でないとできない」
「昔からそうしているから」

このような状態は、多くの企業で見られる現象です。

近年、多くの企業がDX(デジタルトランスフォーメーション)や生成AIに投資しています。しかし、システムを導入しただけでは生産性は大きく向上しません。その背景には、現場に蓄積された知識やノウハウが個人の頭の中に閉じ込められたままになっているという問題があります。

これからの時代に求められるのは、個人の経験を組織全体の財産へ変えることです。

日本企業の強みは現場力にある

日本企業は長年にわたり高品質な製品やサービスを生み出してきました。

その原動力となったのが現場力です。

現場で働く人々が改善を積み重ね、品質を高め、顧客の要望に応えてきました。その結果として、日本企業は世界的な競争力を築いてきたのです。

しかし、この現場力には弱点もあります。

多くの場合、その知識はマニュアルではなく経験として蓄積されます。

例えば、

「この顧客にはこの説明が有効だ」
「この数字の変化は要注意だ」
「この工程ではこの順番が効率的だ」

といった知識です。

これらは極めて価値がありますが、言語化されなければ組織に残りません。

個人の能力として存在するだけでは、会社全体の力にはなりにくいのです。

AI導入だけでは会社は変わらない

最近は生成AIや業務システムへの投資が急増しています。

しかし、期待した成果が出ていない企業も少なくありません。

その理由は明確です。

業務そのものが整理されていないからです。

例えば、

どのような手順で仕事が進むのか
誰がどの判断をしているのか
何が成果につながっているのか

これらが見えていなければ、AIも適切に活用できません。

整理されていない倉庫に最新の管理システムを導入しても、物が見つからないのと同じです。

まず必要なのは業務の構造化です。

テクノロジーは土台の上に成り立つものであり、土台そのものではありません。

暗黙知を組織知へ変える重要性

経営学者の野中郁次郎氏は、暗黙知と形式知の重要性を提唱しました。

暗黙知とは経験や勘に基づく知識です。

一方、形式知とは文書化され共有できる知識です。

企業が成長するためには、暗黙知を形式知へ変換しなければなりません。

例えば、

営業の成功事例
顧客対応の工夫
業務改善のノウハウ
トラブル対応の経験

これらを共有できる形にすることで、組織全体のレベルが向上します。

優秀な人材が一人いる会社よりも、優秀な仕組みを持つ会社の方が強いのです。

モジュール化が組織を強くする

近年注目されている考え方に「モジュール化」があります。

モジュール化とは、業務を細かい要素に分解し、再利用可能な形にすることです。

例えば税理士業務でも、

初回面談
資料収集
論点整理
回答作成
顧客フォロー

というように分解できます。

それぞれの工程を標準化できれば、担当者が変わっても一定の品質を維持できます。

さらに改善点も見つけやすくなります。

業務を見える化することで、どこに無駄があり、どこに価値があるのかが明確になるからです。

属人的な組織から仕組みで動く組織へ変わるためには、この考え方が欠かせません。

人生後半の仕事にも通じる考え方

この考え方は企業だけでなく個人にも当てはまります。

人生100年時代には、定年後も知識や経験を活かして働く人が増えています。

しかし、自分の知識や経験を整理できていない人は、その価値を他人に伝えることができません。

一方で、自らの経験を体系化し、再現可能なノウハウとしてまとめている人は、講師やコンサルタントとして活躍できます。

重要なのは、自分だけが理解している知識を他人が活用できる形にすることです。

それは企業における暗黙知の組織化と本質的に同じです。

経験を資産に変える力こそが、人生後半の競争力になるのです。

人的資本経営の本質とは

近年、人的資本経営やガバナンス強化が注目されています。

しかし、本当に重要なのは開示資料を作ることではありません。

社員がどのような能力を持ち、その能力がどの業務に活かされ、どのような成果を生み出しているかを見える化することです。

業務が構造化されていなければ、人材育成も評価制度も機能しません。

組織を強くするとは、人を管理することではなく、人の力を再現可能な仕組みに変えることなのです。

結論

多くの企業がAIやDXに期待を寄せています。しかし、本当に変革を生み出すのはテクノロジーそのものではありません。

現場に眠る暗黙知を見える化し、共有し、再利用できる形に変えることです。

個人の経験が組織の資産となり、現場と経営がつながったとき、企業は初めて持続的な成長を実現できます。

そしてこれは企業だけの話ではありません。

人生後半を迎える私たち自身も、自らの経験を整理し、知識として体系化することで、新たな価値を生み出せます。

これからの時代に求められるのは、知識を持つ人ではなく、知識を仕組みに変えられる人なのかもしれません。

参考

日本経済新聞 朝刊 2026年6月23日
私見卓見「現場の暗黙知を『組織知』に」
社会構想大学院大学教授・ベーシック代表取締役 田原祐子氏

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