賃上げ税制の繰越控除とは何か 赤字の中小企業でも将来の法人税を減らせる仕組み編

税理士
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中小企業が従業員の給与を増やしても、その会社が赤字なら賃上げ促進税制の税額控除をその年度に十分利用できない場合があります。

税額控除は、本来支払う法人税から一定額を差し引く仕組みだからです。

そこで中小企業向けの賃上げ促進税制には、その年度に控除できなかった金額を将来に持ち越せる繰越控除という仕組みがあります。

赤字のときに賃上げし、その後会社が黒字になれば、過去に使えなかった税額控除を利用できる可能性があります。

赤字企業にも賃上げ税制の効果を届けるために設けられた仕組みです。

控除しきれない金額とは何か

賃上げ促進税制では、一定の要件を満たした企業について、給与等の増加額をもとに税額控除額を計算します。

しかし計算された金額を必ずその年度にすべて控除できるわけではありません。

例えば賃上げによって300万円の税額控除額が計算された会社があるとします。

その会社が十分な利益を出し、法人税額も大きければ、一定の控除上限の範囲内で税額控除を利用できます。

一方、会社が赤字で法人税額がほとんどなければ、差し引く税金がありません。

計算上は税額控除を受けられる金額が発生していても、その年度には使えない金額が生じます。

これが未控除額です。

繰越控除とは何か

繰越控除とは、その年度に使い切れなかった税額控除額を一定期間将来へ持ち越し、後の事業年度の法人税から控除できる仕組みです。

中小企業向け賃上げ促進税制では、一定の要件を満たす場合、控除しきれなかった金額を5年間繰り越すことができます。

例えば今年300万円の税額控除額が発生したものの、赤字だったため利用できなかったとします。

この300万円を一定の要件のもとで翌年度以降へ繰り越します。

翌年に黒字になり法人税が発生すれば、その法人税から繰越税額控除を利用できる可能性があります。

賃上げした年度と減税効果を受ける年度を切り離せることが大きな特徴です。

なぜ5年間繰り越せるのか

中小企業の業績は毎年安定しているとは限りません。

ある年には黒字でも、翌年には原材料価格の上昇や取引先の減少などによって赤字になることがあります。

反対に、現在は赤字でも数年後に業績が回復する可能性があります。

もし賃上げした年度に法人税が発生していなければ税制を利用できないという仕組みだけなら、赤字企業には賃上げ促進税制がほとんど機能しません。

そこで将来黒字になったときに利用できるよう、未控除額を5年間持ち越せるようにしています。

単年度の利益だけではなく、数年間の企業業績を考慮した制度といえます。

赤字企業が黒字転換するとどうなるのか

具体例で考えてみます。

ある中小企業が人手不足に対応するため従業員の給与を増やし、賃上げ促進税制による税額控除額が200万円発生したとします。

しかしその年度は赤字でした。

法人税額がなければ、その年度に200万円を差し引くことはできません。

そこで一定の手続きを行い、未控除額を翌年度以降へ繰り越します。

2年後に業績が改善し、法人税が発生したとします。

その場合、通常の法人税を計算したうえで、一定の控除上限の範囲内で繰り越していた200万円を法人税から控除できる可能性があります。

過去に行った賃上げが、将来の法人税負担の軽減につながるわけです。

黒字になれば無制限に控除できるわけではない

注意したいのは、黒字になったからといって繰り越した金額を無条件ですべて控除できるわけではないことです。

賃上げ促進税制には法人税額に応じた税額控除の上限があります。

例えば300万円を繰り越していても、その年度に利用できる控除上限が100万円なら、300万円すべてを一度に控除することはできません。

さらに繰越控除を利用するためには、制度で定められた要件や申告手続きを満たす必要があります。

したがって、

繰越額はいくらあるのか

いつまで利用できるのか

その年度の法人税額はいくらなのか

控除上限はいくらなのか

を管理する必要があります。

繰越控除を利用するには申告が重要になる

税額控除は自動的に将来へ繰り越されるわけではありません。

制度を利用するためには、対象となる事業年度について必要な申告を行い、未控除額を適切に管理していく必要があります。

赤字だから法人税を納めないので税務上の手続きは重要ではない、と考えることはできません。

