長年、日本では「現金を厚く持つこと」が中小企業経営の安全策とされてきました。
しかし、インフレと金利上昇が同時進行する時代において、その常識は大きく変わり始めています。
普通預金に資金を置いたままでは、実質的な資産価値が目減りしていく時代になりました。さらに、資産を十分に活用できていない企業は、資本効率の面でも不利になりやすくなっています。
いま求められているのは、「損益計算書中心の経営」から「貸借対照表を意識した経営」への転換です。
本記事では、インフレ・金利上昇時代における中小企業の資産戦略について整理します。
預金だけでは資産を守れない時代
インフレ下では、現金の価値そのものが低下します。
たとえば、インフレ率が2%、普通預金金利が0.3%の場合、1,000万円を普通預金に預けていても、実質的な購買力は低下していきます。
数字上は預金残高が減っていなくても、「買えるもの」が減るため、企業の実質資産は縮小しているのと同じです。
従来の低インフレ・低金利環境では、「内部留保を積み上げること」が合理的でした。
しかし現在は、
- 現金の実質価値低下
- 資本効率の悪化
- 投資機会の逸失
- 成長余力の低下
という問題が発生しやすくなっています。
「現金を持っているから安心」という時代ではなくなったのです。
中小企業にも求められる“資本効率”
近年、上場企業ではROEやPBRを意識した経営が強く求められています。
もちろん、中小企業には市場株価はありません。
しかし、
- 資本をどれだけ効率的に使えているか
- 遊休資産を放置していないか
- 収益を生まない資産を抱えていないか
という視点は、中小企業でも極めて重要です。
特に、低金利預金に大量の資金を滞留させながら、借入金の返済を急いでいるケースでは、資金効率が悪化している場合があります。
「無借金経営=絶対安全」とは言い切れなくなっているのです。
損益計算書より貸借対照表を重視する時代
多くの中小企業では、
- 売上
- 利益
- 経費
など、損益計算書(P/L)を中心に経営判断を行なってきました。
しかし、インフレ時代には、貸借対照表(B/S)の重要性が高まります。
なぜなら、企業価値は「どれだけ利益を出したか」だけでなく、
- どのような資産を持っているか
- どのような負債構成か
- 現金比率は適切か
- 将来収益を生む資産があるか
によって大きく左右されるからです。
つまり、「資産の質」が企業の将来を決める時代になっているのです。
見直すべき5つの資産戦略
記事では、中小企業が取り組むべき資産戦略として、主に5つの方向性が示されています。
収益を生まない資産を減らす
まず重要なのは、「眠っている資産」の整理です。
具体的には、
- 売れ残り在庫
- 使われていない固定資産
- 実質的に価値のない有価証券
- 利用していない会員権
などが該当します。
保有しているだけでコストが発生する資産は、企業体力を徐々に奪っていきます。
コストのかかる資産を減らす
次に重要なのが、「維持コスト」の見直しです。
たとえば、
- 空きスペースの多い自社ビル
- 保管費用の高い倉庫
- 管理コストの高い資産
- 維持費だけが発生している設備
などです。
特に、自社ビルは「資産」と見られがちですが、立地や利用状況によっては大きな固定コストになっている場合があります。
「所有していること」自体が目的化していないかを見直す必要があります。
インフレに強い資産を持つ
インフレ局面では、「現金以外の価値保存手段」が重要になります。
記事では、
- 実物資産
- インフレ連動性の高い資産
- 外貨建資産
- エネルギー関連資産
などが例示されています。
もちろん、投資にはリスクがあります。
しかし、「何もしないこと」自体がリスクになる時代では、一定の分散投資や資産組替えを検討する必要があります。
借入金との付き合い方も変わる
インフレ時代には、負債の実質価値も低下します。
つまり、固定金利・低金利で借りている資金は、時間の経過とともに実質負担が軽くなる側面があります。
そのため、
- 借入を急ぎすぎて返済しない
- 手元流動性を維持する
- 将来投資資金を確保する
という視点も重要になります。
もちろん、今後の金利上昇には注意が必要ですが、「借金=悪」という単純な発想ではなく、資本政策として考える必要があるのです。
中小企業に必要なのは“資産の再設計”
記事では、資産構成見直しの流れとして、
1.資産の実態把握
2.不要資産の整理
3.資産組替え
4.定期的な見直し
という流れが示されています。
これは単なる節税論ではありません。
企業の将来生存力を高めるための「財務戦略」です。
特に中小企業では、
- 経営者個人と会社資産の混在
- 遊休資産の長期放置
- 低収益資産の温存
- 過剰現預金
などが起きやすく、バランスシートの最適化余地が大きいケースも少なくありません。
結論
インフレと金利上昇が常態化すると、「現状維持」は実質的な後退を意味します。
これまでのように、
- 現金を積み上げる
- 借金を減らす
- 投資を抑える
だけでは、企業価値を維持できない時代になっています。
これからの中小企業経営では、
- 貸借対照表を意識する
- 資産の質を見直す
- インフレ耐性を高める
- 資本効率を考える
という視点がますます重要になります。
損益計算書だけを見る経営から、貸借対照表全体を設計する経営へ。
それが、インフレ時代を生き残る中小企業の重要なテーマになっていくのではないでしょうか。
参考
・『企業実務』2026年6月号
・國村公認会計士事務所 所長・税理士・公認会計士 國村年「インフレ・金利上昇時代の中小企業“資産戦略”」