事業承継の話題になると、必ずといってよいほど「後継者不足」が取り上げられます。
確かに中小企業にとって後継者問題は深刻です。
しかし実際の現場を見ると、後継者候補が存在するにもかかわらず事業承継が進まないケースも数多くあります。
本当に大きな問題は後継者不足なのでしょうか。
私はむしろ、経営者自身が承継の決断を先送りしてしまうことの方が深刻ではないかと感じています。
事業承継を難しくしているのは制度でも税金でもなく、人間の心理なのです。
経営者にとって会社は人生そのもの
会社員が定年退職する場合と、経営者が引退する場合とでは意味が大きく異なります。
経営者にとって会社は単なる勤務先ではありません。
人生そのものです。
創業者であればなおさらです。
数十年にわたり資金繰りに苦しみながら会社を育て、
従業員を雇い、
取引先を開拓し、
地域社会に貢献してきました。
会社は自分自身の分身ともいえる存在です。
その会社を手放す決断が簡単なはずはありません。
まだ自分ができるという思い
多くの経営者は責任感が強い人です。
だからこそ、
「まだ自分がやった方が良い」
「後継者にはまだ早い」
「もう少し育ってから」
と考えます。
その気持ちは自然なものです。
しかし、この「もう少し」が何年も続くことがあります。
気がつけば70代後半、あるいは80代になっていたというケースも珍しくありません。
経営者本人は会社のためを思っているつもりでも、結果として承継のタイミングを逃してしまうことがあります。
後継者は突然育たない
経営者の仕事は経験の積み重ねです。
財務
人事
営業
金融機関対応
クレーム対応
危機管理
これらを一人前にこなせるようになるには時間が必要です。
ところが承継準備を先送りすると、後継者が経験を積む時間も失われます。
後継者は社長になった瞬間に成長するわけではありません。
権限移譲と経験の蓄積によって育つのです。
承継準備が遅れるほど、後継者育成も遅れることになります。
社員が感じる将来への不安
経営者は気付いていなくても、従業員は敏感に感じ取っています。
「次の社長は誰なのだろう」
「この会社は10年後も大丈夫だろうか」
「取引先は不安に思っていないだろうか」
こうした不安は組織の活力を低下させます。
優秀な社員ほど将来を考えます。
承継が見えない会社では、人材流出が起きることもあります。
事業承継は経営者個人の問題ではなく、組織全体の問題なのです。
金融機関も見ている
金融機関も事業承継の状況を重視しています。
融資先企業の将来性を判断するうえで、
誰が次の経営者になるのか
経営体制は整っているのか
が重要な評価ポイントになります。
後継者が決まっていない企業は、将来の不確実性が高いと判断される場合があります。
事業承継は相続対策ではなく信用対策でもあるのです。
会社を残すことが経営者の最後の仕事
優秀な経営者とは何でしょうか。
売上を伸ばす人でしょうか。
利益を増やす人でしょうか。
もちろんそれも重要です。
しかし長い目で見ると、本当に優秀な経営者とは会社を次世代へ引き継げる人ではないでしょうか。
創業は一代でできます。
しかし企業を何十年、何百年と存続させるには承継が必要です。
経営者にとって最後の大仕事は事業承継なのです。
60代から始める意味
事業承継は70代になってから考えるものではありません。
理想的には60代から準備を始めることです。
後継者候補を決め、
少しずつ権限を移譲し、
金融機関や取引先へ紹介し、
経営会議への参加機会を増やす。
こうした積み重ねが円滑な承継につながります。
時間は最大の経営資源です。
事業承継においても同じことがいえます。
結論
後継者不足は確かに大きな課題です。
しかし実際には、後継者がいるにもかかわらず承継が進まない企業も少なくありません。
その背景には経営者自身の決断の先送りがあります。
会社への愛情や責任感が強いからこそ、手放すことが難しいのです。
しかし事業承継は引退の話ではありません。
会社の未来をつくるための成長戦略です。
経営者にとって最後の重要な経営判断は、いつ経営を引き継ぐかを決断することなのかもしれません。
参考
令和8年度税制改正(中小企業・小規模事業者関係)の主な内容 中小企業庁財務課 令和8年5月29日
所長のミカタ 2026年6月20日閲覧