むしろ赤字年度に発生した税制上の権利を将来利用するためには、その年度から適切に申告しておくことが重要です。

これは法人税の欠損金の繰越控除などにも共通する考え方です。

欠損金の繰越控除とは別の制度

名称が似ているため注意したいのが、欠損金の繰越控除との違いです。

赤字企業には、過去の税務上の赤字を将来の黒字と相殺する欠損金の繰越控除という制度があります。

例えば今年1000万円の欠損金が発生し、翌年1000万円の所得が発生した場合、一定の要件のもとで過去の欠損金を翌年の所得から控除できます。

こちらは課税所得を減らす仕組みです。

一方、賃上げ促進税制の繰越控除は、賃上げによって生じた未控除の税額控除額を将来の法人税額から差し引く仕組みです。

つまり、

欠損金の繰越控除は所得を減らす

賃上げ税制の繰越控除は税額を減らす

という違いがあります。

繰越控除は赤字企業対策として導入された

中小企業向け賃上げ促進税制に繰越控除が設けられた背景には、赤字企業にも制度を利用しやすくする狙いがあります。

税額控除だけでは、法人税を多く納めている黒字企業ほど恩恵を受けやすくなります。

一方、経営が厳しい企業でも人手不足などを理由に賃上げを迫られることがあります。

赤字のときに賃上げした企業について、

今は法人税を減らせない

しかし将来黒字になれば減税する

という仕組みにすることで、税額控除の弱点を一定程度補っています。

中小企業向け制度が大企業向け制度より手厚く設計されている部分の一つです。

それでも現在の資金繰りは改善しない

ただし繰越控除には大きな限界があります。

税制上のメリットを将来へ持ち越せても、賃上げした年度の資金負担が軽くなるわけではないからです。

例えば赤字企業が年間1000万円の賃上げを行ったとします。

会社からは実際に1000万円の追加的な人件費が出ていきます。

ところが法人税がなければ、その年度に税額控除による現金流出の減少効果はありません。

将来黒字になれば税金が安くなる可能性はありますが、現在の1000万円の資金負担は企業自身が負担します。

特に資金繰りが厳しい中小企業にとって、この時間差は小さな問題ではありません。

将来黒字にならなければ使えない

もう一つの問題があります。

繰越期間内に十分な法人税が発生しなければ、繰越税額控除を十分に利用できない可能性があります。

赤字が続けば、差し引く法人税がありません。

企業が事業を終了してしまえば、将来の減税効果を受ける機会そのものがなくなります。

したがって繰越控除は、

赤字企業に現金を支給する制度

ではなく、

将来黒字になった企業の法人税を軽くする制度

です。

この違いを理解することが重要です。

税制による賃上げ支援の限界も見える

繰越控除は、税額控除という仕組みが抱える弱点を補う工夫です。

しかし税制だけで中小企業の賃上げ問題を解決することはできません。

継続的に給与を増やすには、企業自身が毎年人件費を支払えるだけの収益を確保する必要があります。

そのためには、

価格転嫁

生産性向上

設備投資

人材育成

高付加価値化

などによって企業の稼ぐ力を高めることが必要です。

繰越控除は賃上げを後押しする一つの手段であり、賃上げの原資そのものを生み出す制度ではありません。

結論

賃上げ税制の繰越控除とは、中小企業が賃上げを行ったものの、その年度の法人税額が少ないことなどによって利用できなかった税額控除額を、一定の要件のもとで将来へ持ち越す仕組みです。

中小企業向け賃上げ促進税制では、未控除額を5年間繰り越すことができます。

そのため赤字の年に賃上げしても、後に会社が黒字転換して法人税が発生すれば、過去の賃上げによる税額控除を利用できる可能性があります。

一方、繰越控除は赤字年度に現金を支給する制度ではありません。

現在の賃上げによる資金負担は企業自身が負い、税制上のメリットを受けられるのは将来黒字になった後になる場合があります。

赤字企業にも賃上げ税制を届ける重要な仕組みですが、税額控除という制度そのものが持つ限界まで解消するものではない点を理解しておく必要があります。

参考

日本経済新聞 2026年8月23日 朝刊 維新が税優遇廃止案 賃上げ税制やサ高住 政府・自民と調整難しく

財務省 2025年12月26日 令和8年度税制改正の大綱

中小企業庁 2026年 中小企業向け賃上げ促進税制

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