高齢化が進む日本では、一人暮らしの高齢者が増えています。
子どもがいない人だけではありません。子どもがいても遠方で暮らしていたり、家族自身が高齢だったりして、入院や介護施設への入所などの場面で家族を頼れないケースがあります。
そこで広がっているのが、高齢者等終身サポート事業です。
身元保証だけでなく、日常生活の支援や亡くなった後の手続きまで引き受けるサービスですが、利用するときに問題になりやすいのが預託金です。
場合によっては200万円前後の資金を事前に用意しなければならず、支援を必要としている人ほど利用できないという問題が生じています。
高齢者等終身サポート事業とは何か
高齢者等終身サポート事業とは、家族などから十分な支援を受けることが難しい高齢者に対して、日常生活から亡くなった後までさまざまな支援を提供する事業です。
代表的なのが身元保証です。
高齢者が病院に入院したり介護施設へ入所したりするときには、緊急時の連絡先や費用の支払いなどについて、家族などの協力を求められることがあります。
しかし、一人暮らしで頼れる親族がいない場合、その役割を担ってくれる人がいません。
そこで民間事業者などが契約に基づいて高齢者を支援します。
さらに、買い物や通院などの日常生活支援、亡くなった後の葬儀や納骨、住居の明け渡しといった死後事務まで一体的に提供するサービスもあります。
つまり、これまで家族が担ってきた役割の一部を、契約によって外部の事業者が担う仕組みと考えることができます。
なぜ預託金が必要になるのか
こうしたサービスでは、契約するときに預託金を求められることがあります。
預託金とは、将来必要になる費用に備えて、あらかじめ事業者などに預けておくお金です。
例えば、利用者が入院した場合には医療費が発生します。
介護施設へ入所すれば施設利用料が必要になります。
亡くなった場合には葬儀費用や納骨費用、家財処分費用などが必要になることもあります。
問題は、こうした費用が発生したときに本人が支払えるとは限らないことです。
本人の判断能力が低下している可能性もありますし、亡くなった後であれば本人自身が支払うことはできません。
事業者側からすると、サービスを提供したのに費用を回収できないというリスクがあります。
そのため、将来必要になる費用をあらかじめ確保しておく方法として預託金が利用されています。
預託金が200万円前後になることもある
預託金は数万円程度とは限りません。
提供されるサービスや契約内容によっては、医療費や介護費、葬祭費などを想定して、まとまった資金を求められることがあります。
場合によっては200万円前後になることもあります。
一定の金融資産を持っている高齢者であれば対応できるかもしれません。
しかし、本当に問題になるのは十分な資産を持っていない高齢者です。
例えば、年金収入で日常生活を送ることはできても、自由に使える預貯金が100万円しかない人がいるとします。
この人に200万円の預託金を求めても契約することはできません。
サービスを必要としているにもかかわらず、サービスを利用するためのお金を準備できないという問題が生じます。
これが預託金の壁です。
支援を必要とする人ほど利用できない問題
高齢者等終身サポート事業には難しい構造があります。
資産が十分にあり、家族関係も良好な高齢者であれば、そもそも民間の身元保証サービスを利用しなくても家族から支援を受けられる可能性があります。
一方で、身寄りがなく、金融資産も少ない高齢者ほど外部からの支援を必要とします。
ところが、預託金が高額であれば、その人たちほどサービスを利用できません。
これは単なる民間サービスの料金問題ではありません。
入院や介護、死亡後の手続きという人生の最終段階に必要となる支援へアクセスできるかどうかという問題だからです。
今後、一人暮らしの高齢者が増えれば、この問題はさらに大きくなる可能性があります。
預託金をゼロにすれば解決するわけではない
それでは、預託金をなくせばよいのでしょうか。
それほど単純ではありません。
高齢者等終身サポート事業を行う事業者は、利用者が亡くなった後にもサービスを提供することがあります。
例えば葬儀を手配したり、賃貸住宅を明け渡したり、家財を処分したりする必要があります。
こうした費用を事業者が立て替えたまま回収できなくなれば、事業そのものを継続できなくなる可能性があります。
