ここまでの整理で、贈与は「契約」ではなく「経済的利益の移転」で判断されるという前提が見えてきました。
その考え方が最も明確に表れるのが「みなし贈与」です。
みなし贈与とは、形式上は贈与でなくても、実質的に利益が移転している場合に贈与があったものと扱う仕組みです。
実務上のトラブルの多くは、このみなし贈与の理解不足から生じます。
第5回では、その全体像を体系的に整理します。
みなし贈与の基本構造
みなし贈与は、相続税法において明確に規定されています。
その特徴は、当事者の意思に関係なく課税される点にあります。
つまり、「贈与するつもりがなかった」という主張は基本的に通用しません。
判断の基準は一貫しており、「経済的利益が無償または著しく低い対価で移転しているかどうか」です。
類型① 低額譲渡(時価より著しく低い価格での売買)
最も典型的なみなし贈与が低額譲渡です。
例えば、時価1,000万円の不動産を500万円で親族に売却した場合、その差額500万円について贈与があったものとみなされます。
ここで重要なのは、「売買であっても贈与になる」という点です。
また、「著しく低い価額」に該当するかどうかは一律の基準があるわけではなく、個別の事情を踏まえて判断されます。
この曖昧さが、実務上のリスクを高める要因になっています。
類型② 債務免除
債務免除も代表的なみなし贈与の一つです。
例えば、親から借りていた資金の返済を免除された場合、その免除額は贈与として課税対象になります。
これは、借金がなくなることで経済的利益を得たと評価されるためです。
実務では、親族間の貸付が曖昧なまま処理されているケースが多く、返済の実態がない場合には当初から贈与と認定されるリスクもあります。
類型③ その他の経済的利益
みなし贈与は、低額譲渡や債務免除に限られません。
対価を支払わずに利益を受けた場合は、広く課税対象となります。
例えば以下のようなケースです。
- 無償での財産の使用
- 他人の費用負担による利益
- 第三者による債務の肩代わり
これらは一見すると贈与とは認識されにくいものですが、税法上はすべて課税対象となる可能性があります。
「意思がなくても課税される」意味
みなし贈与の最も重要なポイントは、「意思がなくても課税される」という点です。
通常、贈与は当事者の意思に基づく行為ですが、みなし贈与ではその前提が崩れます。
これは、租税負担の公平を確保するための仕組みです。
もし形式だけで判断すると、売買や貸付という形を使えば容易に贈与税を回避できてしまいます。
そのため、税法は実質に基づいて課税する構造を採用しています。
実務で多い「グレーゾーン」
みなし贈与の難しさは、明確な線引きが難しい点にあります。
特に問題となるのは以下のようなケースです。
- 親族間の不動産売買
- 非上場株式の譲渡
- 無利息または低利息の貸付
これらはすべて正当な取引として成立し得る一方で、条件次第ではみなし贈与と判断される可能性があります。
つまり、「適法か違法か」ではなく、「適正かどうか」が問われる領域です。
事業承継における重要性
みなし贈与は、事業承継の場面でも極めて重要です。
特に非上場株式の移転では、評価額と取引価格の差が大きくなりやすく、低額譲渡として認定されるリスクがあります。
また、会社への資金投入や債務免除なども、株式価値の増加を通じて株主への贈与とみなされる場合があります。
このように、事業承継ではみなし贈与が複雑な形で現れるため、慎重な対応が必要になります。
実務での基本姿勢
みなし贈与に対応するためには、次のような姿勢が重要です。
- 時価を意識した取引を行う
- 契約内容を明確にする
- 実態と形式を一致させる
特に「説明できるかどうか」が重要になります。
税務調査では、形式よりも実態が重視されるため、合理的な説明ができない取引はリスクが高くなります。
結論
みなし贈与は、贈与税の中でも最も実務的な影響が大きい分野です。
形式にとらわれず、経済的実態に基づいて課税されるため、意図しない課税が発生しやすい領域でもあります。
重要なのは、「これは贈与ではない」と考えるのではなく、「経済的利益が移転していないか」という視点で判断することです。
次回は、低額譲渡の判断基準について、判例をもとにさらに深掘りしていきます。
参考
東京税理士協同組合 教育情報事業 全国統一研修会資料
みなし贈与と事業承継税制(令和8年)
国税庁 公表資料
財務省 公表資料