「106万円の壁」撤廃で何が変わるのか 社会保険適用拡大と企業・働き手の対応

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短時間労働者への社会保険適用拡大は、これまでも段階的に進められてきましたが、2025年改正法によって大きな転換点を迎えることになります。特に注目されているのが、いわゆる「106万円の壁」の実質的撤廃です。

これまで多くのパート・アルバイト労働者は、社会保険料負担を避けるために労働時間や収入を調整してきました。しかし、最低賃金の上昇や制度改正により、この仕組みそのものが変わろうとしています。

今回の改正は、単なる制度変更ではありません。企業側には法定福利費の増加や事務負担への対応が求められ、働き手側には「働き控え」か「収入拡大」かという新たな選択が迫られます。

本記事では、社会保険適用拡大の概要と、企業・従業員双方に与える影響、さらに実務対応のポイントについて整理します。

社会保険適用拡大の背景

短時間労働者への社会保険適用は、2016年に被保険者数501人以上の企業から始まり、その後2022年には101人以上、2024年には51人以上の企業へと段階的に拡大されてきました。

今回の2025年改正法では、さらに次の2点が大きく見直されます。

  • 賃金要件の撤廃
  • 企業規模要件の段階的撤廃

従来、短時間労働者が社会保険に加入するには、以下の要件を満たす必要がありました。

  • 週20時間以上勤務
  • 月額賃金8.8万円以上
  • 2か月超の雇用見込み
  • 学生でないこと

このうち「月額8.8万円以上」という条件が、いわゆる「106万円の壁」と呼ばれてきたものです。

「106万円の壁」はなぜ実質撤廃されるのか

今回の改正で最も象徴的なのが賃金要件の撤廃です。

背景には最低賃金の上昇があります。現在、多くの地域で最低賃金が上昇しており、週20時間働けば月額8.8万円を超えるケースが一般化しています。

つまり、制度上は残っていても、実態として「週20時間働けばほぼ自動的に106万円基準を超える」状況になっているのです。

そのため、改正法では賃金要件自体を撤廃する方向となりました。記事内では、2026年10月施行予定とされています。

これは単なる制度整理ではなく、「就業調整を前提とした働き方」を見直す政策的メッセージともいえます。

今後は「企業規模要件」もなくなる

さらに重要なのが、企業規模要件の段階的撤廃です。

現在は「被保険者数51人以上」の企業が対象ですが、今後は以下のように拡大されます。

  • 2027年10月:36人以上
  • 2029年10月:21人以上
  • 2032年10月:11人以上
  • 2035年10月:完全撤廃

という流れです。

これは、中小企業にも社会保険適用拡大が本格的に及ぶことを意味します。

これまで「うちは対象外」と考えていた企業でも、数年後には適用対象になる可能性があります。

企業に生じる3つのインパクト

法定福利費の増加

最も直接的な影響は、企業負担の増加です。

社会保険料は労使折半であるため、新たに加入対象となる従業員が増えれば、その半額を企業が負担する必要があります。

パート・アルバイト比率の高い企業では、人件費構造そのものが変わる可能性があります。

特に飲食、小売、介護など短時間労働者を多く抱える業種では影響が大きくなります。

実務負担の増加

加入対象者が増えることで、以下の事務も増加します。

  • 資格取得届
  • 算定基礎届
  • 月額変更届
  • 育休・産休関連手続
  • 給与計算修正

などです。

単に「保険料が増える」だけでなく、人事・労務部門への負担増も無視できません。

従業員の働き方の変化

働き手側にも行動変化が起きます。

従来は「壁」を超えないために労働時間を抑えていた人も、今後は次の2方向に分かれる可能性があります。

  • 労働時間を減らして適用回避
  • 逆に労働時間を増やして収入拡大

つまり、「働き控え」が減る一方で、人材流動性が高まる可能性もあります。

企業が今から準備すべきこと

記事では、実務対応として以下の4ステップが紹介されています。

① 対象者の洗い出し

まず重要なのは、誰が新たな適用対象になるのかを確認することです。

特に、

  • 週20時間以上勤務
  • 学生ではない
  • 継続雇用見込みあり

という条件に該当する従業員を整理する必要があります。

② 保険料シミュレーション

企業負担だけでなく、従業員本人の手取り変化も試算する必要があります。

従業員にとっては「手取り減少」が強く意識されるため、説明不足は不満や離職につながりかねません。

③ 従業員説明

ここが最も重要かもしれません。

社会保険加入には、

  • 将来の年金増加
  • 傷病手当金
  • 出産手当金

などのメリットがあります。

一方で、

  • 手取り減少
  • 配偶者手当の消滅

などのデメリットもあります。

企業側には、単なる制度説明ではなく、「働き方の選択肢」を含めた丁寧なコミュニケーションが求められます。

④ 資格取得届などの手続

適用開始後は、通常の社会保険実務と同様の対応が必要になります。

支援制度も活用できる

政府は企業負担軽減策として、

  • 保険料調整制度
  • キャリアアップ助成金

を用意しています。

特にキャリアアップ助成金では、労働時間延長や賃上げによって社会保険加入を促進した場合、一定額の助成が受けられます。

中小企業にとっては、こうした制度を活用しながら段階的に対応する視点が重要になります。

制度改正の本質は「労働市場改革」

今回の社会保険適用拡大は、単なる保険制度改正ではありません。

本質的には、

  • 人手不足対応
  • 女性就労促進
  • 非正規雇用の待遇改善
  • 老後保障強化

などを同時に進める「労働市場改革」の側面を持っています。

これまで日本では、「壁」を前提にした短時間就労が広く定着してきました。しかし今後は、「就業調整を前提としない働き方」へと制度全体が移行していく可能性があります。

企業にとってはコスト増加という側面もありますが、一方で人材確保や定着率向上につながる可能性もあります。

単なる制度対応で終わらせるのではなく、「自社の雇用戦略」を見直す契機として捉えることが重要になりそうです。

参考

・『企業実務』2026年6月号 特別記事「『106万円の壁』撤廃!社会保険適用拡大への対応と準備手続き」 島麻衣子

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