したがって重要なのは、預託金を単純になくすことではなく、事業者が将来の費用を確実に回収できる別の仕組みを作ることです。
遺産から精算する方法も考えられる
一つの方法として考えられるのが、本人が亡くなった後に残された財産から費用を精算する仕組みです。
高齢者の中には、毎月の収入は少なくても自宅などの資産を持っている人がいます。
このような場合、契約時点で200万円を現金で準備するのは難しくても、死亡時には一定の財産が残る可能性があります。
そこで、見守り契約や任意後見契約、公正証書遺言などを適切に組み合わせながら、死亡後に必要となった費用を遺産から精算する方法が考えられます。
例えば葬儀や納骨などに100万円必要になるとします。
現在の方式では契約時にその資金を預託する必要があります。
これを死亡後に遺産から精算できる仕組みにすれば、契約時点で必要となる現金を減らせる可能性があります。
利用者にとっては大きな違いです。
任意後見契約だけですべて解決するわけではない
もっとも、任意後見契約を結べばすべて解決するわけではありません。
任意後見制度は、本人の判断能力が低下した場合に備えて、あらかじめ将来の後見人となる人と契約しておく制度です。
本人が元気な間の日常生活支援とは役割が異なります。
また、本人が亡くなれば後見人としての権限も終了します。
したがって、亡くなった後の葬儀や納骨、住居の明け渡しなどについては、死後事務委任契約など別の仕組みを組み合わせる必要があります。
高齢者支援では、一つの契約ですべてを解決しようとするのではなく、本人の状況に合わせて複数の制度を組み合わせることが重要になります。
資産がほとんどない場合は公的支援が必要になる
もう一つ重要なのが、資産そのものがほとんどない高齢者です。
この場合、死亡後に遺産から費用を回収する方法も使えません。
民間事業者だけで支えることには限界があります。
そこで必要になるのが公的制度との連携です。
生活に困窮している場合には、生活保護をはじめとする公的支援につなぐことが重要になります。
つまり、高齢者の終身支援については、すべてを民間サービスに任せるのでも、すべてを行政が担うのでもなく、本人の所得や資産に応じて民間サービスと公的制度を組み合わせる必要があります。
家族が担ってきた役割を誰が担うのか
預託金問題の背景には、さらに大きな社会構造の変化があります。
これまで日本では、入院、介護、財産管理、葬儀、納骨などについて家族が大きな役割を担ってきました。
しかし、単身世帯が増えれば、この仕組みを維持することは難しくなります。
身元保証人になってくれる家族がいない。
入院時に駆けつけてくれる人がいない。
認知症になったときに財産を管理してくれる人がいない。
亡くなった後に葬儀や納骨をしてくれる人がいない。
こうした高齢者が今後増えていけば、家族を前提としてきた社会制度そのものを見直す必要があります。
高齢者等終身サポート事業は、その空白を埋める重要な仕組みの一つです。
だからこそ、一部の資産を持つ人だけが利用できるサービスにしてしまうのではなく、必要な人が利用できる仕組みにしていくことが重要です。
結論
高齢者等終身サポート事業は、身寄りのない高齢者などに対して、身元保証、日常生活支援、死後事務などを提供する仕組みです。
高齢者の単身世帯が増える日本では、今後ますます重要になるサービスでしょう。
一方で、サービスを安定的に提供するため、契約時にまとまった預託金を求められる場合があります。
預託金は事業者にとって将来の費用を確保する重要な仕組みですが、場合によっては200万円前後に及び、必要な支援を受けたい高齢者が利用できないという預託金の壁を生み出します。
重要なのは、預託金を単純になくすことではありません。
見守り契約、任意後見契約、遺言、死後事務委任契約などを適切に組み合わせ、死亡後に遺産から費用を精算するなど、契約時の負担を減らしながら事業者の費用回収を確保する方法を考える必要があります。
さらに、資産そのものが乏しい高齢者については、公的支援との連携が欠かせません。
高齢化と単身化が同時に進む日本では、これまで家族が担ってきた役割を社会全体でどのように支えるのかが問われています。
預託金の壁は、単なる料金の問題ではありません。
身寄りや資産の有無にかかわらず、誰が人生の最終段階を支えるのかという社会制度全体の問題として考える必要があります。
参考
日本経済新聞 2026年8月28日朝刊 高齢者の「預託金の壁」解消を